王都終焉
目を覚ましたピコラは当初錯乱していたが私とマジョルが二人で抱きしめるとふにゃりと顔を崩してデレデレになってしまう。
「ふえっ大樹海無くなっちゃたんですか? ――全部じゃないんだ!? よかったぁ~」
「全部残ってなけばいいやという発想。さすがですピコラさん」
マジョルとピコラが漫才を始めているな。
「でも酷いんですよッ!? あの樹木ヤロゥ。わたしのいやな思いでで遊んでたんです……」
「ピコラ――――もう一回燃やす?」
「ええっ? 一回で十分です~、スッキリはしましたぁダンタリオン君ありがとう!」
ピコラも大分尺度が狂っているよな。一回でも辺境都市の大損害確定なのだが。
混乱に乗じて特産のハーブなどを買い込んでおこう、販売中止になってなきゃいいけど。
駄目でした。精霊樹木方面に貴重な霊草や霊芝などが繁殖しており値段が暴騰している。燃やさずに回収すれば良かったな。失敗した。
「も~ダンタリオン君が全部燃やしちゃうから買えなかったですよぅ~」
そうプンスコ怒らないでくれ。ほら、仕入れた高級チョコ上げるから。マジョルの分もね。
「じゃあ。ここに用もないし工房に帰ろうか? 転移術で一瞬だけど」
「そうですねぇ、そろそろ工房が恋しくなってきました!」
「同じく。もう飽きたわ」
一通り素材を探すもなかったので素早く転移術を使い私達の工房へ移動する。
どういうことだ……工房が、燃え尽きている……。
ピコラとマジョルは呆然としている。すぐさまこの街を探知し師匠、ルコレを探す……この街にはいないな。
「お前たち、ここで嘆いても師匠は見つからない。探し出すぞ」
「……うん」
食事の用意をお願いしたダイナマイト薬店のメルシアを尋ねに行く、彼女なら何か事情を知っているかもしれない。
周囲の目も気にせず三人で飛行を行い店頭で座り込んでいるメルシア店長を発見する。どうやらかなり憔悴しているようだ。
「――店長! メルシア店長さん! わたしの師匠はどこに行ったか分かりませんか!?」
「!! ピコラちゃん……あなたの師匠、ルコレさんは王都の兵士達に連れていかれたわ…………なんでも悪魔と関わっている嫌疑をかけられて……工房まで打ち壊されて焼かれたわ……必死に止めたんだけど……ごめんなさいぃ――」
そういうと泣き崩れてしまった。ルコレ師匠はこの街でも有名でみんなに愛されている人間だ。悪魔の嫌疑も信じられない思いだったのだろう。事実なのは何とも言えないが。
「ピコラ、今から王都が火の海になる可能性があるが――着いて来るのか?」
「――――わたしを拾ってくれた師匠と、この街の人以外は…………どうでもいいのですよぅ……師匠……ひっく」
わかった、すぐに王都へ転移する。――事は急を要するな。
王都の中心地である広場、普段は様々な催しが行われているが、今は…………。
「このものは悪魔と関わっている嫌疑が判明している!! この国を危機に陥らせ滅びの危険をもたらした! よって投石の刑! 民衆の手で討ち取るがいい!!」
師匠に向かって大量の石が投擲される瞬間であり、彼女の周りに障壁をすぐさま展開した。
嫌らしい顔、憎しみが籠った顔、楽しそうな顔、王都民の表情はとても醜悪だった。
「マジョル、好きなだけ殺していいぞ。――私の機嫌も最高に悪いからな。上空から攻撃しろ。巻き込みたくない」
そう言うとマジョルは上空へピコルを抱えて飛び立ち、私はルコレの隣に転移した。
奇跡の甘露を使い尋問されたであろう傷跡を綺麗に癒していく。ひどい事しやがる。
「無事、とは言わないな、遅れてしまった。償いはいくらでもしよう」
「――ダンタリオン君……遅いのよ……こんないい女待たせて……悪い男……」
「どうする? 眠っておくか? ――今からこの王国の終焉だ。決して私は止まらない」
「――――見守っておくわ。私の工房を燃やしたんだもの、思う所があるのよ。それに――将来の旦那様の雄姿を見ていなきゃねッ!」
「――はぁ、心配したんだぞ。生きた心地がしなかった。もう離れるな――わかったか?」
「うふ、私の“ミリキ”にやられたようね!! 大丈夫私の貞操はちゃんと守られているからね!? ――あなたが私の為に置いていったこの守護の腕輪でね」
私が制作して工房に置いてあった守護の腕輪が、両腕に二個づつ装備されている。弾丸の嵐の中でも歩けそうだな。
あの怪我は兵士が訪れ最初の質疑応答の際に受けたものだそうだ。その後はずっと障壁を展開していた、と。――よかった、念の為置いてあって。
「障壁ごと私を運ぶなんてご苦労様よね。触れれはしないけど持ち上げれるのはこの守護の腕輪の弱点ね。――何とかしなさい」
「わかった、改善しておこう」
突然現れた幼い私に戸惑い投石が止んでいる。縄で縛られているルコレを自由にしていると兵士が駆け寄って来る。
「貴様! そいつの刑を執行中だ!! こいつの親はどこだ、ガキを早く連れていけ!!」
片腕の爪を変化させて兵士の後頭部から額に向けて貫いた。ビクリと痙攣するとだらりと弛緩した。
死体を広場に放り投げると混乱が広がっていく。
死の権能/魔の波動
私の身体から噴き出す死の気配は王都中に広がり、闇に包まれていく。
「愚かな民衆よ、我が師に石を投げたな? その愚行、死を以って償うといい」
――顕現。
王都中央広場に、この世界で恐れられ、禁忌とされる悪魔の姿が降臨した。
身の丈は背後に見える王城の大きさを超え、ひとたび歩けば建物が踏みつぶされる。
絶望のオーラを振りまきながら、凶悪な竜の面からギラギラとした紅い瞳が民衆を睨みつける。
手の先には全てを切り裂く鋭い爪が伸びている。
『死よ、生よ、等しく無価値であり、無知蒙昧な塵どもよ、今ここで虚無へと還れ、それが我の至上の慈悲と知れ――虚無の回廊』
悪魔の巨体から紡ぎ出される呪言は、皮肉にもこの世界の法則に従い概念が強化、増幅された。
巨大な掌の間に圧縮された現象は周囲の大気、物質、魔素関係なく黒点へ“落下”していく。
――あ、ヤバい。
ルクレやマジョル、ピコラを強制的に上空へ転移させ、強固に結界を構築する。
『さらばだ王都の愚民どもよ――――来世など存在せぬがな』
顕現を解除して彼女達の元へ飛ぶ。
――これ、私達の街大丈夫かな……。結界張っておこう。
冷や汗を流しながら王都を見下ろしている事が三人にはバレておりジト目で見つめられている。
「――ちょっと、やばい、かな? 呪言を追加したら増幅されちゃって……わ、私達の街には結界はっているし……大丈夫、と、思いたい」
黒点の中心地に向かって全てが吸い上げられていく、ヒトもモノもなにもかも・
助けを求める家族がいる。子を抱き締める母親もいた。懸命に避難させている兵士もいる。まぁ全てが悪とは思わんよ……。
そう、彼ら彼女らにこの言葉を送ろう。
――ただ、運が悪かっただけなのだよ。
そっと、子を守る母の親子のブランクを感情マップごと回収する、まあ見える範囲でだがな。どこかの惑星か分からないがひとときの間、眠れ。
手に平に光る魂をそっとコアに吸収した、横目で見ていたマジョルはそれが何かを本能で理解したようだ。クスリと笑うんじゃない。
「――私のツバ付けた将来の旦那を怒らせると怖いわね……まもなく王都が消えるわ。そう――運が悪かったのね」
重力を伴った黒点は今もなお、巨大化を続け止まる気がしない……。
「…………ダンタリオン君、あれどうするの?」
悲壮な顔をしたピコラが声を掛けて来る。
「どうしよう?」
ヒクリと顔が引き攣っているかもしれない。アラメス……たしゅけて。
[――あなたという人は……概念で掴んでから宇宙空間に飛ばせばいいだけでしょう。運が良ければ消えますよ? 多分、あの規模を観測した事ないですし。呪言なんて使うから……]
――おお、そうだったか! ありがとう!
[――その姿可愛らしくて好きですけど、精神年齢幼くなっていますよ? 可愛いですけど]
――二度も言わんでいい。ではいくか。
手を握りしめる動作を行うと、ゆっくりと天へ向けて動かしていく。
黒点が持ち上げられたようにジワジワ上昇をする。
掌を開く瞬間に天を仰ぐと音もたてずに黒点が大気圏を超え、宇宙空間に放り出された。
消滅を祈るしかないか……重力がランダムに働いているせいか軌道が安定していないからな。
「ふう……なんとかなったか。この大陸どころか惑星が滅ぶ所だったな」
「ダンタリオン……バカな子だった」
「ダンタリオン君悪い子になっちゃったぁ……ピコラ悲しいなぁ~」
「ダンタリオン君、うっかりでこの世界滅ぼさないでね? いや、本当に、お願い、ホントに、お願い」
ちょっと疲れたな、家に帰ろうとするが工房燃えたんだっけは? ダイナミック薬店に泊めてくれないかな?




