お祭り騒ぎ
縁繋神社にキャリーバックを引いた涼子がやって来た。仕事も休職させたまま煮え切らない両親にとうとうキレたようだ。
結婚や戸籍の件も曖昧になっており、職場にも辞表を叩き付け私と一緒に暮らしに来た、と。目立ち始めているお腹を擦りながらこたつに入っている。
「はぁ~、これでようやく解放された気分。――それでそのキツネ娘とネコ娘はなに?」
圧が凄い。
ここに住んでいる者たちは消滅し掛かっていた妖怪や、祟り神の類だと説明する。そして縁が小さい頃にここにやって来た私達に縁結びの加護を施していたことも。
「どおりでこの歳まで男と縁がないと思ったわ……結果こうしてあなたと一緒に慣れたのなら文句はないわ」
「そうだな。かなり強力な呪いに似ている加護だからな、移動で疲れているだろうからゆっくり休んでくれ。ここには元々涼子も利用していただろうし間取りは変わっていないから使いやすいだろう」
「分かった――――」
――耳をつんざく雷鳴が周囲に響く。
「――この雷は……スサノオッ!」
縁が席を立ち窓の外の雷光を睨みつける。
私が対処しなければならないだろうと腰を上げるも肩をそっと抑えられた。
「心太君が出る必要はないわ~、雷野郎は私がぶっ殺してくるからっ!」
キツネ耳をピコピコさせながらも殺気が噴出している、涼子が心配そうにこちらを見ているが。
「大丈夫だ、縁が撃退して来るさ。この神社では良くあることでね、今日本中の神と勢力争いをしている――らしいんだ」
「らしい、ね。両親が引き留めた理由が分かったわ。あんたじゃなければ私も安心できなかったでしょうね」
「――縁。お願いしてもいいかね?」
「まかせてっ! 私の力を見せておかないと心太君がしんぱいするからね! ――いってきまーす」
「ああ、行ってらっしゃい」
窓を開け宙に浮かび上がると次の瞬間には加速したスピードで発生した衝撃波だった。すかさず中和させたが部屋の家具がめちゃめちゃだ。
「……あとで尻でも百発叩いておくか。艶姫みたいにお淑やかにしろ、と」
「あら、知らない女の名前がまた出て来るのね、とんだ浮気者に惚れたもんだわ」
「甲斐性があると思ってくれ」
テーブルを置きなおすと新たに緑茶を入れないした。
縁が張り切っていたので周辺の被害も馬鹿にならないだろうね。
◇
挨拶代わりに一発。
――ボッ。
音速を超えた私の蹴りをスサノオの胴部にめり込ませた。九の字に曲がった身体が哀れにも山の中腹へと激突していく。
――無様っ無様っ無様っ! 日本でも五指に入る力を持つ存在であった神が私の力に抗えない。――なんて気持ちがいいッ! おっと、心太君にキツネの皮を被っていることがばれないようにしないと、コンッ!
木々が薙ぎ倒され、何度も破壊音を立てながらようやくナルカミの身体は停止する。
「あらあらあらあら、あんな活きのいい挨拶をウチにしておきながら大したことないのね――イザナギから生まれた神とはこのような雑魚だったのね」
瞬間、爆発。土砂に巻き込まれたスサノオの身体が現れ、その顔は憤怒の色で染められている。
気持ちを切り替えるためにスサノオが四股を踏み鳴らすと、後ろにある山脈が鳴動する。三貴神としてのプライドと覇気が大気を揺らした。
「かあぁぁぁぁっ!! ――――ふしゅぅ……地方の呪い結びの祟り神風情が力を持ち、驕り高ぶりおってぇ……」
「あら、縁結びと言ってくれないかしら? ちょっと強めに愛し合う二人を繋ぐ、とても素晴らしい事よ」
「心変わりを許さぬ怨念めいた呪いの何が加護だ! 陰湿な女の情念の塊――」
スサノオの頭髪を鷲掴みにして、殴る殴る殴る殴る。鼻血が噴き出し歯が折れても辞めようとしない。苦し紛れにスサノオが自分ごと雷を放出させてようやく距離を取る。
「――――ぜぇぜぇぜぇっ、気狂い――めっ!」
バリバリバリ、と拳に纏わせた右パンチが縁に高速で迫る。だがそのパンチは半身で躱され狐火を纏った掌でスサノオの右手首の掴まれる。
燃え上がる炎はスサノオの右手を炭化させていく。
「ぎゃああああああッ! はな、離せええええ!」
もう片方の拳を振り回し縁に攻撃を繰り出すも空しくはたき落とされ、右手は間もなく消失した。
その時、縁の繰り出したアッパーがスサノオの顎を捉えていた。
「――カフッ」
「無様無様っこうして嬲られるのが趣味なのね? カカカッ! ほらっほらっほらっ!」
右、左――交互に頬や胴へ叩き込まれる小さな拳はスサノオの存在をガリガリと削っていく。空中でくるりと前転した縁の踵落としが頭頂部に決まると地面に半裸の大男が突き刺さった。
地面にできたクレーター内にいるスサノオはダメージが大きくて動けない。
「そんなに女情念が好きならたっぷりと食らわせてあげる」
掌をスサノオに向けると周囲の空間を歪めるほどの瘴気の炎が複数形成されていく。
その塊からは女の苦痛、嬌声、罵声、歓喜、悲哀、様々な声が聞こえて来る。
祟り神の権能/授受怨嗟
「――や、やめろおおおおおおおおおおッ!!」
放たれる複数の怨嗟の塊、地面にめり込むスサノオに命中した瞬間、解き放たれた呪いが地を汚染し毒沼が形成される。
もちろんそれを見に受けたスサノオは肉が蝕まれていき、骨格のみとなる。黒く染められた骸骨はカタカタと苦しむように震えたのち停止した。
その骸骨の胸の中心には神の存在たる核、神格が塵の様に霧散し消滅していった。
「他愛もないわね。日本の最上位の存在がこうも弱いとはね」
眉間に皺の寄った表情をいつものあざとい笑顔に切り替えると神社の本殿へ戻っていく。
霧散した神格は土地の栄養源となり瘴気がさらにましていく。
◇
縁が居間で緑茶と和菓子を嗜んでいる私を見て冷や汗を搔いている、部屋の荒れ様に気づき怒られると分かっているからだろう。
「…………た、ただいまもどりましたぁ~。やっぱり大したことなかったですー、スサノオとか言うカスでしたけど」
「――縁」
「コンッ!」
彼女の尻尾がボフンと逆立ち広がっていく。そう緊張するんじゃない。
「良くやった、負けることは無いとは思っていたが心配はしていたぞ?」
尻尾がブンブン振り回され風圧で家具が倒れ掛かっている。でしょ? でしょ? と縁が目で訴えかけるが私には通用しないぞ?
「――だが、片付けをした後に尻叩きな?」
「キャフンッ!」
でかい尻尾を引きずりながら家具を片付け始めている。
「随分と愉快な愛人ね。他の子もそうなのかしら?」
「否定しきれないのが頭が痛いな。割と邪悪な奴らだがそこさえ目を瞑れば気の良い奴が多い」
「邪悪ってそれが一番のネックじゃない」
「私が一番の邪悪だから涼子なら大丈夫だ」
土地の瘴気が一段と増したことによりここに住む魑魅魍魎が活気づいている、境内ではまるで祭りのような騒がしさになっている。
数百人分の材料が入れられた巨大鍋で豚汁が煮られている。
犬耳の少年がボートのオールのような大きさの木の棒で掻き回している。
涼子は本邸ですでに休んでおり私の隣には猫神が付いており、腕に抱き付かれ腰は尻尾に絡めとられている。
「ご主人様~。日本侵略を頑張っているご褒美が欲しいにゃあ~にゃんて」
「――そうか、確かに相当な勢いで領域が広がって行っているな」
「そうにゃんっ! ……名付した艶姫もがんばっているにゃあ」
「紬。――ツムギと言う名はどうだろうか? 多種多様な縁を引き出す猫神には相応しい名だと思うのだが……」
「ツムギ、ツムギ――――ありがとうご主人様。末永くあたしを愛して下さい。変わらぬ忠誠と愛を誓います」
「わかった。これからもよろしく頼む、日本の神仏への信仰も死者やケガを負わないように慎重に進めてくれ。歯向かう連中など消し去って構わない」
「――御意。…………ところで、この後可愛がってもらえますかにゃあん?」
胸元を指でつついて上目遣いで見つめて来る金髪猫耳美女。
美人は三日で飽きると言われているが間違いだろうな。
「あの、豚汁がうまそうだから腹ごしらえをしてからな? こういう大人数で騒がしいのもいいものだな。――そうだ縁繋神社はお祭りをしないのか?」
「そういうのは縁から聞いてないにゃん。ちょっと配下に検討させてみますにゃん」
犬耳少年が配る豚汁のお椀を受け取ると暖かいままゆっくりと味わってみる、大量の野菜や豚肉からの出汁が良く合わさって良い味を出している。
ほふぅ、と暖かい呼気が寒空に広がっていく。
左手にある暖かい紬の体温が心を穏やかにさせる。
「紬」
「にゃあん?」
「これからもよろしくな」
「にゃんっ!」
満面の笑みを浮かべると可愛い八重歯が覗き込む。空いている手で頭を撫でてあげると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。




