ヒステリックレディ
脳内でカチリとスイッチが入る音がする。
コアから体中に情報が高速に走り回り身体情報の確認が終了する。
怪物君と融合を果たした俺は、虚無の空間から弾き出されたようだ。
同士ともいえる怪物君は私となり微かに願いともいうべき欲求が私を満たす。
それは“生き続ける”という願い。
怪物君とはウマが合うようだ。これからも末永くよろしくな。
コア内部では、仮称・怪物君エンジン。増殖し続ける自我エネルギーは私に無限ともいえるエネルギーを供給してくれる。
今までは物質を吸収し消化するという工程が必要だったがこれならば単身、恒星間移動でもできそうだ。推進力に問題有りだが。
すでに周囲は探知し終わっており、寝たふりをしながら思考を続けている。
鼻に付く消毒液のような独特な香りがしている。
ここは医務室なのだろうか、薄っすらと室内の作りが無機質すぎる。
それと、なぜか手錠と足枷がされており身動きが取れないようになっており危険生物扱いなのかな?
世界観としては私の住んでいた現代日本より進んだ近代世界という所か。
手錠も電子ロックタイプであり。見たこともない作りだ。数瞬のち解析が終わり解除はしないでおく。いきなり戦闘になって放浪するのはちと困る。
胸に付けられたシートが生体電流を感知しているのか私が起きたことに気づき室内へ音声のみで問いかけているのだろう。室内に女性の声が響き渡る。
相変わらず理解できない言語であったがキルテちゃんの時よりもすぐさま適応することが出来た。
「――! ――――、――! 聞こえているんでしょ。返事しなさいよ。殺すわよ」
なかなかに高圧的なご婦人だな。
「聞こえている。寝起きの目覚ましには最悪だな、優しく口づけをしながら甘い囁きが欲しかったのだが」
私が返答をすると体に電流が走る。ピクリとも反応をしてやらなかったことに腹をたてたのか徐々に電圧が高くなっていく。
「ああ、こりゃいい、電気マッサージか。最近疲れることが多くて丁度良かったんだ――ひとつ忠告をしておこう。“自分がされたら嫌なことは人にはしちゃいけません”ってな、これはあくまで君への最後の優しさだ。肝に命じたまえ」
すぐさま解除される。頭は回る方なのかね、戦力把握すらできていない謎の人物を敵に回す事を恐れたか。沈黙を続けている。
「ふむ、ちょいと世間話でもしようではないか。私から得られる主義主張、思考形態、生態を把握する為に益のある提案だと思うのだが」
どこかと連絡を取り合っているのか微かに通信をしているノイズがスピーカーから漏れ出ている。その間にも背後から室内の床を突き抜けて、施設の回線へと侵入解析を行っている。なかなか異文化な世界観だが人間である限り似通ってくるものだ。スマホがこの世界への検索窓が間もなく開通した。
ちなみにだが残してきた疑似コアの私とは微かに繋がっている。次元を越えて存在が朧げなってしまったが虚無適性を得たため問題はない。
これで気兼ねなく旅行ができる。
恐らく高圧的な彼女からの情報は当てにならない。ああいうタマは情報を対価にこちらからケツ毛まで毟り取られそうだ。アラメス、基礎情報の確立とあらゆるシステムをコピー、好きなだけ自己改造、進化したまえ。
アラメスはすでに情報という名の権能を保持するまでに至っており経験していけば彼女に敵う存在はいなくなるであろう。
[――楽]
ご機嫌で何よりだ。
◇
私が今だらだらと垂れ流している情報はかつてブラック企業という名の企業戦士であった頃の苦労話と、今更ながら脈がありそうだった同期の美人との飲み会の様子を話していた。
いつまでもこちらから彼女に質問をしていない事から段々と苛立ってきている事が手に取るように分かる。
「――さて、君をからかうのはここまでにしておこう。上層部も求めてきているのはそんな話などではないだろう。ほれ、情報を話したまえ。内容によっては質問に答えてやってもいいぞ?」
ブチンという物理的に響いてきそう音を彼女に額が立てた気がした。
ヒステリーに私に罵詈雑言を吐いてくるも電気ショックをしない程度には理性を保っているらしい。
しばらくして落ち着いたのかこの世界の現状、異星生命体襲来による生存圏をかけた戦争、ヒトゲノム汚染による男性の出生率の低下、緩やかに減少していく未来。世界観はこのような感じか、今の所嘘は言っていないな。
その戦争の最中、異星生命体の数多あるひとつの巣が突如崩壊、調査に乗り出したところ私が裸で倒れていた……と。そりゃ、厳重に拘束されるわな。ちょっと気持ちが分かるわ。
「――ああ、君がこうも警戒し、厳重に拘束されているわけが分かったよ。新型の異星生命体とでも思ったのだろう。揶揄ったことは謝罪しよう。異星は異星でも私は次元を越えた異星の生命体なのだよ。異星という大きい枠に入れてしまえば似たようなものだが、確固たる知性をもち、人間と同じ遺伝子構造も持っている。この世界のヒトゲノムとの親和性は分からないがね」
科学の範疇に収まるか否かの可能性を模索しているのだろう、話を続けろと促される。
「多元宇宙論でも、積層構造世界でも、コンピュータ世界でも好きなように仮定するといい。ひとつ前の世界では魔導や魔法、といった理が支配している世界だったしな。世界間……次元空間と言えばいいのかな……正と負のエネルギーが満たされた空間がある。そこをハブにして次元間移動が可能になっているんだよ」
数値もデータもない事実なのだが理解できないし証明も難しいだろう。
上層部らしき者とのやり取りが明確に聞こえてきている。
今のうちに始末しろだの、貴重な検体だの好き勝手言ってくれている。
「ああ、あまり暴力的な行動はとらない方がいいぞ? 人類の敵がもう一つ増えるだけだぞ? 証明するつもりもないし戦力把握もさせないが一線を越えた時にはすぐに理解できると思う」
まさか会話を拾われていたと思わなかったのか、すぐさまスピーカーが切られてしまった。十分情報が集まって来たしそろそろ散歩でもさせて欲しいのだがな。
大人しく手錠をかけられたまま欠伸をしつつ天井を見つめる。
ようやく方針が定まったのか爆薬を仕込んでいる首輪をはめる事により一定範囲の行動が許可されることになった。もちろんスイッチを握った監視者付きでだ。
気を利かせたつもりなどは無いだろうが切れ長の目元が涼やかな前髪を切りそろえたボブカットの美人さんだ。
「よろしく。私はシンタと言う、まあ危険物扱いはされているがれっきとした人間なのだがね」
「…………私は、霧島だ。監視対象と無駄話をするつもりはない。怪しい行動をしたら即刻首を切り落としてくれる」
チャキリと、腰元に携えている肉厚な刃を抜き刀身をこちらに見せる。
顔の作りはロシア系の血も混じっていそうだが名が霧島と日本風の名前なのだな。
やや後方に付いてくる彼女を連れて歩いている現在地の施設は軍事施設のようで、目に見える建物は質素ながらも未来的で完全管理社会を思わせる風景だ。
建材が画一化されているのか強度が高く大量生産されているのであろう。灰色一色で味気ない
「どこかに食堂があるかね? 食事でもとりたいのだが」
「……こっちだ、ついてこい」
入り組んだ通路を抜けると調理している香りが漂ってくる。
食事をする必要もないが人間的嗜好が食事を欲している。
食堂に入室した際は増悪を含んだ感情が九割と好奇心の混じった視線が残りだな。
「私は、異星人は異星人でも君たちの敵ではないのだがね、こう、一緒くたにされるとは――あ、おすすめの定食とか何かある? 霧島ちゃん取って来てよ」
「……わかった」
色々勝手が分からないのを理解しているのか渋々食事を取りに行く。
私は近くの空いている席に座り頬に手を当ててボンヤリと待っている。
視線がずっと向けられているが知らない振りをする。いちいち腹を立てて居たらここに居る人間が全ていなくなっている。
後方から私に攻撃しようとしているが大人しく受けておく。
後頭部から叩き付けられたイスの衝撃をあえて受ける。
微動だにせずイスが粉砕されたら異常だしね。
追撃に何度も後頭部に叩き込まれているがイスが折れてしまってるよ。
破砕音が聞こえ何事かと霧島ちゃんが駆け寄ってきており、軍人と思わしき男と口論を始めていた。
「なぜこいつは殺されていない!! 異星生命体なのだろう! 我々に牙を剥く前に処分するべきだ!!」
「……ですから。爆薬に枷も填めており現状維持との命令が下っております。命令違反をされますか?」
何とか説得しようと周囲の人間が同調し始めており、今にも腰のホルスターに手がかかりそうになっている。
「異星生命体って言ってるけど、存在次元が違うだけで平行世界の日本人なんだがね……ああ、今回は我慢してあげるけど。次攻撃を受けたらちゃんとその人物だけ殺すからね? 霧島ちゃん殺害許可取ってくれない? 上層部に」
「ッ!! できるわけないでしょう! あなたの首元には爆薬が仕込んでいるのですよ!!」
「あのねぇ。これちゃんと管理してますよーっていう体を見せる為のアピールで私に効かないんだけど…………え、マジで爆殺するつもりだったん? えぇ……そうか力の差を理解できていないんだな……本当に私に手を出さないでね? 今通信繋がっているでしょ? 私、超友好的なんだけど。いや振りじゃないからね? 知らないよ?」
男性がホルスターから銃を抜くとこちらに銃口を向けてきている。
霧島ちゃんもどちらも牽制する積りなのかスイッチに手を掛けながら銃を降ろすように警告している。
さすがに周囲も険悪な雰囲気になってきている。
「……ねぇ。殺したくはないんだけどどうしたらいい霧島ちゃん? 私、何もしていないんだけど。むしろイスで殺されそうになっただけでどうなのこれ」
「あなたが殺そうとしたらスイッチを押さざる得ません」
「銃を向けられているのに? ああ、それと後ろの私に銃を向けている奴ら。こいつが撃ったらお前らも殺すからな。覚悟しておけよ?」
バタバタバタと警備部隊が足音を立てて侵入してくる。銃を私に向けて来た男性が取り押さえられ、私も頭を押さえ付けようとしてきたので器用に足を引っ掛けて転ばせておく。
「抵抗するな!? 撃つぞ!! 両手を後ろに回せ!」
「ねえ、霧島ちゃん。私頭にイスを叩きつけられて経っていただけだよね?」
「……えぇ」
「これがお前らの判断という事でいいんだな」
全方向に威圧し始めると私に向かって銃弾が何度も発射される。
跳弾が発生したのか何人もの軍人を巻き込んでいく。
はぁ、短気だなぁ。
「ねぇモニターしてるんだろ? これ、怒ってもいいよね? ねぇねぇねぇ? 私友好的だったよね? 食事しにきただけだよね?」
なにも反応がない。霧島ちゃんは跳弾に当たらないようテーブルの下に避難している。
「もう死ねよクズ共」
数瞬程食堂内ギリギリまで伸ばした極薄の刃を振るう。
一回転した残像を残して立っていた者の胴体から臓物が零れ落ちて行く。
霧島ちゃんは止めようとしてくれていたので殺さないでおく。
首元にあった爆薬を瞬時に吸収し消滅させた。
恐らくモニターしていた人物の誰かが悪意ある情報を流した可能性もある。
踊らされた哀れな一般兵たちは明日を拝めなくなってしまったね。




