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 警戒体制のまま公爵本邸には軍が隊列を組んでいる。シャリウ嬢が単身、兄の説得に向かうと血の気を失せた顔で歩いて行った。

 

 念のため私の背後に投擲用の槍を生成している、あくまで念のためだが……。


 立派な門の前に私達三人はシャリウ嬢の交渉の様子を眺めている。

 

 シャリウ嬢が父を殺したことが伝わっていなければ、いや彼女自身が伝える可能性もあるのか。

 

 公爵を殺した事実はいくらこちらに正当性が有れど貴族社会では通用しないだろう。貴族としてのプライドが勝つか、家族としての情が勝つか――


 ――ダメだったか。相方、投擲の補正を頼む。


[――了解イエス]

 

 立派な鎧を纏った兄が剣を鞘から貫きだしシャリウ嬢を袈裟切りにしようと振り上げた。


 視界内には兄の肩目掛けて標準がロックされており、ギリギリと人工筋肉が軋む音が響く。

 

 瞬間的に肩から腕にかけて筋肉が膨張し背後に引き絞った筋肉を――解き放つ。


 ヒュゴと、空気を切り裂く音が風圧を伴い目標の肩を抉り取り、背後にいる兵士共々巻き込んでいく。


 頑強な城門すら突き抜け、槍の行方が見えなくなってしまう。

 

 周囲の兵士が反応する前に、ゆるりと地面すれすれに体を前屈させ、地を踏みしめる。

 

 瞬間的にシャリウ嬢の傍へ駆け寄ると優しく包み込むように抱え、すぐさま群衆を抜け出し後方へ跳躍する。

 

 肩から右腕の先まで吹き飛んだ兄とやらを守るために周囲の兵士が前面に盾を展開して背後に兄、いや、指揮官に緊急救護を施し始める。


「どうするシャリウ嬢? 開戦するか? 逃走するか? 鎮圧も出来ないこともないが相手方の損害はやむなしだぞ」


「――……申し訳ございません。軍をすり減らすと公爵領の領民が立ち行かなくなってしまいます。どうか私の身と引き換えに矛をお納めください――シンタ様には苦渋ですが逃走を選択させて頂きたい」


「分かった。まあ、気にするな。ほとぼりが冷めることに連れてきてあげるさ」


 すぐさま私はアーマメント化し三人を操縦席へと搭乗させる、イルメシアが苦笑いでモニターを見つめている。


 ――私っているだけで戦乱を巻き起こしていない?


『そんなことはないわ。現に私達親子を救ってくれたじゃない。もう国なんて知らないわ。貴族ごっこもウンザリ。私を貪ったのだから家族で幸せにしてくれると――嬉しいんだけど』


 ――任せたまえ。さらに力を付けて全ての艱難辛苦を跳ね除けるよ。


『ウフフ、ありがと。さて、私、王妃イルメシアは全ての権利も義務も放棄するわ。ダガラ王国は滅びたわ、後は公国を建国するなり好きにしなさい。今までの忠臣感謝するわ。もう疲れたの』


 話には聞いていたのだろう、アーマメント化した私の外部スピーカーから響く元王妃イルメシアの言葉が響く。


『公爵は私の――ご神体様であるシンタ様を暗殺しようとし私達を縄で縛りつけたために処断された。正当性はこちらにあるわ。報復したいならどうぞ――今すぐにでも皆殺しにしてあげる』


 おいおい、逃走するんじゃなかったのかな? 今後のシャリウ嬢の帰郷の可能性を植えておく気なのかな。


『シャリウ嬢は報復を納めるためにその身をシンタ様に捧げるつもりで父を処断し兄を説得しようとした。殺害が返答だったみたいだけれどね……可哀想に。兵士達よ、領民を思い断腸の思いでその身を捧げるシャリウ嬢の気持ちを少しでも考えなさい。そこの短絡的な兄によって公爵領が滅ぼされる可能性があったことを認識しなさい。間違っても指名手配なんてしようものなら――この暴力の矛先があなた達に向かうことになるわ』


 背部に展開された魔導砲の砲身が公爵邸に向けられると数十秒間の間断続的に射撃を開始し音を立てて崩れ落ちて行く。


『少しは理解したかしら? 短気な公爵家の長男が生き残れるかは分からないけれど、頭を冷やす事ね。家臣が優秀な事を祈っているわ。シャリウ嬢は私が大切に育ててあげるから貰って行くわね――ああ、連絡が付くなら王権を放棄したことを他の貴族にも伝えなさい? 煩わしいのはもうウンザリだから』


 そういうと私の操作権を使って飛行を開始する。魔臓結晶のお陰である程度の飛行時間の持続が可能となった。

 

 崩れ去った公爵邸を足元に眺めながら山間部の方面へ飛び立っていく。






 山間部へ飛び立っていく黒い巨神――ご神体とやらが元王妃と元王女、騎士として仕えている公爵家令嬢と共に逃走していく。

 

 御令嬢を殺害すると息巻く御子息を宥めるのがもう少し早ければと――取り返しの付かない出来事が起こった事に後悔する。


 相手側の人数はたった四人、非戦闘員が三人、戦闘比すら判明していないにもかかわらずいきなり妹を殺そうとするなんて誰にも分かるわけない、と言い訳をして自己保身を図る。


 現在、公爵令息は大量に出血意識が朦朧としている状態だ。


 公爵令嬢はありのまま説明を、父を殺害した成り行きを話していた。

 

 手に掛けたことの咎は受けると、まずは冷静に話を聞いて欲しい、取り返しのつかないことになると紳士に訴えていた。


 目立たない風貌の中年がまさかあのような巨神に変貌するなど誰も信じないだろうな。

 

 王妃がいるにもかかわらず私情を優先しすぎた公爵令息の器量が狭かったのだろな、仕えているにしろ短慮で軍隊を虐殺されてはたまったものではない。


 こと、戦闘行動や指揮官としての才能は軍神と言われるほどの傑物なのに惜しい。

 

 片腕を無くし父と妹はいなくなり公爵邸は崩壊。頭が痛くなってくる。


 あの十メートル以上ある巨体から繰り出される魔導銃に連なる兵器の殲滅力を近接戦闘能力がこちらに向かってくるのだけは避けなくてはならない。いきなり指名手配をしようものなら戦闘指揮所に弾丸の雨が降り注ぐであろう。


 それでも強行するのならば騎士を辞めようとも思う。

 同じように頭を抱えている事務方の将校と相談せねばなるまいか。


「どうする? 士気は最低だぞ。追手でも掛けるか?」


「――冗談言うなよ。酒でも飲んだのか? 公爵様に甘やかされたボンボンのケツなんざ拭きたくねえよ――転職でもするか?」


「できるかよ。イキリ立った子息様に敵前逃亡の罪でも付けられたらおしまいだ。まだ子供が産まれたばかりだというのに……ああ、不幸だ」


「侵略の防衛に成功したばかりでコレだもんな。公爵様も気の短さでお亡くなりになられたか――まあ間が悪かったのさ。うまく行けばあの戦力が帝国に向かっていたのにな。運さ、運が無かったのさ――さて、後片づけをしようかね。おいッ!! 呆けてないで負傷した兵の治療と公爵邸の貴重な荷物を運び出せッ! ボサッとするんじゃねえぞ!」


 けたたましいく士気を始めた友人の将校の指示に従い自らの部隊を指揮していく。何もかもを忘れて淡々と瓦礫の片づけを行っていく。


 先程公爵令息の意識が戻ったそうだが即刻無礼な奴を指名手配すると息を巻いていた。もう、公爵領は終わりかもしれん。


 もしあの巨神が目に見えた瞬間に家族を引き連れて他国に亡命しようと思う。







 操縦席内ではイルメシアの膝の上にシャリウ嬢がちょこんと座っており慈愛を込めて撫でられている。

 尊敬していた兄に殺されそうになり絶望の表情を浮かべていた。


 たった一日で今までの価値観、今まで育んできた家族愛が土台からひっくり返されたとなれば想像以上の精神的負担だろう。


 飛行高度を低めにし追跡、発見されることを警戒しつつモニターに風景が流れて行く。




 背部ラックに背負ったコンテナを地面に降ろすと崖近くにキャンプの設営をする。なるべく景色を楽しむためにそこそこに高度の高い山を選んでいる。


 贅沢にも公爵邸で良質なベッドマット拝借したので快適なキャンプができる事だろう。


 塞ぎこんだままのシャリウ嬢の前にホットワインをコトリとテーブルに置く。

 

 ゆっくりと手を伸ばすと木製のコップを両手で包み込むように持つとチビチビと飲んでいく。

 

 山間部なのでやや肌寒く、ホウッと吐く息から白い湯気が立ち上がる。


「我は……我は……いらぬ子だったのか……いらぬ子だったのだな……国の為に、領民の為にと頑張った……つもりであったのだがな。カカッ。お主たちがやってきた時には神に祈りが届いた、救われたと思ったよ。ガラにもなく興奮し、胸が熱くなった。これ幸いと父上にも話、この興奮を、感動を共有してほしいと浅はかな思いを抱いてしまった」

 

 イルメシアがポツポツと話し出すシャリウ……ちゃんの頭をゆっくりと撫で始める。母性が爆発しているな。キルテちゃんもどこか共感するところがあるのがうんうんと頷き話を聞いている。


「大きな力は、権力は、そう甘い思考が通用する世界ではなかった。あらゆる欲の、個の理をよく考えねばならなかった。いたずらに父上の我欲をプライドを刺激してしまった。これでは最初から殺しにかかっていたのは我だと言われても否定できぬよ……自身の思う通りに事を運ぶには貴族の愚鈍な部分も理解し、調整、交渉できる能力が必要だったのだな。幼子の感動、感情を共有するには汚れ過ぎた家族だった――終わってしまってから理解するなど……情けのうて……」


 まあ、そうだね。あの領地はよく治めていたと思うし。あの公爵の思考も分からないこともない。ただ。私という異常は信じられないだろうし認められなかったのだろう。

 

 助かるはずのなかった王族を前にして冷静でもいられなかったのだろう。

 

 そこにシャリウちゃんが瞳を煌かせ感情的に語ってしまえば、洗脳を疑っても、まぁギリ理解できるかな。できるできないではなくな。


「我が身、我が全てはシンタ様に……そう思ってもいいかの? このような不良債権じゃが……いや、捧げるというよりも、無理な押し付けじゃな。これでは世話をさせているだけにすぎぬか。もう、涙も出ぬよ……」


「うん。そこまでにしておこうか。キッチリ受け取るよ、ぐっちょりねっとり。今はまだ整理できてないと思うし、好きなだけ依存して頼ってくれ――私はシャリウちゃんを必要としているから、それはこれから理解していくといい」


 ゆっくりとシャリウちゃんの身体を抱き締めて行く。ポンポンと背中を叩いてあげるとグズグズと泣き出してしまう。

 

 空気を読んだのかダガラ親子。名を捨てたからこの呼び方は正しくないか。イルメシアとキルテちゃんは料理を作りに移動していく。


「力の限り幸せにするし、楽しいを思える事を一緒にやって行こう。ゆっくりと今日は休むといい。彼女達もきっと君の味方になってくれるよ?」


 しばらくは景色の良い風景めぐりでもして心を癒していこう。最近は慌ただし過ぎたからな。心のケアは怠ると取り返しのつかないことになるからね。

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