縁結び
有給休暇を取り実家のある生まれ育った地元に帰郷している、紅葉が見頃の時期であり肌寒く感じる。
閑散とした無人駅の改札口を潜ると懐かしさが込み上げてくる。
駅前にあった狭いタバコ屋のシャッターは閉じられ、錆び付いた看板が味をだしている。良く分からないラインナップの自販機や、床屋の窓には昭和のアイドルの広告が張られ、青と白、赤い三色模様のサインポールが電源を抜かれ停止している。
コツコツコツ、この風景に馴染まないビジネスシューズのヒール音が周囲に響いている、営業職は高級な靴を買えという上司のありがたいお言葉で購入したアイテムだ。履き心地は本当に悪くなかったので愛用している。
すれ違う人々の中には過去に見た事ある顔ぶればかりで、相手は気づいていないかもしれないが親戚かもしれない。
こういう狭いコミュニティではどこで家系が繋がっていてもおかしくない。
奥へ進んで行くたびに民家がドンドン少なくなっていき、神主が亡くなって管理できずに廃墟とかした神社が目に入る。
ふと、気が向いて神社に行ってみようかと思い付き、清掃されずに自然と同化しつつある階段を歩み始める。空気が都会とは違い澄んでおり清められる感じがした。
幼い頃に良く幼馴染と遊びに来ていたが、あの子の名が思い出せない。
小さい頃に引っ越してしまい号泣したことは覚えているが……。
苔むした神社の看板を読むと、縁結びのご利益がある場所のようだ。
こんなド田舎までに縁結びを祈願しに来る観光客は中々いないだろうに、と呟く。
階段を登りきり鳥居を潜るとボロボロの本殿が見えて来る。人が住んでいないとこれほどまでに朽ち果てるとはな、破壊された賽銭箱を見て悲しい気持ちになる。
もうここを訪れる人間などいないだろうと思い、一応周囲を確認する。
この神社一帯を対象に≪清掃≫を発動させる。
薄汚れた境内が輝きを取り戻し崩れたままだが苔や腐食した部分が消滅していく。
「うむ。綺麗になったな――――あとはこれだな≪回帰≫」
命あるものは戻らないが物質などの状態をあるべき姿へと回帰させる神の権能。
境内が光に包まれると新築同然の本殿が姿を現した。
私が遊びに来ていた頃よりも綺麗になってしまったが、祭られている神が可愛そうだからな。信仰を無くしてしまった神は存在することが出来ない。
「――そうだな……これも何かの縁だ」
悪魔としての本質を境内に限定して顕現する、空間がギシリと悲鳴を上げるが即座にうつろなるものへ存在を分け与える。
私からすれば微々在るものだが存在が消えかけている者には現界するほどの力を得られるであろう。
ドスン。誰かが境内で尻もちをついている、その姿はアニメチックな巫女服にキツネ耳の金髪少女だ。
「いったたたたたたっ! なんなんですか!? 誰ですか、この禍々しい神気は! ――はっ? 何この姿!? 私、神なのにお使いのキツネの耳が生えてるの!?」
落ち着くまでタバコを吸っていよう。携帯灰皿をカチリと開き煙を吸い込み始める。
「あ゛!! あなたですね! この禍々しい神気で私を現界させたのは! こんなんじゃ山の神達におびえられてしまうじゃないですか! そ・れ・と、ここは禁煙ですよぅ!」
「廃墟になっていたところを私が修復したのだ、それはもう私がここの管理者と言っても過言ではない」
「私の住処を綺麗にしてくれたのは嬉しいですよ? でもでもあなたの私へのイメージが偏り過ぎてキツネ巫女になってますよ!?」
「ん? ああ、そうか稲荷は神の使いであったな。まあキツネの親分っぽくてお使いの稲荷も喜ぶんじゃないのか?」
「……もういいですよう。えーと、源家の心太君だよね? すっごーい懐かしいんだけど変わり過ぎてない? 邪悪といっても過言ではないオーラがでているんだけど?」
どうやら彼女は私が良く遊びに来ていたことを覚えているらしい。なんだか恥ずかしいな。
「覚えていたのか? 幼馴染と良く遊びに来た記憶は微かに残っているんだがな。まあ、お茶と和菓子でもだすぞ、暇だったんだ付き合ってくれ」
その場に保温の結界代わりに炎を出現させ気温を温める、座り心地の良い畳とこたつを境内に出現させ、靴を脱いで中に入る。
「どうした? 外でこたつに入るなど贅沢の極みだろう? 一度やってみたかったんだ」
「――あの可愛かった心太君がトンデモ人間になっちゃいました……縁結びの加護を与えていたのに逆に眷属にされちゃいましたぁ……」
「とりあえず寛ぐと良い。その加護とやらの詳細を教えて貰おうか?」
彼女はもぞもぞとこたつの中に入り込み丸まって寝始めてしまう。キツネではなく猫科だったのか?
なるほどなるほど。
「まさか、あのキツメの美人同僚である司 涼子が、ここの神主の家系だったとはね。ここで呪いにも似た加護を受けていたわけか」
「涼子ちゃんが可愛くてですね、とびっきりの加護を与えていました。おそらく心太君じゃないと縁が寄り付かなくなるくらい強力なものを付けておきましたから!! ちっちゃいながらも一生懸命お祈りされてしまっては頑張らないといけないと思い……えへっ」
「もう三十過ぎて居ながら処女だと……もうそれはとびっきりの呪いじゃないか。彼女は気づいていないが……週末に話を聞いてみるか」
こたつに置いた和菓子を暖かい緑茶で楽しみながら世間話をする。えらく下界に詳しいなこの神、本当に消えかけていたのか?
「この地に縛られなくなったので神友の所にも遊びにいけそうですよ~。纏う神気は邪悪ですけど元々神なんてエゴの塊ですからねぇ。荒神なんて奉っている人間もいるくらいですから多分大丈夫です」
「この世界にも神は居たんだな。当時の私は気にもしなかったが探せば呪に纏わる者や幽霊なんてのもいるだろうな」
魔眼の機能を意識して切り替えると周囲には神気に惹かれてやってきているブランクが漂っている。感情マップが欠落しているのか意識が希薄だな。
「天国や地獄なんかもあるのか?」
「え~冗談がうまいですね! そんなの世界に漂う魂を浄化せずに溜め込んでおく神の倉庫みたいなものですよぉ? こういう神社のお祓いや儀式は彷徨う魂を世界に分散させることで、地に満ちて行きまた生を受け産まれてくる。そうやって循環する事で健全な環境が保たれるんです」
「えらく神らしい事を言い始めたな――――これはどうだ?」
私の中にあるブランクを彼女に見せた。
「ああ~そうそうそれです。魂の原型ですです。それに色が付くと記憶や感情が生まれるんです、動植物にもあるんですよ、快、不快程度の表現しかできませんが」
魂のベースはどこの世界も似通っているな。世界が生まれる為の設計図という物があるのかもしれないな。
「そういえばなんていう名の神なんだお前は?」
「ん~、本質が変わっちゃいましたから元の名前を名乗るのはちょっと……邪悪寄りになったというか……。――縁繋ノ神と名乗りましょう」
「長い。芸名みたいなものか? 縁キツネでいいか」
「!! それはカップ麺にありそうでないネーミングですね。もうっ! せっかく真面目な雰囲気を出したのに台無しです!」
本当に神だったのか話題に事欠かない、数百年前の人間の生活模様や、神様事情、消えかけていた時も微かに意識は残っていたようだ。
「相談なんですけど……私の神友にも神気を分けてもいいですか? 現代に移り変わり信仰が途絶えている友達が多いんです……」
「そうか。――――これを使え」
数多の怨嗟とブランクを凝縮した結晶を作り出すと彼女に投げ渡す。
「あわわわわわっ! こんな邪悪そうな物、簡単に投げ渡さないで下さいよ! ――ッ!! 中には何億もの人間が……死に絶え、嘆きの声が聞こえて来る……。これは――――」
「私が滅ぼした。それから神気とやらを抽出すれば縁キツネの眷属として使役できるだろう。契約と言う名の紐づけを行っている」
「神様戦争でも起きそうですねぇ。心太君が立派な大邪神さんになっちゃたよう……でもこれで友達を助けれそうです!」
そうやり取りしている内に夕暮れになってしまい、本殿の中にソファーやベットなどを据え置き夜食を作ることになった。




