昼寝
自衛隊基地の消滅から二週間が経つが魔法少女専用の端末には何の情報も入って来ていない。端末に改造を施しており魔法省から発令される国内の命令書を閲覧することが出来るのだが、不気味なほどに通常通りである。
現在シャルロットが住んでいる場所である周辺地域ではインベーダーの侵攻理由である魔法少女が激減したため、出現率が平時の半分以下まで減っている。
マーガレットとも会談を行った際に話題に出たのだが、皮肉にも魔法少女の存在がインベーダーを出現させてしまう理由の裏付けとなってしまう。
彼女は気落ちをしていたが相棒である影丸との共存を望み、非公式的に私達の傘下に入った。その際、影丸へ私が回収した魔法少女の遺骸から生成した素体を渡してある。もちろんトトナッシュのものよりも格段にランクは落としているがそれでもそこら辺の魔法少女に負けることがない程の高スペックだ。
その際にエクスフレイムとシリウスも同行していたが、終始会話はノックスとベガに任せていた。妖精との真実をしって関係が崩れるかと思ったが意外にも仲良くしているようだ。妖精と魔法少女の関係性は人間と一緒で個人によるのかもしれない。
『!! ――――クロベエ様…………たった今、妖精間の念話回線がシャットアウトされたんダヨ…………ここら一帯の魔法少女に付いている妖精そのものが警戒対象にはいったんダヨ』
「今更か、むしろ遅いくらいだと思うんだがな。――こちらも端末の情報にも魔法省からインベーダーの討伐数上位の魔法少女の派兵が決定したようだ。見事にランク十位以内が自衛隊の特殊部隊と共にここにやって来るぞ」
シャルロットの端末をかってに拝借して操作していく。ここら一帯のインベーダーを観測していた自衛隊基地が壊滅したため討伐指示自体が出ていないので使われていないままだ。
私の傘下に入ったマーガレットたちの端末にインベーダーの探査機能を私が改造して組み込んであるので、彼女達が討伐活動を行っている。
完全にボランティアでは生活に影響が出るので、自衛隊基地壊滅の詫びに私が個人的に報奨金を口座に振り込んでいる、エクスフレイムやシリウスはそのことに心底安心していたがな。
他にも県内の魔法少女達には私のグループの傘下に入れば報酬を出すことをマーガレットに伝達えさせている。
金銭面で活動できなくなりインベーダーの出現で、住む場所が壊滅してしまっては困るからな。もちろん資金源は魔法省の防衛予算から非合法的に回収させてもらっている。
難民の他県への移動も停滞していたが一つの街の壊滅は国内においてインベーダーへの恐怖の感情を揺り動かすものだったらしく、未だに現場の検証や正式な発表を行わない日本政府に対し国民感情が悪化しているようだ。
私達への捕縛、討伐指令を出した矢先の自衛隊基地壊滅に及び腰になっているようだな。
貴様らが動かない間に私はこの世界の魔法少女や妖精に対して切り札を作成しているのに悠長なものだ。
空を見上げながら視界内に移るステータスを確認すると【銀粒子展開中】と表示されており、すでに五十%の数値を超えていた。
大気圏内に増殖した銀の軍勢がステルス状態で地球上に銀の粒子を散布し続けているのだ。なるべく他世界に来た時は特異技術を使わないようにしていたのだが、手に入れた魔方陣技術と銀を使用することでここまで大規模な事が出来るとはな。
じわじわと世界に広がっている魔法少女と妖精の体内に私の構成要素でもある銀が気づかないうちに侵食していっている。
銀の散布が完了して一月も経てばこの世界の最大勢力は私の支配下に陥るだろう。
◇
魔法弾を放てるスナイパーライフルのスコープで五キロ先の標的を視界内に捉えた。現在いる位置は県内でも有数の高層ビルの屋上である。
私の所持しているライフルは妖精が変形した特殊な武器であり、射程延長に魔法による誘導弾を放て世界でも五指に入る程の暗殺能力を誇っている。
持ち得る魔法力の全てをこの武装にリソースを割いているので身体強化自体はそこらの魔法少女に劣るがな。
「――――こちらマギ02目標を視認した、そちらのモニターと同調する」
『――――こちらマギ01了解…………。こいつが災害個体であるクロベエとやらか? 呑気に昼寝をしている黒猫にしか見えないのだが』
「言うな。私だってそう思っている。今なら簡単に始末できそうなのだが…………命令書の内容は威力偵察なのだろう? 一番強力な弾で戦力を確かめてみるかい?」
『辞めておけ。報告によれば戦略魔法陣を使用するとの報告が上がっている、この街に表向きはインベーダーの討伐に来ていることになっているんだ。時間を掛けて様子を見ればいい』
「ッチ! なにお上はビビってんだよ。たかが地方自衛隊基地が壊滅しただけじゃねえかよ。あんなクソ猫一匹にビビるなんて腰抜け――――」
いつの間にか目の前に黒い毛玉――いや、災害個体であるクロベエの鋭い爪先が眼球に触れていた。あまりにもの圧で声が出せなくなっている。
「ん? クソ猫とは私の事かね? この街に着任早々狙撃を試みるとは大したタマだね。――――死ぬ前に何か言い残すことはあるかね?」
耳に装備したインカムからマギ01の声が聞こえて来るも頭に入ってこない。背筋が凍り付き声すら出せないからだ。
「大丈夫。その通信を行っている魔法少女は止めていたようだし生かしておいてやろう。それではサヨナラだ」
「――――!」
世界が二つに分かれてい――――
◇
目の前で顔を二つに割られた魔法少女が崩れ落ちた。構えていたスナイパーライフルは固定化の魔方陣を強力に掛けて妖精の自我を奪っておこう。装備自体は中々高性能だし私が使っても面白そうだな。
死体の耳元に付けてあるインカムを掴み取ると通信に応答する。
『――――!! マギ02!! マギ02!! 応答せよ!!』
「もう、彼女は死んでいるよ。先に殺そうとしたのは君たちなのだが…………残りも死にたいのかね? 詫びで何か、くれるのなら引いてやってもいいが」
『!! ――――災害個体!!』
「おや、冷静な判断ができない指揮官なのかね? たった今、精鋭である…………誰だこいつ? えーと、そうそう、あっけなく死んだポリバケツだかポラポラとかいう魔法少女だったか? その事でも私の戦力評価まともにできないのかね?」
『ポラリスだッ!! グッ! ………………うう、ううぅううぅううぅっ――――」
通信先で泣き出してしまうマギ01とやら。これではまるで私が悪役ではないか。
「あー、うむ。――――ほれ、これで生き返っただろう? 魔法少女ではなくなったが生きているだけマシだろう?」
魂が抜けかけてはいたが私が吸収を行っていないために身体を修復し無理やり叩き込んだ。魔法に対する適正まで修復してしまったため普通の少女になってしまった。
『!! 本当なの、か? …………そうやって私の心を謀っているんじゃないのかッ!!』
「謀って等はいないのだが。――――一応私に反意を示した時には死ぬように細工はしているが普通に生活する分には問題ないぞ? それともこれから行う私への詫びをせずにもう一度殺してもいいのかね?」
『辞めてくれ!! 私の……私の大切な友人なんだ…………口は悪いが、共に戦ってきた戦友であり親友なんだ!!』
「ならばさっさとこちらに来い、そこまで行くのが面倒だ。もちろん背後に控えている支援部隊もな。そうでなければ全員死んでもらうことになるが?」
『――――わかった。指示に従う。引きずってでも連れてこよう』
通信先で混乱が起きていたがそれほどにポラリスの事が大切だったのだろう。それならば色々と交渉の余地はあるな。
戦友で親友の命を私が握っているのだからな。今やか弱い少女に戻ってしまった彼女を守るのは中々大変だろう、きっと私にとって都合のいい駒になってくれるはずだ。
その後の話なのだが自衛隊の支援部隊には全員死んでもらう事となった。ポラリスと――――マギ01、アルタイルは私の傘下へと下った。もちろん厳重な制約を掛けさせて身体も弄らせてもらう。妖精には自我の無いシステマチックなAIと言う存在に成り下がってもらう。
彼女たちは妖精と政府の契約内容を知った上で魔法少女の活動を行っており、傭兵の様にドライな考え方をしていたので提示した条件が良すぎて逆に疑われてしまったな。
まあ、反意を持たずにインベーダーの討伐をちょこちょこするだけで、身体能力のスペックアップに妖精の素体としての運命から逃れられるからだ。
「――――本当にこの条件でいいのか? 身体能力も上がった上に妖精の鎖からも解き放ち死者蘇生すら行えるとは…………災害どころの話ではないじゃないか」
「私も、死んで彷徨っていた時に見たものがあるんだ……大きな、とても大きな悪魔に掴まれたんだ…………もう度と味わいたくないよ」
「ああ、私は使い魔ではなく悪魔だからな。それにしても良かったのか? ポラリスとやらは魔法少女に戻らなくても?」
「もう、戦えそうにない。――――震えるんだ。あなたとの戦いとも呼べない死の瞬間を思い出してな」
死の瞬間を鮮明に覚えているのだな、死んでからそう時が経っていないためにPTSDに陥ってしまっているな。
「私がポラリスを守る。ポラリスを強く止めなかった責任を取る、もちろん親友だという面もあるが………」
ポラリスの肩を抱き寄せて真剣な目で見つめ合い始める。――ああ、これは…………。
「依頼を遂行してくれれば報酬は指定口座に振り込んでおこう。偽造した戸籍も作成しているから端末で確認してくれ――――これで君たちは表向き死亡したことになる、支援部隊諸共な。それと後からやって来るランク上位の魔法少女の詳細を私の端末に送ってくれ」
良い雰囲気だが話を進めておく、後でいくらでも乳繰り合ってくれ。
「――う、うんッ! 了解した。何もかも手続きが早すぎるな。用意してもらった準備金でしばらく大人しくしているよ。何かあったら連絡をしてくれ――――クロベエ殿」
「クロベエ殿か、まあ、呼び方はそれでいいか。もう無暗に敵を作るんじゃないぞ? 何処に化け物が潜んでいるか分からないのだから」
会話の応答は全てアルタイルが行っている、俗に言うポラリスはメス顔と言う奴になっていて使い物になっていない。
「重々承知した。あなたと言う理を超えた存在がいる事を今日程実感した時はないよ…………」
そういうとポラリスを抱えて高層ビルから飛び去って行った。しばらくすれば後続の魔法少女の詳細情報が私の端末に送られてくるだろう。
くあぁ、と大きな欠伸をすると日向ぼっこを再開する。この姿になると凄く眠たいのだよ。ペロリと体毛を舐めとるとゆっくりと目を閉じた。
何人たりとも私の昼寝を邪魔する事は許されない。




