聖戦の可否
一度情けを掛ければ命を取ることに、多少のしこりが残る。
崩壊した聖都の神殿周辺でも、比較的安全地帯に運び、多少の回復薬も置いておく。全方位に広がっていくモンスター達が、人間に絶望と恐怖を振りまいていく。
『なぜか絶望と恐怖の信仰が物凄い勢いで流れ込んでくるんじゃが……何かあったかの?』
私と繋がっているパスから、ムジュルの会話が入って来る。
「ああ、ちょっと聖都アークをペットを使って落としていたところだ。それと、運命の女神の魂を捕まえたぞ。権能も奪っておいた」
『……ちと、我の耳が遠いいのかのう? 聖都を陥落させていると聞こえたのだが――』
「そうだ。すでに大神殿は崩れ落ち、時間と共に女神の加護は消えて行くだろう。私の運命を弄った報いを受けさせただけだ」
『そうか……わかった』
あっけなく一柱の女神があっさりと捕らえられた事に、消化しきれない何かがあるのだろう。お土産の運命の女神でもプレゼント上げるとするか。
疑似コアの欠片の中に女神を封入させると捕えてた檻を解除する。
大神殿に奉納されていた、貴重な宝を根こそぎ奪っていくと、ニックにも撤退の指示を出す。
「撤退するのかッ!? 強えぇ奴らが多くて嫌になっちまってたところだぜ! また呼んでくれよな、旦那ァ!!」
たしかに技量の高い戦士が多くいたな。生贄として捧げられたが。
私を見つけたプレイヤー達は特に大騒ぎしており、静止画や動画を撮影しつつ私の戦力を窺っている様であった。討伐作戦の準備をしているのだからそれぐらいの事はするであろう。
現実世界での魔術の使用したり、具現化させるにはかなりの魔力が必要となって来る、仮想世界の大気に満ちる魔力が、存在していないのだからと思う。もし現世で侵略するのならば大量の魔力をストックできる触媒が必要なのだが……。
◇
ホームに帰還するとすでにムジュルが帰ってきており、複雑な表情をしている。
「そんな顔をするな、美人が台無しだ――ほら、お土産だ。会話程度ならできる。すでに女神としての力は失っているはずだ。好きにするといい」
卓上に置きやすい形へと疑似コアのかけらを封入し、ムジュルへと女神を渡す。
「……うむ。――ありがとう」
軽く頭を撫でてやると、手に平にぐいぐいと頭を擦り付けて来る。
「しばらくは、戦闘関連以外の神の権能を奪ってくる。権能のリソースを渡しておくぞ。少しでも女神としての力を蓄えてくれ――私にはあまり必要のないリソースだからな」
女神の権能を十全に扱うには、この仮想世界である事と、本質の問題だ。
運命の女神が使用していた権能を解析し、出力方法さえわかれば私でも模倣することができる。
魔術、学術に関する権能が欲しい所だな。権能を奪ってからというものの、アラメスからの催促が激しい。
ムジュルの胸に手を当てるとパスを通じて権能を渡していく。
もともとは、この世界の概念としてムジュルが備えていたのか、すんなりと馴染んでいく。
女神を手の中に収めたままムジュルは、しばらく部屋に籠ると言い、自室に向かって行く。
今回、運命の女神がやられた事で、神達は冷や汗を流しているだろう。自らの神の座から引きずり降ろされたのだから。
概念としての存在だからなのか、私とは特に相性が良い。
大多数の人間への加護などによるバフを撒こうが、個としての力ではなく群としてしか機能しない。
惑星級の異星体などの前には塵にも等しい。
存在が確立されたばかりの神は、まさに私にとってのボーナスタイムだ。
物理的に巨大な異星体の方が強いとさえ思う。精々、私とムジュルの糧となっておくれ。
◇
私が意識を取り戻した時には、輝いていた聖都は瓦礫となり壊滅していた。
冒険者に話を聞いたところ、奴は邪神の眷属、シィーン・トゥと言うらしい。
所属していた神殿騎士団達は無残にも殺され、私だけが生き残ってしまった。
なぜ生かされたのかはわからないが、不覚にも奴との戦闘で熱く胸が高鳴ってしまった。
孤児のころからお世話になっていた神殿の仇は必ず取る。
残存していた聖都の兵達と合流すると、指揮系統が再び整えられ、残っていた武装を配備していく。壊滅された騎士団の隊長であったのだが、その腕を見込まれ邪神討伐の隊長を任せられてしまう。
「私でいいのだろうか? 無残にも壊滅した騎士団の無能な隊長だ――」
「ジュエリア隊長の剣技に憧れている人が多いということですよ。私もキラキラ輝く隊長の演武には良く見惚れてました。――神殿騎士団の件は残念でしたがまた頑張って欲しいです!」
まだ年若く、聖都直轄の軍に所属している私の部下となった、アーティア副長がそう励ましてくる。
彼女の今回の邪神の眷属による攻撃で幼い弟を失っている。孤児であった私には“家族”いうものがよくわからないが。幼少より働かされていたからな。
アーティア副長は、その瞳の中に邪神に対する増悪の炎が、ドロドロと渦巻いているように見えた。
「私、可愛い弟がいたんです。仕事帰りに偶に美味しいケーキを買って一緒に食べる事が好きだったんですよ……『おねえちゃん美味しいね!』って喜んでくれていました。城の防衛が終わった頃、急いで家に帰ると――焼け落ちた家に炎が燻っていたんです。瓦礫の山を見て背中に冷や汗が沢山出ました、弟は果たして生きているのかと。急いで弟を探しました。クルス! クルス! ――ってね」
その惨状を想像できるほどに彼女の言葉には重みを感じさせられた。
「じゅくじゅくに焼けた手の平に構わず、瓦礫を押しのけていたんです。しばらく探していると弟を見つけたんです。その時は運命の女神セレスティアに感謝を捧げましたよ、本当に良かったって。それから急いで、弟に乗っている瓦礫をどかして用意していた回復薬を振りかけようとしたんです……したんですよ――」
嗚咽交じりに彼女は語っているが恐らく現実として受け入れ切れていないのだろう。彼女の手をそっと握ると目を伏せ話の続きを聞く。
「――胸元から下を瓦礫に押しつぶされて無残な姿の弟が……いました……。ええ、無駄でしょうけどありったけの回復薬を使いました。だけど、目を覚ましてくれないんですよ? おかしいですよね。あれだけ可愛い弟、クルスが死ぬなんて考えられませんよね? ええ、ええ、おかしいですとも。あは、あは、あはははは。――――邪神めぇッ!! 殺すッ! 殺すッ! 殺してやるッ!!」
私の手を振りほどき施設内の壁面を殴り始める。拳から流れ出す血にすら気にも留めず、殴り続ける。私が諫めようとも止まらないであろう。できる事と言えば彼女を邪神への戦いへ導いてあげるだけだ。
「私が邪神への戦いの道を切り開いて行く。共に戦おう。――だからその拳はその時に大切な戦力として大事にしておきなさい」
そう言うと、ピタリと止まり。考える仕草を見せると、こちらをニンマリと世の男共が逃げ出すような邪悪な笑みを浮かべていた。
「あは、わかりました。そうですよね、そうですよね、そうですよね。大事な戦力ですよね? ――気づかせてくれてありがとうございます。これで手首を切らずに済みそうです」
どうやら知らぬ間に自傷行為に走っていたらしい。止めることがて来たのならば幸いだが、彼女の様子はかなりまずい状況だな。隊員を死地に行かせぬよう指揮系統は調整しておくか。――死を恐れない復讐を生きる糧とした隊員をな。私も利己的で自己中の人間なのだろうな。運命の女神セレスティアよ、私は生きる価値などあるのだろうか?
愚直に剣だけを振り続けていた私には、人の心の機微がとんと分からぬ。
回復の魔術を彼女の拳に当てると治療を行う。この女神の加護である回復魔術も段々と効果が薄くなってきている。
女神の加護が無くなりつつあるのだろうと、教会の重鎮は重々しい対策会議の中、そう発言した。聖戦だ、敵討ちだと、討伐宣言し始め、聖戦の発動の可否が全会一致で可決されたのもその時であった。
他の神を信仰さえすれば回復魔術の獲得も出来るのだが、神への信仰を現世利益を目当てに集るとは何事だと、会議は紛糾した。だが背に腹を変えられないのか他の神への“慈悲”を願う、ということで決定した。ものは言い様だな、人間とはこうも言葉を操り、ズル賢くなれるのだなと思う。




