巷の噂
大型百貨店内に店を構えている紅茶や珈琲豆を取り扱っている店舗にやってきている。世界によってコクの深さや香りが違ってくるので趣味で集めている。
店を開いてもやっていけると太鼓判を妻たちには得ているが私は自身が飲むか親しい相手に提供する事が好きなのだ。――まあ、いずれは喫茶店をやってみるのも面白いかもしれないな。
「ねぇねぇ! 【フリアノン】見た!? あの曲のMVが公式チャンネルで更新されていたんだって!」
「あー、あの映像家族で見たけど鳥肌ものだったわ。こちらに手を翳して掴むシーン何て心臓止まりそうになった……」
「あまりにもそう感じる人が多かったからどこかの番組で検証されていたね、映像に何も仕込まれていないし、サブリミナル効果でもなんでもないんだってー」
「いや、絶対なにかあるっしょ!? 心臓バクバクいってたし。きっと霊的な何かよ! な・に・か!」
女子高生がキャッキャとはしゃいで隣を通り過ぎて行く。
先程から通行人の話題の中にはVアイドルかフリアノンの話題が良く出てきている。
あの放送以来我々と技術協力しないかと映画業界や、アニメやゲームの会社からも打診が相次いでいる。
アイドル以外の業種からはこぞって絶賛されているのだが、まだまだIGGの手はアイドル事務所に圧力を掛けているようだ。
だが駅前の広告や、漫画や雑誌の広告にはダンタリオン公式の【フリアノン】のイラストとVアイドル頂上決戦の日程が大々的に発表されている。
フリアノンのデビュー曲である【輪廻】がネットで高音質、特典付きダウンロードのみの発売と同時に一億以上のダウンロード数を叩き出した。
IGG発表のアイドルランキングには参加していないために順位には乗れないがその存在感は世界に証明される事になった。
それとVRゴーグルの発売と共にそのシステムプログラムを特許申請。IGG関連会社以外に狙い撃ちにして格安で契約し提供している。もちろんそのシステムは理解不能の言語でブラックボックス化しており解析などできるはずがない。
これに映画業界やゲーム会社が熱狂し、業務提携も数社ほど契約する流れとなった。
サンプルで提供した宇宙戦争ものゲームっぽいものをデータで送ると開発のプラットフォームなどを提供できないか? と聞かれ現代の技術でも扱いやすいようにダウングレードさせて送信しておいた。
我々といち早く契約してくれるならば美味しい思いをしてもらわないといけないからな。
既存のゲーム機やデバイスに接続して互換性を持たせるアタッチメントの発表もしておくかな? 需要がありそうだしな。
珈琲豆が入った紙袋を片手にペットショップにもよっていく、ツムギが好きそうなマタタビを数箱購入すると百貨店を出て行く。
現在、ツムギの次元耐性の経過観察を行っており異常が出なければ他世界にも試してもらうつもりだ。テストが終わり次第異世界交流が盛んになる事だろう。
それと薬局に寄って女性用品も購入していく、天音が予想以上に私生活が駄目人間であったのだ。部屋の片付けも料理もできず歌に特化しすぎた人間だったのかもしれない。
もう彼女はオートマトンのピコット君なしには生きて行けまい。むしろ今まで同生活していたのかが気になり聞いてみると家政婦を雇っていたとか。事務所と契約解除と同時に彼女自身が病んでしまい契約を解除したらしいがな。
物陰に入るなり天音の自宅兼事務所の玄関に転移する。セキュリティを強化しており関係者以外出入りができないようにしている。
有限会社ダンタリオンの登記をここの住所にしている為に【フリアノン】が天音だという事は知っている人にはすでにバレているだろう。もと所属事務所の人間が契約を解除は間違いだと叫びながら門前に着ていたがすぐに警察へと連絡して連れて行ってもらっている。
フリアノンがどこの誰なのかが声紋の検証がアイドルのテレビ番組で行われ、天音・シェフィールド・鈴音だと言われたために世間では所属事務所とのトラブルが原因でVアイドルへ転向したのでは? と囁かれている。
「おかえりだにゃん。天音ちゃんはまた地下に籠って発声練習しているにゃー、納得に行くまで練習やめにゃいから大変だにゃん」
「ふむ。私が行こう」
地下の防音室へ階段を下りて行き扉を開ける、その物音にも気づかずに彼女は熱心に発声練習を繰り返している。
この防音室にはレコーディングスタジオも併設しており、そのまま収録や編集さえ行えるように私が改装しておいた。
彼女はそれを見るなり何度も何度も自身の声を検証し、どの音域が効きやすいか、フレーズを歌い上げる際聞く側の心に染み込むか永遠と繰り返し始めた。
ピコット君が側に着いて天音の体調をモニターで管理しており、そろそろ食事の時間だと警告が出始めている。
「――天音。時間だ」
彼女に命令するように声を掛けた。こうでもしないと彼女はテコでも動かないからな。
「――――あら、いいところだったのに。でもあなたが言うならそれが私にとって最善なのよね。今から上にあがるわ」
傍に置いていたぬるい飲み物で喉を潤わせると、乾いたタオルで首筋に流れる汗を拭いた。来ているTシャツが汗で張り付き下着が丸見えになっている。
「先にシャワーを浴びてこい、下着が丸見えになるくらい汗をかいているぞ?」
「――いやんえっち。とでも言えばいいのかしら? ……私の身体に興味がないわけではないのよね? これでもアイドルやっていた自慢の身体なんだけどもう少し反応しなさいよ」
「最初にあの惨状を見ればよくここまで元気になったなとしか言えないんだが……歌に一生懸命な姿を見るのは好きだぞ?」
「私にとって最高の誉め言葉ね。――食事にしましょう。ツムギのつくるごはん美味しいのよね……彼女に世話になってばかりで申し訳ないわ」
「ツムギも好きでやっているしいいんじゃないか?」
「それは、あなたの為“に”でしょ? あんな綺麗な奥さん捕まえといてそれは無いんじゃないの?」
私へボスリと濡れたタオルを投げつけて来る。機嫌を損ねたかね?
「そうだな、いつもより味わって食べるとしようか。ほら、行くぞ」
天音を置いて階段を登っていく、リビングに辿り着くと野菜炒めのいい香りが漂って来ている。エプロンを付けたツムギは鼻歌を歌いながらフライパンを振るっている。
このリビングからキッチンの様子が見えるアイランドキッチンのような構造をしており、用意された皿には彩りよく盛り付けられている。
「いつもありがとうツムギ、今日も美味しく頂くとするよ」
「――珍しいにゃん……美味しそうに黙々と食べるけれど改まってそんな事言うにゃんて。天音に何か言われたにゃん?」
「綺麗な奥さんだと、それとせっかく私の為に心を込めて作ってあげてると言われたものでな。確かにそうだと思い感謝の気持ちを伝えたかったのだよ」
さりげなく自身の身体に≪清浄≫をかけるとテーブルにある椅子に座り料理が用意されるのを待つ。エプロンを着ているツムギの姿はいつもより暖かく感じるな。
「これが家庭というものなのだな」
「ふふふ、こうしてご主人様はあたしに夢中になるにゃん。あのクソギツネを一歩リードだにゃん」
遠い次元の向こうからケーンとキツネの怒りの声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。しばらくすると髪の毛が湿りタオルを首に巻いた天音がやって来る。
ブラジャーを付けておらずタンクトップと下着一枚という扇情的な格好をしている。
乳の先端が主張するもなにも気にしていないようだ。
料理の盛り付けと配膳がおわりツムギも一緒にテーブルの椅子へ座ると手を合わせる。
「天音ちゃん、もうツッコムのもあれだけどもうちょっと女の子らしくするにゃん」
「あら、女性らしさを整える時間がもったいないもの。その点Vアイドルって便利よね、化粧しなくていいんだもの」
「利点ではあるが――――まあ、いい。早く食べるぞ、頂きます」
「頂きます」
私と天音がそう言うと汁物を同時に啜り始めた。
「召し上がれ、今日は汁物の出しにこだわったにゃん。カツオブシの直売所に行っていい物を仕入れてきたにゃ~」
ふむ、香りに奥行きを感じる。後に感じる優しいコクが白ご飯に合うな。
ほかほかの炊き立てご飯に野菜炒めもつまんでいく。長く神をやっているだけはあるな、料理の腕はプロ級だな。
こうして三人で食卓を囲むのも定番となりつつある、天音は食事を取り終えるとツムギに礼を言うと練習へ戻り、私はサイトの更新作業とグッズやゴーグルの配送作業に移る。
ツムギはと言うと公式チャンネルを全て任せており、作詞作曲を他世界の妻たちが行っているのでそれの取りまとめと編集を行う。
人手はピコット君が筆頭にオートマトンを数十台も操作し稼働させているので問題ない。この家の地下には秘密の地下工場が建設されており日夜様々な物を製造している。
家の駐車場に止められた大型トラックに積み込んで、順次、集荷センターに発送を行っている。
そうしているうちにVアイドル頂上決戦の日時が近づいていく。




