癇癪と微睡み
傍聴席には特殊な隔壁で覆われており、中央にある証言席には高性能爆薬が仕掛けられていることは分かっている。
人質のつもりなのかハイネマンとセスティスが傍聴席の後方に座っている、気付かれないように周りにはいつでも動けるように手練れの陸戦隊員が潜んでいる。
現在いる場所は火星の地表にある軍事裁判所となっており地球降下作戦後、戦艦ケルビムに搭乗し寛いでいる私の元へと出頭命令が下された。
罪状も良く分からないまま連れてこられたのだがこいつらは自身の状況を理解していないのかね?
前面にある裁判官の席の後ろには位の高い奴らが見物でもしているのだろう。煌びやかなマントを羽織っている。
防弾ガラス越しに裁判官が軍事裁判の開廷を宣言する。
「これより被告人ダンタリオンの軍事裁判を行う」
立たされているのも癪なので豪華なチェアをインベントリから出して、床に設置すると足を組みながら座る。
「貴様! 神聖な裁判所で何をしている!!」
何を言われようとも無視を決め込む。タバコに火を付けるとゆっくりと吸い込み煙を楽しむ。
「――ッ! まあいい、罪状は抗命罪、反逆罪、上位貴族に対する侮辱罪、一方的な虐殺行為を行い人道に反した凶悪的な思想、行動を鑑みて第一級戦争犯罪者と認定された」
罪に問う拘束力があるとこいつらは分かっているのかね?
「――よって死刑とする。何か言い残すことはあるかね? もし反抗的行動をすれば……分かっているな?」
「…………キーラ・ハイネマン、セスティス、付いてくる気は……なさそうだな」
ハイネマンは接していた時間も少なく情も少ないのだろう。視線を逸らしう俯いている、私との子の反応すらない。――ああ、帝国は医療技術が発展していたな。
やりたい放題しているツケがここに来るか。
セスティスは悔しそうな顔をしているが、今回は全てにおいて逸りすぎたか……。
感情のままに行動し殺しすぎたか。
彼女達の反応も頷けるものがあるな、さすがに地球を破壊したのは邪神と呼ばれてもしかたないか。
「まだそんなことを言って――」
――パチリ。
指を鳴らして裁判官の集団の頭を全て吹き飛ばした。そして――
神の権能/威圧《我が前に立つことを許さず》
心臓を握られたような感覚と息をする事さえ困難な重圧が辺りを襲う。
「――君たちは何か勘違いをしているようだ。帝国なんぞに私を拘束するすべなど存在しない」
異常を感知し自動で足元の爆発が起こるも、私を包み込む炎が全てを防ぎきる。
――パチリ。
傍聴席の数十人の頭のみが炎に包まれる。
「――こうして気分次第で生死を操る人間を死刑宣告するとは権力に奢り高ぶったのかね?」
――パチリ。
周囲に配備されていた陸戦隊員の身体が凍り付いた。すぐさま砕け散り、赤い破片が舞い散る。
「君らの命令通りに地球を撃っただけなのだがね?」
――部分顕現。
宙に浮く凶悪な悪魔の腕が障壁を破壊して、見物人を磨り潰した。
「それで、死刑だと? 舐めるのも大概にしたまえ」
――PCC展開、連続射撃。
話を聞く人間がいないと困るので裁判所周辺のビル群や住宅街に無差別に打ち込んでいく。
フォトンビームが障壁を貫き火星の街並みが瞬時に消滅していく。
ハイネマンとセスティスは絶望に染まった顔をしている。
――銀を展開。火星を食らいつくせ。
「ハイネマン、セスティス。君達が私を止める最後の楔だったのだよ。愛し合った仲だったが残念だ。――本日をもって火星圏は全て消滅する」
銀津波が街を全て飲み込んでいく。
「さて、モニターで観覧している皇族? 王族か? 残念だったな、裁判の差し止めをすれば滅ぶこともなかったのにな。すでにこの街は終わった。私の銀が貴様の居城に迫っている頃だ。せいぜい残り少ない命を楽しめよ?」
銀の展開速度は存在強化を行っており魔導世界の比ではない。
「何か言いたいことはあるか? ――ハイネマン」
彼女には威圧を解き会話ができるようにする。
「――――ッ! ダンタリオンッ! よくも地球を! よくも帝国をッ! やはり貴様は私を惑わす悪魔、ダンタリオンだったのだ――――」
――パァン。
私の構えた拳銃が彼女の額を貫いた。悪いが死んでくれ、私の行動が君を追い詰めたな。すまない。
セスティスも威圧を解除しており、会話ができるはずだが……。
「――もう、殺してくれ。あたいの知り合いも友人も殺されちまってる。おめえとの生活も悪くないと思ってたが……疲れちまった。――なあ、何もあそこまでする必要なかったんじゃねえのか? もう、いねえが子が産まれてもあんたとは育てきれねえや」
「そうか」
今まで私のやりたい放題でも寛容な彼女達の心で許容されてきただけかもしれない。
あの願いの部屋に来た当初、私はこんなにも傲慢だったか? いや、本質が傲慢だったが力を持つことで肥大したのだろう。
自分の思い通りにならなければ滅ぼす。まさに悪魔と言う存在に相応しかったのだ。
陳腐な理由で悪魔を名乗ってはいたが、悪魔になる前から存在が醜かったのだな……。
「ハ、ハハハッ!! ハハハハハハハハ」
死霊術/安らかな眠り
セスティスを私の中で眠らせる。
私の醜くさを気付かせてくれた存在だ、大事に仕舞っておこう。
――顕現。
すでに崩壊し始めている裁判所の天井を破壊し。百メートルを超える悪魔の本体が現れる。
その姿はいつもと異なり、体中から黒い液体が周囲に広がり陰の中に引きずり込んでいく。
『自らの醜くさと向き合うだけでこうも本質が剥き出しになるとはな。――私は全てを認めない、私は全てを許容しない、私は全てを拒絶するッ!!』
私である汚泥が広がると全てがズブズブと沈んでいく。
存在が否定され虚無の中へと消えていく。
『これか……これが虚無の本質と言うべきものか。答えは私の中にあったのだな』
この火星の体積がドンドン減ってきており周囲が上昇したような錯覚に陥りそうになるが。虫食いのように惑星が飲み込まれて行っている。
惑星表面は銀が吸収し、広がる汚泥が消化していく。
『フハハハハッなんとッ! なんと醜いのだ!! 人間などと言う存在は原罪そのものものだと分かっていたはずだ! それに私が含まれているとなぜ気づいていなかった!? ――――クソがぁっ!!』
子供の癇癪の様に辺りに存在する建物を粉砕していく。
『呪いあれ、呪いあれ、呪いあれ。世界の全てを飲み込む呪いあれ。無限に広がり飲み込み吸収し我が存在と成れッ!! 虚無とは我なり、我とは虚無なり。広がれ広がれこの世の果てまで――――』
――虚無《「」》。
火星圏の宙域の広がる私が存在を飲み干していく。
決して止めることはできない。存在が肥大していくこの感触に少しだけ微睡ませてもらおう。
きっと、アラメスが怒りながら起こしてくれるはず。
私は自分の醜さを受け入れ切れない男だ、悲しい事にな。
こういう時は誰かに叱ってもらいたいのだな。




