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異世界めぐり/ Dimension Drifter  作者: 世も末
アイドル戦国世界
131/159

始動

 私は一月前、アイドルとしての生命を絶たれた。


 楽屋裏に用意された飲み物に喉が爛れる劇薬を仕込まれていたのだ。すぐさま救急車で病院に搬送され緊急手術が行われ辛うじて命を取り留めた。――アイドルの生命線とも言える声帯を失って。


 私の所属している事務所のマネージャーは身内の犯行だと分かっていながらも、病室へやってくるなり慰謝料を積んできて即座に私の契約解除を伝えてきた。真相が表に出ると私がいたグループのイメージを損なう為だそうだ。


 ――裏切られた。


 そう。私の身を案じ、見舞いに来たのなら私はこうも絶望しなかった、三年の下積み期間を共にしてきたグループの仲間たちは私を煙たがり近寄らず、送られて来たメールには『目障りだった』『調子にのっているからだ』『残念、治療頑張ってね! お前の席はもうねーけどな』と、ガラガラと何かが崩れて行く音が聞こえた気がした。


 ガラガラ声しか出ないまま自宅に帰って来ると、失意のままリハビリに励む。


 ――声が出ない。


 個人練習用に増築したの地下防音室に籠りひたすら声出しを行っていく。あまりにも酷使しすぎて血が流れ出ようとも気にせずに。


 再度声帯の治療をしに病院へ向かうと診断結果は最初に告げられたとおり、数年は声を出してはいけないという残酷な結果であった。


 そして、元の声は二度と戻っては来ないとも…………。


 最後の一線を超えてしまったのは越えてしまったのはその時だろう。


 感覚をマヒさせる合法と謳われたドラッグを乱用し、地下防音室で寝食を済ませ狂ったように歌い続け始めたのは。


 ボウっとした頭で狂ったように叫び続ける。周囲には汚物が散乱し、いつ食事を取ったのかも覚えていない。腕に打った注射器を放り投げガラスが散乱する。


 ――ああ、声が、歌が、聞こえる。


 その時は私は歌えていた、空を飛べていた、大勢の観客に包まれていたのだ。


 ――歌は私の物、この歓声も私だけの物、誰にも譲らない、侵させない。


 ゴポゴポと暖かいものが零れ落ちる、カクンと地面が目の前に迫って来る。


 ――なんで? まだ歌の途中だよ!? 止めないで! 奪わないで!


 血に伏せている視線の先には黒い霧に覆われた男がいた。――ああ、分かっていたんだ。もう私は限界だったんだって。だが――私はまだ死ねない、死ぬわけにはいかないッ!!


 ――カエレッ! しにがみッ! 私は…………私は――――


「ああああああああああああっ!! ――――はぁっはぁっ」


 手が空を切り、起き上がればいつもの私の寝室。着替えた記憶は無いが可愛いもこもこの寝巻を着ている。


「はぁっはぁっ――あぇ? あーーーーーー。あーーあーーああーー…………声が、声が、声が、声が、声がああああああぁあぁぁあぁぁぁあぁ!!」


 ――戻っている! 奇跡だ! 私だけの! 声が!


「う゛ぅ、ひっぐぅ、ひっぐひっぐ…………うえええぇええぇええんっ!!」


 掛けられている布団の上に涙がぽたぽたと零れ落ちて行く。


「うえ゛え゛え゛ぇぇん…………ぐすっ。ずびびびび」


 渡されたティッシュで鼻をかみようやく落ち着いて行く。――ん?


 顔を隣に向けると夢の中で見た死神が煙草を吸いながらこちらを見ていた。私の家は禁煙なんですけど……ってそうじゃない!


「ご、ごごごご、強盗さん……? ――――ッ!」


 叫び出そうとするも声が出せなくなる――嫌っ! 声を奪わないで!


「君を助けたのは私なのだがね? 落ち着くまでそのままだ」


 ――嫌ッ! いやああああああっ!


「仕方ない…………≪人心掌握≫。――落ち着いたな?」


「――――あれ? あ、ええ、はい…………」


 頭がぼーっとしている、彼の言葉が心に染み渡って来る。


「話を聞いて貰えるかね?」


 その言葉に私は頷く事しかできない。







 私が彼女の呪言に引き寄せられた悪魔だと説明し納得してもらった、身体が元以上に良くなっている事で信じて貰えたようだ。


 その上で彼女がなぜああいう状況になっていたかも涙ながら語ってもらった、なかなか不幸な話だが特に共感はしない。それよりも彼女の歌に対する執着心にこそ私はそそられている。


「――――そうか。それでこれから君はどうしたいのだ? 今更三行半を突きつけられた事務所へ戻るのか? ろくに信用もならない連中の元へ」


「…………どうしよう。引退告知もすでに出されてグループとして有名だった私の最出発は――事務所に潰されるでしょう、あいつらならやりかねない」


 ギリギリと歯を食いしばる彼女はとても魅力的な醜悪な顔をしている。


 この世界は【アイドル】というものに対する比重が異常に偏っている。誰もがアイドルになることを目指し、アイドルに熱狂する。


 ひとたび売れれば億万長者、事務所のオーディションでは熾烈な争いが起き、骨肉の争いが行われている。


 アイドルユニットの表の顔は友情に溢れ、キラキラしているが一皮むけば毒殺まがいのことを平気でやっているようだ。


 そういえば。と他世界でバーチャルアイドルという物が存在していたことを思い出す。2Dモデリングを動かして生配信したり。モーションセンサーを内蔵したスーツを着て歌って踊る。


 彼女の顔出しは問題があるようだが声だけなら誰も文句を言うまい。


 この世界には顔出しが当たり前でバーチャルの世界への進出は遅れている、ネットライブや生配信は進んでいるようだがその分野だけがブルーオーシャンのようだ。需要が無いと言えばそうなのだが、私が彼女に力を貸せばいけるかもしれない。


「君は私と契約するつもりはないかね?」


「――――どういう事?」


「君を輝かせる場所を用意できるかもしれないという事だよ。何、契約内容は君がその歌への情熱を失わないでくれればいい――命は取らないよ」


「するわ。――今すぐあなたと契約する! あいつらを私の歌で見返してみせる。完膚なきまでに地へと叩き伏せてあげるわ!!」


「君はポジティブだな、私は悪魔だ。復讐など容易く行える。喋れなくすることも、顔を醜くすることも、絶命させることも容易だ。――――復讐はしたくないのかね?」


 私は悪魔のオーラを周囲に漂わせ凄みを作る、こういう演出はとても大事だからな。


 彼女は少し後ずさるも私から目を離さない。


「――――思う所が無いかと言えばそうでもないわ…………。だけど悔しがるオーディエンスは多い方がライブは盛り上がるでしょう?」


 私は珍しく間の抜けた顔をしていたのかもしれない。こういう何かに命を捧げ、純粋なまでの人間は始めて見たかも知れない。


 復讐と言う名の増悪の感情などが全て“歌”へと注がれている。


「…………フクククク、フハハハハッ! ――――君はとても面白い人間だ。良いだろう、私が全力で支援するとしよう」


「悪魔さんにお気に召して頂いて結構だわ。――それで具体的にどうするのよ?」


「そうだな、一先ず君には呪術師になってもらう――――これの飲んでくれ」


 小さな銀の粒を生成して彼女の掌に乗せる。これは私の銀の欠片であり、精霊世界の呪術師のスキルデータが内包されている。


「この中には呪術師になる為のスキルデータが入っており、君の歌声をより効率的に伝える術が使用できるようになる。惑わすなどという物ではなく君の想いや意味が鮮明に伝わるぐらいの効果だ。まあ呪いをかける事も出来るがな」


 恐る恐るそれを口に含むと用意して置いた飲み物を飲み干し、ごくりと喉を鳴らす。彼女の中に銀が根を張っていき脳髄へ届く。


 ビクンと跳ねるとテーブルへ顔を打ち付けそうになるも私が支えてあげる。


「――――な、にを、したの?」


「身体に馴染むまで少しかかるようだ。ベットに運ぶから少し休むと良い。地下の防音室から出て来て睡眠もとれていないようだからそのまま寝なさい」


「――わ、かった、へんなこと……しないで、ね?」


「ああ、分かっている。私は紳士だからな」


 彼女を寝室へ運び再びベットへと寝かせる。ひとりには大きく広い二階建ての邸宅だ、彼女の稼ぎで購入したのだろう。


 私が生活しやすいように改造させてもらう。インベントリからネット界隈で活動する為の超技術の結晶をポイポイと出してくる。


 撮影係や小間使い、防犯役として小型のオートマトンも出しておこう。


 大型デバイスをリビングに設置して空間投影のモニターを表示させた。


 彼女のネットアイドルとしてもモデリングを作成する、数種類ほど用意して選んでもらう方がいいだろう。


「家具ノ設置ヲオコナイマスッ!」


「おや、元気のいいAIが選択されたようだね、ここの家主を第二マスターとして登録しておいてくれ。家事関係をお願いするよ」


「ラジャー! ガンバルガンバル!」


 マニピュレーターをひょこひょこ動かして感情を表現しているオートマトン君。あとで名前でも付けてあげようかね。

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