暗黒物質
拠点内部のリビングにて正座をさせられています。
動画データをここにみんなで観賞したり、真似したりするのが流行っている模様。
映画にもあった日本の“ワビ・サビ”に感銘を受けたらしく和室を作ってくれと可愛くおねだりもされた。
だけど、オシオキの内容まで日本式になるとは……一生の不覚ッ! 痛くないんだけど心が……ね。
「――そんで、あたいが手籠めにされて連れ去られちまったわけだ。新入りだがよろしく頼むぜ? こう見えて家庭ってもんにあこがれてたんだ。行動で示させてくれ」
怒られはしたが。彼女の境遇や、想いをぶちまけたところ意外とスンナリ認められた。最初は暗殺家業でしかも私が狙われた事に憤慨していたが。
シャリウちゃんはイエスガールだとしてイルメシアは頼りになりそうな雰囲気のシャーリィを受け入れている、だがキルテちゃんは頬を膨らませてご立腹のご様子。
「キルテちゃんキルテちゃん見て見て――分身のジツッ!!」
疑似コアを生成。私を増やす。といっても意識自体は同じだ。マルチタスク感覚で操作しているというよりかはどちらも私という認識をしている。
疑似コアの処理能力は六割といったところで、アラメスがいるところが“主”という判定でいいのかもしれない。
これでのんびり旅をしながら、のんびり寛げるという二度美味しい体験ができるのだ。
「ッ!! エッ! シンタが四人も!? どうせ偽物でしょ!」
『いや、どれも私だよ? 個にして群、これで出先でも拠点の心配をしなくてすむな』
イルメシア。ニチャアと何かを企んでいる顔をして私を一人部屋に連れて行かないでくれたまえ。
シャリウちゃん。「コレ我のッ!」って私は物ではないのだよ?
シャーリィは呆れてお酒の催促をしてきている。はいはい。テラスでまったりしようかね。
「キルテちゃん。一緒に日本のゲームでもしようか? これならずっと一緒に遊べるよ?」
「――ふんッ! 最近はお母様にべったりだったくせに!! でも、ちゃんと責任を取ってくれてることには感謝してあげてもいいわ。だってあなたといると退屈しないもの」
よーしよし。誤魔化せたぞ。
基盤制作の手慰みとしてエミュレーションができるようなゲーム機を製作しておいてよかった。データならネットの世界に数多に漂っているからね。
家族サービスをきちんとしないと呆れられてしまうからね。
回収してきた魔道具の整理と拠点の拡大も行っていこう。私は増えるということは人手が何倍にもなることだからね。まあ限度はあるんだけど。頭が凄く混乱してくるしね。そこは私の残っている人間性と割り切って行こうと思う。
ああ、言い忘れていた。皇帝の首をイルメシアに見せたところ満足したような顔で斧で叩き潰してさっさと焼いて捨ててしまっている。
まあ、一区切りつけたんじゃないかな。その日の夜はお返しとしてとても濃厚な時間を過ごしましたよ。
◇
現在私は、聖泉に向けて飛行している。地上から発見されないように周囲の風景に溶け込むように変化している。方法としては私自身が変色して周囲に溶け込むか。光子を操作して体表面の色素を同調させて背後にある風景を映し出すかだ。
どちらも結果はかわらないと思われるが後者は魔法であるために魔法に長けた人物からは感知されやすい。自前の能力での変色は移動しながら常に変化している為ちょっと疲れるかな、ぐらいかな。魔法は一度式を構築してしまえば半自動で展開してくれるのが楽だな。感知されやすいが。
王都の陥落はイルヒ法国でも認識している為、聖泉の奪還として出兵しているかもしれない。
眼下に流れる風景を楽しみながら元ダガラ王国内を飛び交う。
現在、公爵領の通過中なのだが……帝国の侵攻は停止しているな。戦争をするなとは言っていないからこれからどうなるかわからないが。
焼け落ちた麦畑を通過し、武力介入してきた街や村も観察していく。
うーん、盗賊らしき人間が増えている気がする。おおざっぱに帝国兵を殺していったからか部隊に戻らずに略奪に走っているな。
百数十の規模の集団で洞窟に拠点を作っている盗賊のお家に侵入してみる。
「こんにちはー。盗賊さんですか? 悪い事はしちゃいけませんよー」
奥に届くように大きな声をかけると、ぞろぞろと剣や斧で武装した盗賊共がでてくる。その見た目は小汚い盗賊の風貌ではなく帝国の正式鎧を黒く塗りなおして計画的に集団化している。
「こいつ、気でも狂ってんじゃねえのか? ニヤニヤしやがって気持ちわりぃ……さっさと殺してや――」
私は君たちの為にそう時間はかけたくないのだよ。
せっかく救援した村の近くだったため、不安の種を少しでも取り除いてあげよう。対応がとても丁寧で私でも嬉しくなるほど歓待されたからね。
目障りな盗賊を処理し終わると、強奪した物資や金品が積み上げられている。
こいつら相当な村や街を襲っていたな。ああ、首枷を嵌められている女性がこんなにいるとは思わなかったな。身なりがそこまで汚れていないことから“商品”として大切にされ最後の一線を越えていなかったのは幸いというかなんというか……。
全ての枷を切り落として、まとめ役に向いていそうな女性に声を掛ける。
「盗賊共は殺しておいたが……移動用の車両と荷車は外にあったから。必要な物資や、金品は全て持って行っていいよ? ――え、お礼って? いらないいらない。むしろ大変な目に君たちはあったんだ、慰謝料として配ってやりな、それでもお礼がしたいのなら彼女たちの差配をしてくれないか? 村が無くなってしまっている者もいるだろうし」
そう言うと、まとめ役に指名した彼女の手の平に宝石をいくつか手渡す。
軽く頭を撫でてやり、頼んだよと耳元で呟く。
「では私は行くね。今が不幸だったのならこれから幸せに生きてみろ。それがいなくなったものに対する手向けだ」
盗賊の拠点を出ると再び見回りながら飛行を開始する。
村や街に寄る度に盗賊がいたために食傷ぎみになってしまったが。
忘れさせて欲しいと、一人取り残された未亡人を抱いてしまった私は悪くない。
キチンと宝石と護身具をわたしておいたので幸せになって欲しい。
聖泉に近づくたびに何かが呼んでいる気がする。
これは……怪物たちの思念だな。オリハルコニア、精神感応物質はこの強力な思念が物質に影響してできたのかもしれない。
僅かに残った細胞でも強力だったのだ。
残骸というべき怪物を食らえと私の何かが囁く。
分かったよ。そうまでして存続したいのだろう。
了承の思念を返すと膨大な歓喜に包まれ存在位置を示してきた。
泉が見えて来たが一番大きい反応が泉の底より深くからしている、あとは周辺の地中に反応があるな。この微細の反応が生体魔導研究所にあったキメラ君の元だな。
あちゃあ、法国の兵士というか僧侶というか、独特の僧服をしているな。モンクという者だろうか。キラキラしてて眩しい立派な鎧は俗に言う聖騎士なのかな。
聖泉の前に儀式祭壇を用意してゴニョゴニョなにか言っている。
私が返事をしちゃったものだから中心地深くにある怪物君が元気に強烈な波動を出し続けている。
魔導呪文なのか知らないが思考波を増幅させている。
なに、法国の人間自殺願望か何かなのかな?
儀式上の頭上に姿を現し、無駄だとは思うが忠告をしといてやる。
「お前ら、この思念が何か分かってその儀式をやっているのか? あれが復活すればこの世界が滅ぶぞ?」
私が来たからには滅びは回避されたのだが、もしかしてファインセーブだっったかもしれない。
現に思念の波が物理的に聖泉の水面を撫で始めブルブルと振動し始めている。
「たわけッ!! 現在神聖な神降ろしの儀式を行っておるのだッ! キサマ! 神聖な神の復活を嗅ぎ付けた邪神だな! 総員邪神に攻撃せよ!! これは聖戦であーる!」
まあ、忠告はしたからね。
逆上するだろうとは思っていたがこれで装備品を強奪しても何も言われるまい。
神聖文字を刻み込んで魔法の補助具としている武具と。触媒として使用している 魔導書頂きます。
身体の力を抜き前進する力を無駄なく地へと伝える、周囲には消えたように見える速度で聖騎士の側頭部へ引っ掛けるように蹴りを放つ。
その勢いを止めずに軽やかなステップを踏みながら僧侶の足の甲を踏み砕き、隣り合う同僚へと硬質化した手刀を喉へ突き入れた。
僅か数秒の間に十名ほどの戦闘員が潰すことが出来た。
動画を見て格闘を学んでいるがそううまくはいかないな。
普段の雑な戦闘行動が身に染みてしまっている。
こう、崩拳ッ! とか叫びたい。
ただのボディブローだけど。いや、もしかしたら浸透系の技術がそこには存在しているのかもしれない。掌から高周波発生させることが出来るので再現できるかも。
重力場を操作してここに居る人間を全て地面へと這いつくばらせる。
ギチギチと骨が軋む音が自らの耳へと聞こえているだろう。
振動が骨を伝って不快指数最大だ。
「さて、邪神との聖戦はあっけなく終わったのだが……ねえ、今どんな気持ち? 大司教っぽい人」
ふぐぐ、言ってて聞こえない、重力強すぎたかな。無駄話をせずに神聖文字の解析する。ふむ、呪文自体には意味は無いが補助具に刻んである神聖文字が魔導回路の役目を担い、口頭呪文は始動キーか。調べてみればあっけないものだな。
だが、特定のワードで発動するシステム自体は勉強になるな。待機状態にして遅延発動させたり。罠にも使える。
ああ、なにか忘れていたと思えばあれだ。発声することで部屋の電気を付けてくれる電化製品みたいだと思ったんだ。
儀式場も増幅、拡散の魔導回路を使っているだけだな。触媒に……怪物の骨らしきものが使われている。培養していないので増殖はしておらず眠っているな。
魔導回路のコレクションが増えたのでイルヒ法国に皆さんは放っておいいて待ち焦がれている怪物君を迎えに行く。
水中へ潜行していき底へとたどり着く。泥が舞い視界は最悪だが呼ばれているので迷わず到着することが出来た……ヤバイなこれは……。
視覚情報は無いがこれが飛んでもなくマズい事が分かる。
なにこの暗黒物質。虚無と怪物のコラボレーションなんて笑えない。
凝縮、圧壊されずに永遠と怪物は抗っていたのだろう。このような安定して見える状態でも虚無の概念に増殖、進化して抗っている。
そりゃ歓喜に包まれるわな。いつまでもいつまでも何百年もの間抗い続けたのだから。しかも怪物と同化した同士ともいえる存在だ。
ならば私も虚無に飲みこまれる可能性もあるが生憎虚無の耐性を得ている。進化、増殖しても相性自体が悪かったことで怪物は詰んでいたんだろう。
――お疲れ様。私と共に永久に生きるといい。きっと楽しいぞ。
暗黒物質と疑似コアで包み込み触れないように周囲に放つ強力な残滓を吸収していく。怪物君は世界を救ったヒーローだったのか。
これが解放されていたら地殻の奥底までごっそり抉られていたな。
願いの空間に存在していた虚無。やはり私の凡俗な願いを叶えてくれるすさまじい力を持っていたのだな。
願いを叶える力が正の力なら、全てを無へと還す虚無はマイナスの力だな。
正の願いを叶えて負の願いが帳尻を合わせに来たのか。
だが力は力。次元の狭間すら穿つその力――頂くぞ。
アラメス頼む。怪物くんそのままでよろしく。
次元を穿つ力を取り込もうとするが逆に狭間に引きずり込まれていく。
これが私がこの世界にやって来た原因か。狭間そのものの存在だな。
全てを取り込むことはできないがどうにか方向性を掴みたい。
いずれは次元跳躍能力を手に入れて見せる。
多少存在は削られたがすぐに増やせる。
徐々に虚無の中へと引きずり込まれたが力の片鱗を掴むことが出来た。
一部ながら概念を散り込むことに成功したのだ。
暗黒物質は虚無の狭間に還り、拡散して散っていった。
圧縮された怪物君が私のコアへと突撃してくるとトプリと溶け込んで消えて行く。
快感すら伴う程の膨大なエネルギーが私を包み込み意識をシャットダウンした。




