世界的影響力
三組同時に歌い始める予定の決勝戦。アイシクルもミカエルちゃんもと激しいダンスと観客を魅了する美声を披露している。
だがフリアノンはステージ上で身体から指先まで視線を集める緩やかな舞を披露している。その間一切声すら出さない奇妙な演出を続けて行く。
【視線を動かすことが出来ない】【なんなんだこれは……】【歌ってすらいないのに……】【幻想的だ】【指先が……】【なぜ歌を歌わないんだ?】【これはシャーマニックな儀式に通じる】【これは儀式なのか?】【吸い込まれていく】【これが魂から震えるという事なのか?】【もし彼女が歌を歌い始めたのなら私は……】【これから起こる事はきっと世界的な事件になりそう】【歌を聞きたいけど聞きたくないような不思議な気分】【美しい舞だ】
視聴者が脱落はしていないが他のステージの観客は奇妙な視線をフリアノンに向けている。他のステージであっても遠くにVアイドルの声が聞こえている、不気味な静けさを放つフリアノンにプレッシャーを感じているのだろう。
全てのステージが終了する目安はおよそ三十分となっている、その半分の時間をステージ上での舞で消費してしまうフリアノン。
アイシクルのメンバー達も疑問に思いつつも自身の精一杯のパフォーマンスを披露していく。
観客はアイシクルとミカエルちゃんに熱狂し次第にフリアノンの事を忘れていく。
アイシクルやミカエルちゃんの歌の間を等々にフリアノンの歌声が差し込まれる。
「――――――――――――――!!」
全ての音を引き裂く、声と識別できない何かが響き渡る。
歌声と言う認識だけが強制的刷り込まれ、その声は電波を媒体にあらゆる端末へと感染し広がっていく。
数十分もの華麗な舞はまさに呪術的な儀式であったのだ。
その声は各自のスマホ端末や街中のスピーカーなどの回線を乗っ取って歌声を届けて行く。街並みの喧騒は静まり返り都心から人々の声が失われていく。
車両のオーディオや百貨店の館内放送、公的機関の内線や通話の最中であるスマホの通話にすら割り込んでいく。
「――――――地を這いずる私を救い上げたあなたの手を忘れない」
フリアノンの発する言霊は言語の壁を超え人間の魂へと感情を無理やりに叩き込んでいく。彼女が感じた絶望も希望も感謝の心さえも鮮明に想起させていく。
視聴していた観客の端末から都心一帯に電波がジャックされていき、静寂の街へと変貌していく。もちろん海外の視聴者の端末でも同じ現象が起こっている。
ツブヤイターでもその様子が実況され慌てふためく民衆も次第に静まり返り、更新が止まる。
「――――助けられた、救われた、慈悲を掛けられた、ああ――私の救いの悪魔よ――――どうしようもなく愛おしいの、どうしようもなく切ないの」
やがて世界が彼女の歌声に包まれると不思議な現象が起こり始めた。
いがみ争い合う手を止め、紛争が停止し、危篤状態の病人すら快方へ向かう。
彼女が歌うこの時間だけが世界の平和が成し遂げられている。
怒り、憎しみ、悲しみが洗い流され。彼女の切ない思いが胸の中に染み渡っていく。
私は歌い上げる彼女の姿、この歌声を聞いて真剣な想いを受け止めることができたようだ。
「――――そうか。…………君の想いは確かに受け取ったぞ」
本番前に伝えたかった想いとはこういう事だったのだろう。彼女の言霊は悪魔の私の心の障壁すら抜き去っていく。たいした女性だよ、天音――――いや、鈴音。
会場内のアイシクルやミカエルちゃんのステージすら停止してしまっている、彼女達もフリアノンの歌声に酔いしれ涙を目元から溢れさせている。
「フリアノン…………もう、アイドルとかそういう次元での争いじゃなかったんだな。てめえは、いや、あなたは本物の歌の女神だったんだな」
「ベアトリーチェ…………いえ、今は彼女の歌を聞いていよう。――――私達の敗北だ。だがなぜだろう……全く悔しくないんだ。フリアノン――彼女と戦えた、それだけでも誇らしく感じるんだ」
アイシクルのメンバーはステージ中央に集まるとフリアノンのライブへと集中する、応援するかのようにフリアノンの歌声に合わせたダンスを披露し始めた。
「私達は勝者たるフリアノンへのダンスを踊る。これが今私達にできる事だ」
簡単な振り付けのダンスを視聴者へ披露していくとそれに合わせて数十万、数百万の人間がそのダンスに習っていく、ミカエルちゃんも悔しそうな顔をしているがすぐさま気持ちを切り替えてアイシクルのダンスに追従していく。
長く感じる数分間だが世界が彼女を認識した、この大会が終われば混乱に包まれるだろうがしばらくは凪いだ心が続くだろう。少しでもその気持ちを保ち人に優しくなれる筈だ。
二曲、三曲とあっという間に彼女のステージが終了すると万感の拍手と歓声が送られる。あまりにも続く歓声に強制的に終了する事になってしまったが。
表彰式が行われると対決前にはいがみ合っていたアイシクルのベアトリーチェがフリアノンの側へ寄って来た。
「――フリアノン。素晴らしい歌声だった。だが、私達アイシクルは決して歩みを止めない。いつの日か歌の女神と呼ばれる存在になってやる」
「あら、私は歌の女神なんて自称したことはないのだけれど…………賞賛としてありがたく受け取っておくわ、ベアトリーチェ」
不敵に笑い返すフリアノンにベアトリーチェは苦笑いするも肯定的に受け取ったようだ。
「今大会はこれで終了したが賞金や機材の選出、業務提携の打ち合わせは後日行う。――――解散」
私の号令にしたがうと全員ログアウトしていった。
現実世界の鈴音は精魂尽き果てて今にも倒れそうだ――――だが。
「鈴音。君の想いは受け取ったつもりだ。――――おいで」
「!! ――――ええ、遅いのよ」
私の腕の中へ倒れ込むように飛び込んできた、凄い汗を掻いて濡れているがそれすら愛嬌に思えてくる。
彼女にお姫抱っこをしながら部屋へ連れて行く。ツムギは気を利かせたのかいつの間にかいなくなっているな。
≪清浄≫をいつも通り掛けながら鈴音を回復させていく、私に抱き着いて離れない彼女の気が収まるには時間が掛かりそうだな。
抱き締められたまま彼女を部屋のベットに押し倒すとそのまま二人で感情のぶつけあいを始めてしまう。ステージで昂った鈴音の感情は凄まじいものだと実感することになる。
次の日になると世界中で起きたフリアノン歌声が響くという異常現象について日本政府から国会への緊急出頭要請書と共に、警視庁に所属する部隊が自宅兼スタジオに殺到する事となった。
「株式会社ダンタリオンには世界的なハッキング行為の疑いがもたれている、これは任意の国会への出頭要請だが従わないと――分が悪い事になるぞ?」
「おや、任意出頭ならば出ませんよ? それともあなた達は脅迫の意味を込めて発言しているので? この会話はネット上に公開中ですので、ああ、最近不祥事が相次いでいるので政府へのゴマ擦りかなにかで?」
「!! ――貴様ッ!」
責任者とおぼしき人物が私に掴みかかろうとするも周囲の人間に抑えられる。
「暴力で従わせようとするのとは今の警視庁も野蛮になりましたね、ほら――あなたへの批判的な意見がネット上に拡散されていってますよ? えーと、お名前をお聞きしていませんでしたが伺っても?」
「――誰が言うかッ!! ふざけるのも大概にしろ!」
「これはどこの公的機関に連絡すればいいのでしょうか? 現役の平和を守るはずの人間に恫喝に傷害行為をおわされそうなのですが? ――梅宮警部? えーっと不倫をなさっているようですね、個人情報と浮気の現場の動画が流出しておりますが…………信用がなりませんねぇ」
手元にあるノート型の端末を操作すると内容を読み上げて行く、梅宮警部が真っ青になったあと腰元にある警棒を引き抜いて殴りかかって来る。
素早く右手首を掴み取り、彼の顎に膝蹴りをお見舞いする。
周囲の人間は唖然とするも私へと制圧行為を始める。
梅宮警部の警棒で顎を砕いた首筋を締め付けると見せびらかすように周囲への威嚇へ使う。
「先に暴力行動を取ったのは彼なのですが…………正当性は世間が認めていますよ? これ以上の失態はお上が見逃さないのでは?」
「!! …………梅宮警部への暴力行動は正当防衛と認めよう…………申し訳ない。彼を治療する為に渡してはもらえないかね?」
「嫌ですね。この映像を見ているさらに上の上司が土下座でもしない限り不問にはしませんね。今まさに警棒で殺されそうになったのに謝罪だけで済むとでも? 数十人もの暴力を振るえる野蛮人に囲まれているのですよ?」
「その発言は過剰防衛となるがそれでもいいのかね?」
「その判断は世間の皆様が判断なさるのでは? 公的機関は信用ならないと今あなた達が証明していっている最中ですよ?」
話が先に進まず水掛け論が始まっている。奪った警棒はすでにスーツの胸元に収納しており首元を片腕で締め上げている。
タバコに火を付けのんびりと事の経緯を見守っている。
周囲を取り囲む人間がどこかへと通話を行っているが恐らく世間に知れ渡り大事になっている為、上司からのお叱りの連絡だろう。
「この状況を映している配信を止めて梅宮警部を返して欲しい…………全面的に公的機関である警視庁が悪い事を認めよう。改めて謝罪の席を用意する事で手を打ってはもらえないだろうか?」
「ん? ああ、良いですよ、配信は止めませんが。あなた方の上司の不倫が大々的に公表され無能を晒して顔を見て満足したので帰って良いですよ?」
「! そうさせてもらおう」
締め上げていた首を解放すると梅宮警部を地面に放り投げた、汚いおっさんに触れているのも苦痛だったためようやく解放された気分だ。
「キチンと謝罪くらいできるような上司を連れてきてくださいね? 偶然に不倫をしていたり賄賂まみれの上司が来たらトンデモない事になりそうなのでね。この警視庁との契約内容は現在公表させてもらっていますので三日以内にはよろしくお願いしますね?」
「――善処しよう」
「それ、無理なパターンですね。まぁ鼻からあなた達には期待していませんでしたし。明日には偶然不祥事塗れで大変なことになるでしょうね――――ハハハハッ!!」
そういうなり遠隔操作で幹部や末端の人員の不祥事がネット上に顔つきで拡散され始める。周囲の人員のスマホが鳴り響き始める。
「貴様がやっているんだろう!? やめろッ!! やめてくれ!!」
「え、このとおり何もやっていませんが? 罪状も確定せず証拠も持たずに推測だけで犯人扱いしないでもらいたいですね」
両手の平を彼らに見せつけて挑発を繰り返していく。
こういう輩をからかう時になぜか敬語になってしまうのが私の悪い癖なのだがなかなか治りそうにないな。
「まぁ偶然が重なって国会にいる愚鈍な方々の全情報が世界中に配信される“かも”しれないので対応は丁重にお願いしたいものですな。無能が減れば日本と言う国は明るくなるの、かもしれませんね。気が向いたらうっかり正義のハッカーを応援しそうになりますね」
「――――失礼させてもらう!!」
そう言うと乗って来た車両へ駆けこんで慌てて撤退を始めた、国会の議員共のスキャンダルは全方位にすでに発信済みなのだがご苦労様だな。
これでしばらく世間は大騒ぎになりそうだが私の周囲はしばらく静かになるだろう、たぶん。
汚い警部の汗を≪清浄≫で消し去るとツムギの用意した朝食を取りにリビングへと向かっていく。




