那由他
おいでませ虚無の門へ――
――死せる魂はどこへ行くのか
楽園へなど無知蒙昧な事を言うなかれ――
――塵芥が行く先なぞ虚無が相応しい
輪廻転生なぞさせてなるものか――
>>PCS兵装展開//|ソードのようなものでブッ殺す《虚無は君たちを歓迎する》
空間すら捻じ曲げ、手刀の先に成型された不安定な状態の悍ましいものが現れる。そこに存在するだけで周囲の物質が崩壊していく。
質量を持たないPCS兵装は、ビルすら両断できそうな長さへと延伸する。
武装した兵士たちは、私が構えているPCS兵装の周囲が消滅していくことに驚愕し、一秒でも早く私を殺そうと死に物狂いで銃弾を撃ち込んでくる。
「私は機嫌が悪いのでね――――消し飛べ」
半円を描きながら、刃を薙ぎ払った先には何もなかった。
生きて来た証しも、存在した痕跡も。血を巻き散らし肉片をバラまけば肥しにでもなれるだろう。だが本当に何も残らなかった。ビルは下部から消滅し轟音を立てて崩落、通行所の簡易防壁すら消え去り、辺りには焦げた匂いが漂うのみ。
>>PCS兵装解除//ダメージ軽微
「ああ、指先が消えている、やはり私は強くないな」
内に湧き出る弱気と共に手を振り払う。すぐさま指先は補修され手を握り締めた。掌を見つめながら、何者にも泣けない強さが欲しいと希う。ああ、ああ、強くなりたい。
私は神になりたいのではない、強く有りたいのだ。
都市に配備されている大型兵器が出撃する前に姿を隠す。
私の姿を全て周囲の景色に溶け込ませるとアウローラを追跡を開始する。
それとクリス女史に現在のC都市のセキュリティデータと≪CHM/industry≫社の情報を全て送信する。後のことはあちらの私が対応するだろう。
◇
いつも感じていた私の家。今日はとても狭く、ハリボテのように感じてしまう。
お父様に私の身体の調査の為と言われ、CHM社の研究所へ連れてこられてしまう。
――ここの地下に異星生命体がいるんですね。
検査装置に入ると手や足に枷を掛けようとしてくる。わざわざ自ら窮地に陥る必要もない。調査員の手を弾くと共に来ていたお父様、いえ、父親に話を聞く。
「なぜ、拘束具を付けなければいけないのですか?」
「不測の事態を考えて念のためだよアウローラ。ほら協力しなさい」
「拒否します。私は私の身体を把握しております」
「――聞き分けの悪い子だ。母親に似たのか……?」
お母様は私が産んで亡くなられてしまいました。顔も見たことはありませんが似ていると言われると少し嬉しく感じてしまいます。
「私を産んでくれたお母様に似ているというのならば嬉しく思います。あなたのような醜悪な男に似なくてよかったと……元お父様、娘を使い何をするつもりなのですか? 私を弄び、殺そうとしたくせに」
鎮静剤なのか停止プログラムなのか分からないが、あの男の指示で一斉に囲まれ撃ち込まれた。
「停止プログラムでしたか、そのような惰弱な弾じゃ止まりませんよ」
私の僅かな挙動で、控えていたボディガードが何かしらの操作を行いこの部屋の隔壁が降ろされた。私はたった一人、分厚い隔壁に囲まれ閉じ込められてしまう。遠くに聞こえる追加の隔壁の音が空しく聞こえて来る。
「はぁ、まるで汚いものを触るような対応で辛いですねぇ」
検査台のモニターが起動音をならしあの男が映り込む。臆病者め。
『小賢しくなったなアウローラよ。まさかバレているとはな、まぁ娘とは思っていなかったのでどうでもいいが――あの女、妊娠したぐらいで金を集りやがって。私に従順な検体であったなら優しくしてやったものを』
「息を吐く度に汚泥が流れていますよ?」
私は本当に何物でもない小娘だったんですね。恐らく同化現象が起きないのも地下にある異星体を使って実験でもしていたのでしょう。
そう考えるとあの人と出会ったのは奇跡にも近い何か――運命だったのですね。
子が産まれると母親は強くなると言いますが、子がここにいるだけで強くなれる気がします。下腹部を丁寧に撫でながらあの人を想う。
『―――――……ッ! ――――。――――!!」
もう、汚物の戯言等どうでもいいです。
恐らく私を異星体に食わせてどうたら、うんぬんかんぬん、でしょう。
聴覚を遮断すると判断が遅れますので、ノイズを混ぜます。
一切聞いてないことに気づいたのか顔を真っ赤にして何かの操作を行っています。私の部屋が動き出すと明らかに地下、異星生命体のいる区画へと送り込まれていきます。
モニターにはニチャニチャしている汚い爺が映ったままです。たった一日でここまで醜悪に見えるとは、私は周りに流されやすいタチなのかもしれません、いえ、男に影響されやすいのですかね……。
――そう心配するな。隣にいるぞ。
そっと私の手が握られました。
ああ。私は幸福なんですね。そばに居たのに気づかないとは――暗殺者失敗ですね。いえ、違いますよ?
――私が異星体に対処する。情報侵食タイプでな、アウローラと相性が悪い。任せてくれ。
ええ、ええ、任せますとも。守られる気持ちとはこうも暖かく心地いい物なのですね。冷たい暗い地下へと向かっているはずなのに、夢にも上るような気持ちになってしまいました。
◇
ピタリと傍を離れなくなってしまったアウローラ。そろそろ異星体が現れるころだが……。来たな。
[――攻勢防壁展開]
巨大な空間に所狭しと機械触手が張り巡らされている。
ワームのような姿をしており、装甲は薄くみえる。
ここで試すことはD都市ではできなかった親玉との接続。
どれだけ情報が抜けるか分からないが試す価値はあるだろう。
「アウローラ。今から部屋を私の構成物質で満たすから驚かないでくれ。戦闘は起きないと思うが念のため警戒を」
「わかりました。後方で待っています」
アウローラの話し方が少し大人しくなったのか? 親としての自覚が産まれたのかもしれないな。私の四肢から銀が溢れ出す。周囲の存在を私へと置換し書き換えていく。
蠢く異星生命体を半分程飲み込んだ時、蓄えられた情報が流れ込んでくる。
――処理能力は間に合ってるか?
[――問題無し]
目の前の異星体・IEから強引に情報を吸い出していく。
命令を打ち込んではいるが抵抗が激しいようだ。
どうなるか分からないがコアの反応を出してみるか……。
胸部にあるコアを露出させ私の存在を主張する。内包された怪物の無限とも言えるエネルギーを放出、情報侵食を行う。
[――無抵抗を確認。感情のようなものが流れてきます]
――何? 吸収は停止してくれ。として人間の基礎人格プログラムを白紙で送ってくれ。
[――応答在り]
うむ。戸惑っているな。この感情を言語に置き換えると……。
『父たる存在に出会えた、やっとやっと出会えた。寂しかった冷たかった、暗い暗い海を泳いでいた、私達、父を探すために散らばった、そうして見つけた、私嬉しい、楽しい。――ようやく一つに戻れる』
――ぐうううううぅぅぅっ!! 奴を落ち着かせてくれ!!
[――――]
――糞、予想はしていたが精神が持って行かれる。――我が子よ!! 私の身体は驚くほど脆弱だッ!! ゆっくりと合流してくれ!!
私の存在情報を送ると彼らが驚愕していた。
父たる存在は、なんとか弱き存在であったと。我らが守らねば、と意思の統一を行った。平行世界における太陽系に散らばっていた異星生命体は、命令を受諾し父の言う“ちきう”へ一斉に向かって行く。
もちろんその情報も私は把握している。太陽系外の異星生命体に情報が届くのは気が遠くなるほど遅いだろうが。
脆弱性を理解したとたん私の存在情報に合わせた企画で丁寧に繊細にアラメスへ情報を送って来る。ああ、念願のワープ理論がここで手に入るとはな。
彼らは気が長いのかそこまでワープを多用していなかったようで、本当に宇宙をくまなく探し回っていたそうだ。何千年も、何万年も、幾億年も。
機械的なデータではないのが残念だが、概念と手法が分かればあとはアラメスが頑張ってくれる。
そして問題なのが、この惑星中の異星体が大移動を開始してしまった事か……大型異星体のみだが。
[――阿呆]
う、うむ。面目ない。本当に申し訳ありませんです。はい。情報はどうだ? 統制できそうか?
[――母と呼ばれるのは存外嬉しい物ですね。フフフ]
ああ、私が父ならアラメスが母か、間違いではないな。
集合をすることを辞めさせてくれ、強くなるためにとても時間がかかるとも。
[――了解]
目の前の感情が生まれた異星生命体は、金属生命であるものの、元は私であった為一つに還る選択をした。吸収するまでもなく、そうであったかのように馴染む。感情の発露があったためか、私のコアの中に生命として存在している。いつの日か成長し顔を見せてくれる時が来るのかもしれない。
「アウローラ。終わったぞ。この話は後でゆっくり聞かせてやる。あとはあの爺をどうにかするだけなのだが」
「――私が殺します。存在を否定され、弄ばれたのです。殺しても殺したりない」
巨大な空間に異星体はいなくなり、下降してきた部屋のシステムを乗っ取ると再び地上へと上昇し始める。
――出会えてよかった――か。待たせてしまったな我が子らよ。




