原風景
酷く眠い。スマホの着信音がうるさい。ここは――――
記憶の奥底に残る原風景、狭い室内、敷いたままの布団、鳴り響くスマホ。
なぜ私はここに居る? そうだ、私の名は――――のはずだ。
テーブルに置いてある財布の中身を確認する、免許証があったはずだ。
そこに記されている「――――」と言う名前。駄目だ認識自体できないようだ。
私から虚無が広がり火星圏諸共滅ぼしていたはずだ、そして意識を失い――――繋がりを急いで確認する。確かに繋がりはしているがひどく薄い。
未だに広がり続けている感覚がある、夢現では無いようだ。
意識だけが飛ばされたのか過去の私とリンクしたのかは分からない。力の出力もひどく低い、宇宙そのものに増殖している私の処理に手間取っているのかアラメスとも会話ができない……ひどく迷惑をかけているな私は。
膂力は……恐らく変わりない。ビルや、山脈すら破壊可能だ。
色々と試してみるが出力が全体的に低下しているだけだな。
先程から成り続けているスマホの通話に出てみる。
「おいッ! ――――! なにやってんだ、遅刻してんだぞ! 早く来い!!」
用件だけを告げると通話が着られてしまう。
「そういえば仕事の時間だな、懐かしい……気分転換に行ってみるのもありか」
着慣れているハズのスーツはサイズが合わなくなっており、素材を取り込んで補正する。背も高くなっており筋肉も増加しているしな。
馴染んでいるハズの電車も新鮮で、通勤ラッシュは過ぎているが大学生などの若い子が多い。
吊革に掴み揺られているが女子大生が近くに多すぎる。
ふと悪意を感じ取り視線を向けると脂ぎった中年が女子大生の尻を触ろうとしている。
それを注意深く監視し触れた瞬間に首を掴み上げ壁に叩きつける。
「痴漢したな?」
「はぁ!? 貴様、誰に向かって暴力を働いてやが――グフ」
「痴漢したな、と聞いている。クズは『はい』と返事をするだけでいい」
さらに壁に首を押さえつけドンドン締めていく。
「や、やめろ! 警察を呼んで――」
ゴズン。壁に後頭部を叩き付け気を失わせる。
「そこの女子大生。こいつに触れられたか?」
「え、え、え! 確かに触れられました。――とぼけられるかもしれませんが……」
「そうか、私も確認しているから確かだ。こいつの身分証だけ取って置くか」
気絶した中年の財布を回収し、ベルトを抜き後ろ手に縛り付ける。
「こういう奴は捕まらないと何度で繰り返す。女子大生の時間があるのならば警察にこいつを突き出したいが……都合は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。早めに出て来てまだ間に合いますから」
彼女の都合も考え、大学の最寄りの駅で降りる事とした。
駅交番へ痴漢を突き出すも、冤罪だの暴力を振るわれただのうるさいので認めなければ貴様の職場や家族に連絡を入れなければいけないなと軽く脅しておいた。
警察もいい顔をしなかったが、遅れる連絡を親切に私がするだけだといいはり注意されるも無視を貫いた。
さすがに面倒くさいので≪人心掌握≫を使い自供させた。
調書には個人情報や動機に至るまで事細かに書き始める中年に警察官も驚いていたな。
きっと心変わりして改心したんでしょうと誤魔化すも、やはり現場検証を行わなければいけなくなった。
こういう所は本当に怠い。なるべく手早く済ませてもらおう。
女子大生もギリギリ講義に間に合う時間には解放され急いで向かって行った。
もちろん私は遅刻をブッチぎっており、重役出勤のようなものだ。
私の勤めている会社は建材の販売などを請け負っており、営業職として働いていた。
すでに社員の殆んどが営業に向かっており、残された私に出勤カードに打刻する。こういう所が妙に古臭いんだよな、この会社。
「おい、良い身分だな――――。貴様のような大した役に立たない奴でも給料を払わないといけないなんて最悪だな」
「――ガタガタうるせえぞクズが。次臭い口開いてみろ……殺すぞ?」
ネクタイを掴みあげると口うるさい誰かの身体が地面から離れる、顔を近づけて脅しているので震えているようだ。
手を離すと尻から地面に落ち未だに震えている。
「貴様の名前は……なんだったかな。まぁいい態度を弁えろ、丁寧語を使え、友達じゃねえんだぞ? ――わかりましたか? えっと、誰かさん?」
「は、はい。わかりまし、た……」
心臓を縛り上げるような威圧を掛けると素直に返事をする。こいつは確かいつも嫌味しか言わなかった奴だからな。
うろ覚えの私のデスクを探し出すと、営業を行うルートの確認や資材の取引の金額、様々な資料を覚えて行く。懐かしさすら感じる資料をひたすら確認していく。
身長も伸び、ガタイが良くなっている私に驚く社員も多いが先程の件で話しかけずらいだろうな。
「――外回り。行きます」
予定されていた営業ルートに出るために会社を後にする。そういえば比較的話をしていた行き遅れのキツイ顔をした美人同僚がいなかったな、もう営業に出ているかもしれないな。
次々に予定の建築関係の営業先を回っていく、顔見知り程度の関係者からはやけにでかくなったなと声を掛けられていた。
成長期ですのでと適当に誤魔化し、受注する建材の契約書などをまとめている。
基本的に社用車で回っており、窓を開けタバコを吹かす。後で≪清浄≫でもかけてしまえば新品のように綺麗になるからな。
そういえば良くこうしてぼんやりと日々を過ごしていたなと考える。
今更この職場に従事する必要もないのだがな、暫くは気持ちの整理をするためにこういう生活もいいかもしれないな、と。
営業先に今までにないほどの好印象を持たれ良く声を掛けられる、付き合いのある会社の事務の綺麗な女性や、おばさんまでやけに近づいて来る。ああ、悪魔の概念が悪さしているな。色欲が出て来ている。
事務の女性の番号を書いたメモを数度ほど握らされ、いきつけのゲームセンターに車を止めると暇を潰しに入店する。すでにノルマは達成しており過去最速の結果を出している。
やり慣れた音楽ゲームや格闘ゲームを鋭敏な反射神経で無双し、レコードを塗り替えていく。
格闘ゲームをプレイする際に対面に座る対戦相手が何度も台パンをしているが気にせずハメ殺していく。視認した瞬間に対策を打っているので気味が悪く感じられるだろう。
ネットワークでの対戦なら不正を疑われるかもしれないが相手は目の前におり不正などできるはずもない。
流行りの格闘ゲームの猛者を次々に敗北を突きつけていると人が集まって来ていた。いつもなら逆の立場で指をくわえて見ているだけだったのだが、こうなると気分がいいな。
必殺技を発動させるゲージを吐き出し、トドメを差す。驚異的な攻撃の間で放つ必殺技に歓声が沸き私のキャラクターが勝利する。
「おっさん普段良くこの格ゲー見てただろ? 修行して覚醒でもしたのか? いや、嫌味じゃないんだ、純粋に凄かったと思ってな」
「ああ、ちょっと旅に出て覚醒したんだ。最近未来が見えているんじゃないかと疑われているよ」
「まじか!? 競馬とか行ってみたらサイキョーじゃん?」
「――ありだな。今度行ってみよう。もし、大勝したら飲み物ぐらい奢らせてもらおう」
「え、まじで? そん時はよろしくな。また対戦してくれよ!」
「またな」
彼はここでも有名なプレイヤーだったはずだ。人に好かれそうな性格をしているな、機会があればまた戦おうじゃないか。
いい感じに時間が潰せたので社用車に乗り込み、会社へ帰って来る。
サインしてもらった契約書を提出すると、キツメの顔をした同僚がこちらを凝視している。
「どうした? 私の顔になにかついているのか?」
「――なにか変な薬でもキメたの? 心太君がイケオジに変貌しているんだけど……まじかぁ……」
なんだと。彼女は確かに私の名前を知っている。今、認識が急激に取り戻されていき。私は心太――源 心太と言う名を取り戻した。
「失礼な。変わりないだろう? それとも酒を奢って欲しいからかね?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……週末だったら飲みに付き合ってあげてもいいわよ?」
ふむ、それもいいかもしれないな。彼女とは気安い関係でもあり、アピールの可能性があったかもしれないと思い出していた意中の人物だ。
「では、のんびり酒でも飲みに行こうか。君なら楽しい時間を過ごせそうだ」
「――――本当にどうしたのよ? いつも断っていたくせに」
「そういう時もあったな。こんな綺麗な同僚の誘いを断るなんてどうかしてたのさ」
「まぁ、そう言われるのは嬉しいけど。わかったわ、週末楽しみにしてるわね?」
そういうと仕事に戻って行く彼女。キツイ印象だが仕事はできる女で、営業の成績もいい。信頼させる何かが彼女の言葉にはあるのだ。
週末を楽しみにしながらも彼女の特異性については謎のままだな。なぜ名を取り戻したのか……もしかしたら何かの縁を私と持っているのかもしれないな。




