デビュー
あれからしばらく天音はリハビリを行っていた。食事やまともな生活を行っていなかった為、筋力の低下や声の調子が元には戻っていなかった。
地下の防音室で休憩を取りつつも連日厳しいリハビリに励んでいるようだ。
私が立ち上げた有限会社ダンタリオンの広告を多数のコンテンツで展開をしていたのだがIGGが圧力を掛け広告を展開しているサイトの運営会社から契約解除の通達だけされてしまう。
サイバー攻撃など非合法な攻撃も確認できたが、反撃プログラムが作動し攻撃側のPCは伝染性のウイルスに全てが破壊されているであろう。
すでにアカウント取得者数は百万人を超えており、記念キャンペーンなどを多数展開している。この勢いをいくら大企業であろうと妨害する事は困難なはずだ。
アイドル事務所の関係者もこの動画編集ソフトや、コンテンツに将来性を見出し始めているのかアカウントの取得や課金による売り上げが十億を超えそうになっている。もちろん配信者の広告収入への分配やプロモーションに売り上げを回しているので企業的な大きく儲けているわけではないな。
顔出しのアイドルのグッズ売りや音楽配信の契約への申し込みはまだ来ていない。IGGに目を付けられたくないのだろうが匿名で世界ランキングに乗っているアイドルがバーチャルアイドルを匿名で始めたりはしているんだけどな。
広告は打てなくなったが世界的なツブヤイターというコンテンツではトレンド十位圏内を行き来しているほどの話題性はあるんだがね。
バックバンドとアイドルのマッチングの機能が意外と好評で、アイドル売りのグループではなくロックやポップスのバンドがかなりの数ができている。
この勢いに乗るべく優秀な楽曲を動画に上げ再生数や高評価上位者にも高額ポイントの付与を行う事で賞金もかけた。
もちろん監視を厳しく行っているので不正に再生数を水増しする事はできない。
Vアイドル達も続々と増えて行き今は感覚を掴みかけている過程かな?
【ぺえぺえ】
「始めましてVアイドルを始めました~。ぜひ私の歌を聞いてくださいねっ!」
【竜ケ崎神仙】
「僕の歌声に酔いしれるがいい…………聞いてくれ、ブリザードオブゴッデェスッ!」
【雑談V最高】
「おはこんにちわ~、新たに【アイドルボックス】からとしてグループデビューしましたノルルンだよぉ~。応援よろしくぅ~!」
【Vの未来について語る】
「このコンテンツは今までにない新しい試みだと、思う。現在IGG一強の中アイドル業界に一石を投じる妙手だと。新たな風が吹けばアイドル業界はより進化していき素晴らしいものになっていくと私は信じている……」
【V活サイコー】
「ランク外のアイドルやって安い給料の人まだおりゅ~? 枕みたいな事をしなくても歌で勝負出来て広告収入も入るなんてサイコーじゃない? まじ■■■事務所の■■■社長はケツばっか触って来て気持ち悪かったわ~、あ、コレ、オフレコでね?」
才能あるものはメキメキと頭角を現し、特定の客層の開拓に成功している。はたしてアイドルの分野での成功なのか分からなくなってしまうがな。
この世界に動画投稿できるサイトは存在するものの、このような収益を得られ多機能なキラーコンテンツはまだ存在していない。
ちなみに作ったサイト内の広告は百パーセント自社コンテンツの紹介しかしていないのでそろそろ見栄え的に広告申請が来て欲しいな。
バーチャルアイドル頂上決定戦の概要もそろそろ詳細に上げておこう。
Vアイドルにやってもらうことは現在操作しているアバターの出演するステージ選択や楽曲の編集の為の曲調をチョイスしてもらう事だ。
ステージ演出などは会社側で全てバックアップする予定だ、指定された曲を提出すれば全て高音質でこちらが編曲、調整を行う。
ステージの演出パターンや編曲する際の曲調のサンプルをサイトにアップして置く。面白いぐらいに食いつきがいいな、予想以上に申込者が多い。
サイトを立ち上げてもうすぐ一月が経とうとしている、天音がVアイドルデビューできる日までもうそろそろだな。
バーチャルアイドル支援サイト公式の【デヴィルチャンネル】で会場のお披露目を現在行っている。司会は特別に猫神である紬に来てもらっている。
神として異界渡りの適性や耐性を見込んで多次元への転移実験に協力してもらった、もちろん彼女の人柄がこのサイトのアンバサダーとして適性があったのも含まれているがな。
「呼ばれて飛び出で、にゃにゃにゃにゃ~んっ!! み・ん・なのアイドルツムギちゃんだにゃぁ~ん! 今日はVアイドル頂上決定戦のバーチャル空間にきてるにゃん!」
いささか時代を感じさせるセリフだが公式初の配信の為登録者数以上の視聴者数を叩き出している。その中には現代では再現できない超技術に注目している技術者も多い。
バーチャル空間内部を複数のカメラが移動し始めると西洋の城も真っ青になる程の息を飲む美麗な様相が現れた。
ダンダリオン城。カメラが黄金の絨毯である麦畑を駆け抜け見上げるようなカメラワークを展開する。
小さな小鳥が飛び交い、川の流れが聞こえ、兵士の鎧の擦過音さえ聞こえて来る。
まさに現実世界。存在するはずのない巨大な城が視聴者の度肝を抜く。
ツムギが中継をしているのは城の最上階のバルコニーに位置しており、数台のカメラがその場に戻って来ると周囲を漂いながら彼女を映し出した。
「見たにゃん? ――これが私達ダンタリオンのもつ超技術、この世界で誰も再現できない、そして君たちが歌って踊れるステージの“ひとつ”だにゃん」
――パチンッ。
ツムギが指を一つ鳴らすと私自身が金属装甲を纏った【ダンタリオン】の掌の上に乗っていた。
周囲はエデン世界の地下世界の街並みを再現している、ギッシリ詰まった高層ビルの合間にはフォトンの光を出している車両が飛び交っている。
掌の上に立つ彼女の髪の毛がビルの合間を飛行するダンタリオンによってたなびいている。
街の中心地に辿り着くと眼下にはすり鉢状に作られた巨大ステージが。ゆっくりとダンタリオンは滞空しステージ中央にはひとりのVアイドルが。
――ドンッ。
突如、ドラムを利かせた重低音が街に響いて行く、フォトンの光が中央に居る女性に集まっていき複数のカメラが捉えた。
――数多の世をめぐりめぐる
――魂の輪廻はどこへ行こうと終わらない
――いつかまたきっと会えるはず
――あなたに会えると信じている
ハードな曲調に関わらず彼女の歌声が胸中に訴えかけて来る。
死は別れではない。永劫にも思える旅の果てに会える、いつかきっと。そう信じている切ない女性の心情が幻視される。
視聴者の数が間奏に入るまでにかなりの人数増えて行く、ネット上にミームのように拡散されているようだ。
今この歌を聞いている私でさえ心が揺り動かされているんだ。一般の人間にはたまらないだろう。
間奏の間にツムギの解説が挟まれる。彼女の少し涙目になっているのはそっと気づかない振りをしておこう。
「――彼女がダンタリオン公式Vアイドル【フリアノン】にゃ、今回のVアイドル頂上決定戦の出場者でもあるにゃん。大会では彼女を決して贔屓しないし票の公平性も担保すると発表しているにゃ」
間奏が終わると前半の激流のようなサウンドから穏やかな曲調に変わる、ステージ上からフォトンの粒子が彼女を包み込むと幻想的な風景になる。
彼女がカメラに向かい掌を向けるとゆっくりと“ナニカ”を掴み取る動作を行った。
――絶対に離さない
穏やかなメロディの中でぼそりと呟くように歌った彼女の言葉に数百万の人間が震える。彼女に渡した能力にそのような効果は無い筈だが【挑発】のような現象が起きている。これは彼女の歌声、執念からくる一種の異能と昇華されたものだな。
――あなたはどんな顔をしていたの
――あなたはどんな笑顔でわらっていたの
――あなたを思い出せない
――けれどもこの想いは決して消えない
歌も終盤に差し掛かりステージに集まっていた人間がひとり、またひとりと消えていく。
最後のフレーズを歌い上げたこの会場には誰もいなくなり中央にいる彼女だけがライトアップされている。
もちろん演出だが、まるで世界にひとり取り残されたような感覚に陥る。その中でも健気に一人想い人を待ち想いを紡いでいるのだろう。
ダンタリオンが起動してゆっくりと上昇していくと宇宙空間に飛び出し、再びツムギが解説を始めた。
「今回の大会出場者にはこのステージを含むさまざまなプランが用意されているにゃ~、もちろんバックアップする事務所の人間とセレクトしてもいいし、宣材して欲しい画像や動画、アイドルのデータを差し込むこともできるにゃ~。広告費の相談は公式サイトへメールを送るにゃ」
それから各個人が所有するスマートフォンでも踊れるように事前に撮影したダンスをエミュレーションできるシステムの説明などを挟んでいく。
「君たちが持っている簡素な端末でもダンタリオンが提供している高度エミュレーターがさいげんしてくれるにゃ~。それとダンタリオンから発売されるVRゴーグルがあればこの空間を疑似体験できるシステムもあるのでためしてにゃっ!」
ダンタリオンから発売される新型のゴーグルを大きく表示させる、値段は税込みで五千円と破格の値段だ。
腕に付ける付属のリングも購入してもらえば操作も可能となる超技術だ。もちろん簡易な選択であれば思考をスキャンして行うことが出来る。
アップデート次第でVRコンテンツも随時更新していく予定だ。
「このゴーグルで推しのアイドルを迫力満点の映像で見ながら応援してもいいし、ゲーム事業も展開していく予定だにゃ! 【ダンタリオン】は今後もこの空間を貸出しVアイドル達を応援していくにゃん~それじゃ、まったにゃ~ん!!」
公式のステージ紹介が終了する。かなりの量の情報と公式配信者【フリアノン】の心を鷲掴みにされるような歌声に視聴者も息も絶え絶えであろう。
その圧倒的な歌唱力と魔性を纏う声に一時ネットの更新が数分程途絶えるほどだった。
公式配信が終わるとともにネットの掲示板や、巨大交流ツール【ツブヤイター】でも膨大な量の呟きが更新されていく。トレンドの十位以内全てが【ダンタリオン】と【フリアノン】そして【ツムギちゃん】で埋め尽くされた。




