イザナミ
闇よりも深き瘴気に包まれた領域。黄泉の鏡で現世を閲覧し呵々大笑している邪なる神がいた。その姿はとても醜悪で顔の半分が髑髏となっており、眼底からは仄暗い青き炎が輝いている。
「かかかかかかっ! スサオノめ、とうとう消滅しおったわ! やるのうやるのうあの祟り神だった小娘が――――かの大邪神とやらも興味が湧いてきた、誰か使いの者はおらんかえ?」
周囲で共に地上を覗いていた悪鬼の類の連中が首を横に勢いよく振っている。
「なんじゃあ? それでもタマ付いてるのかえ? さんざん遊んでやったのにのぅ~、ん? ――誰じゃ!?」
血と汚物を煮込み、なお汚泥で塗れた空間にビキビキと亀裂が入り、爪の鋭い悪魔の姿が現れた。
黄泉の連中はその圧倒的な邪悪の塊の存在感に一歩も動けない。イザナミだけが辛うじて喋ることだけが可能となっていた。
「ん? ここが黄泉とやらなのか? 汚いな――――≪領域展開≫。少しは片付けろ」
ゴゥッ! とイザナミの邪悪な神気が飲み込まれ全てが上書きされていく。眷属の支配権や、土地そのものが飲み込まれるように虚無に塗り変えられる。
そのイザナミよりも邪悪な暗闇に醜かった姿の悪鬼たちの肉体が全盛期の身体を取り戻していき力に満ち溢れて行く。
一際大きな力であるイザナミと悪魔は目が合うと、エネルギーの塊を無造作に放り投げる。
「ほら。その姿じゃあれだからお色直し位しておけ。日本の国民の数よりも多い魂と怨嗟の塊だ」
「おん? お、おおおおおおっ、こりゃ、妾の姿が…………」
イザナミの肌の色が褐色に染まり、目の色が紅色へと変化していく。健康的な肌色は活発なイメージを彷彿とさせ、今までとは真逆の印象を感じさせる。
過去のイザナミよりも豊満となった胸がバルンバルンと揺れ、その先端の桃色が晒されながらも強烈な母性を主張している。
悪魔と目が合うとなぜか乙女の様に恥ずかしがり、暗黒色に染まった羽衣を顕現させると纏い始める。
「え、えふんっ! ――妾の領域に何の用じゃ、悪魔よ? 領域は塗り替えられてしもうたが妾は一筋縄ではいかぬぞ?」
「日本の魔の一大勢力にちょっと挨拶にな、今はこの姿だが――――縁繋神社の邪神とでもいえばわかるか?」
角を生や竜の様な頭部が人間の姿へと変わっていくと、黄泉の鏡で見た事のある邪神の姿だと住人たちが気づく。
その姿からはまったく邪気も瘴気も放っておらず人間と見分けがつかない。
パチンッ。その指を弾く動作でイザナミと邪神が会談を行う為の場が整えられる。
「先に自己紹介をしておこう、人間の名では源心太だが本性の名はダンタリオン――【契約の悪魔ダンタリオン】だ」
そういうなり紅茶を手早く入れ始める悪魔ダンタリオン。
周囲には心を穏やかにさせる紅茶の良い香りが漂い始める。
その、穏やかな空気を初めて味わう悪鬼達は戸惑う事しかできない。
「おぬしら、かの邪神が茶を淹れておるのじゃ、席に着き落ち着いて待っておれ――ほんに面白い御仁じゃの。ま、大人しく茶を頂くかのう、西洋の紅茶というものにも興味があってのう」
「お茶請けも用意してある。ちょうど人気のマカロンを仕入れたところだ、口に合わないならクッキーも用意してあるから言ってくれ」
そう言うならと行儀よく悪鬼達がイザナミのいう事を大人しく聞き着席していく。魔の勢力同士の会談が今ここに始まった。
◇
長年神をやっていたのか分かるくらい包容力とカリスマ性に溢れているな。場を整えるついでに全盛期までの姿を強制的に取り戻させたが色気が本当に凄い。
力関係では負けるつもりは無いが身から溢れでる自然なオーラと言うか格が違うな。
「なんじゃ? 妾の胸が気になってしょうがないようじゃの? こうして全盛期の力を取り戻した姿も中々捨てたもんじゃなかろう?」
「ああ、さすがは神産みの大神と言ったところだな。身に纏う格がスサノオなんぞと比べ物にならない。周囲の悪鬼や見えずにこちらを警戒している……雷神達か。すまない、表の連中と比べたら失礼だな」
「ほう、わかるか。出て来るがいい、警戒するだけ無駄じゃ。日ノ本の島国にいる神なんぞより悪魔ダンタリオンの方が断然格上じゃ。――恐らく数度惑星を滅ぼしておろう? 二つ、いや三つか?」
「良く分かったな? 現在進行形で五百億以上の魂が集まって来ているな。惑星は三つで正解だ。――私と同盟を組むのならば怨嗟と魂を融通しないこともないぞ?」
「――同盟、じゃと? 支配か傘下の間違いじゃないかのぉ?」
その瞬間周囲から戦意が噴き出してくる。イザナミ、愛されているな。
「違う違う、私にこの星でお山の大将を気取るつもりは無いのは分かっているだろう? あまり周囲の者をからかってやるな、イザナミ、お前は配下に愛されているぞ?」
「かかかっ、こやつらははねっ返りじゃが愛が重うてのぉ、まあそれが心地いんじゃがな。――つまり好きなだけ暴れて、良いという事かの?」
「そうだ、たっぷりと何十億もの悲鳴と増悪をプレゼントするから表のやつらを好きなだけ弄んでくれればいい。私の知り合いと周囲の街に手を出さなければどうなろうと感知しない」
先程からずっと私の魂を探られている気配があるな、まあ敵意は無いし好きにさせておこう。
「! おんし……いいのか? 魂を探られる感触は心地いものではないぞ?」
「構わない。生まれも育ちのこの国でな。私と同じ本性に属する神に畏敬の念は少しくらいはあるさ――こう見えて醜い心の持ち主でね。最近傷心旅行がてらこの地球に帰って来ていたのさ」
「ほう、それは表の奴らも災難じゃのう。たまたまの帰省で消滅させられたスサノオなんぞ爆笑ものじゃった。――――それで持っておるのだろう?」
私は胸元に手を当てて神格を取り出し、彼女に放り投げる。
「くかかかかかかっ! そんなに簡単に寄越してもよかったのかえ?」
「なに、取るに足らないレベルの神だ。お土産にしようかと思って取って置いたのだよ」
イザナミはその神格に力を注ぐと黒い髑髏に肉片が所々に着いている醜いスサノオを再生した。
「ご、ごごはぁ……!? イザナミ゛ィィィイ゛!!」
現状に気付くとイザナミへ襲い掛かろうとするも身体が動いていない。
「愉快愉快ッ! 悪鬼達よ雷神達うよ、このおもちゃをいたぶって遊んでくるがよい、積年の恨みをたっぷりとぶつけよ」
「や゛めろお゛ぉぉぉお゛!」
首根っこを掴まれて引きずられていくスサノオ。憐れだな。
「ほんに良い気分じゃっ! 同盟の件了承したぞ、面白い事になりそうじゃのう」
怨嗟の塊をテーブルにごっそりと出していく。一つ一つが神の神格を凌駕するエネルギーを内包している。
「!! こ、こんなにいいのか!? これだけあれば現世を黄泉に塗り替える事すら容易じゃぞ?」
「そんなに簡単に世をひっくり返しても“楽しくない”だろう? イザナミはそんなつまらない事はしない。それじゃ絶望と怨嗟は溜まらない、やはり観客の声援が多いいほど盛り上げるだろう?」
「…………おんしが大邪神だという事を改めて理解したのう、幼き頃はあんなに純粋なおのこだったのにのう。呪神や祟り神程度じゃ悪魔ダンタリオンの悪行の前じゃ塵も同然じゃ」
「だてに殺して来ていないさ。そういえば同名の悪魔が西洋にいるらしく挨拶に行ったけれど、自ら名義変更を進んで行ってくれたよ。――たしかダーリオンに改名していたな。えらく気のいい奴だったんで悪魔勢力とも同盟を締結している。恐く天使勢は阿鼻叫喚だろう」
紅茶で口を湿らせて会話を続ける。
「ちなみに日本の七地方区分にここに繋がるゲートの設置を予定している、不都合はないか?」
「わざわざ警戒されておる黄泉比良坂を通らなくていいのは助かるのお。後で設置場所へ案内させるかの。――――それと、妾は神産みの神、と呼ばれておる」
雰囲気が変わったな、これは捕食者の目をしている。
「どうじゃ? 妾との子を孕ませてみる気はないかの?」
「もちろん、こんな美人の誘いを断るはずがないだろう?」
イザナミは私の手を引いて自らの住居へ誘っていく。彼女の名の通りそういう気性なのかもしれないな。
まあ新しい神がいくつ生まれるか分からないが縁と紬との子に兄弟が増える事は良い事だろう。




