さよなら鉱山都市
錬金作業を手伝っていると簡易錬金工房に来客がありアーカイブ兄妹が二人だけで訪れた。
昨日見掛けたパーティのメンバーは連れておらず身内の話を聞きに来たからであろう。
私が工房のドアを開けるとピコラとマジョルが隣り合って座す方向へ視線を向けると駆け出していく。
「――止まれ」
神の見えざる手を使いその場に釘付けにする。
「貴様らは順序をいうものを弁えない愚者か? 大人しく座ってろ」
用意して置いた椅子に兄妹を座らせると、この場に至るまでの経緯を説明させる。
長い間家に帰らず放置した家の状況を知らなかった、では、すまされない落ち度だな。守れる人間がいなかったのは分かるが様子見ぐらいしろよ……。
兄に着いて行った妹も妹だ、アネゴ気質の割には姉として妹を放置してるじゃないか。
久しぶりに帰ってみれば屋敷が崩壊しており、両親ともに死亡。唯一の生存者であるクリュレは事情を説明しない。――ただみんな死んだ、と。
クリュレは悪魔と契約しましたなんて言えばどうなるか分かっていたのだろう。名家の名が落ちても再起できる目を残しておくために口を噤むことを選んだ。
まぁ、あとは見つかって良かっただの、戻ってきて欲しいだの定番の家族ごっこの始まりだ。残念ながらマジョルの選択は……。
「私は帰りませんしもう“アーカイブ”の名を捨てました。あんな家の血が通っていると思うだけでも吐き気がしますので」
「マジョル……。兄として妹の側を離れないことを誓う!! どうかやり直さないか!?」
姉はもう無理だろうと諦めているな、今はそっとしておく時期なのだと悟っているのかもしれない。妹の心を知らぬは兄だけか。
「嫌です。私の家族はピコルとダンタリオン、そしておまけに師匠です。私が毎日怪我を負わされ罵倒されていた時に居なかった人間が今更都合がいいと思いませんか?」
「それは――」
「――両親と家に仕える者を殺したのは私です。それでも連れて帰ると?」
それを言うのか。私が殺したんだが命令したマジョルが殺したと認識するならそれもいいだろう。
さすがの二人も驚き、信じられないよううな顔をしている。
「見て見ぬ振りをした執事とメイド、蔑んだ目で見てきた警備兵、ゴミクズのように扱った両親。ぐっちゃぐちゃに頭を吹き飛ばしました。それでも妹と呼びますか?」
沈黙する。それが答えだろう、即座に言い切ればまだ目があった。最後まで守り通すと言い切れない人間に約束は守れない。
「言っておくが王都の人間にこの事を報告すれば私が殺して回るぞ? 土竜の件で実力の片鱗は見えているだろう? 貴様らなんぞ瞬きの内に殺せる」
自身の瞳から数ミリの場所に黒い針が接近していることに気付いたのだろう。ピクリとも動かない、顔からな流れ出す汗が地面に落ちる。
「――妹は。マジョルは家名を捨て私達の家族となった。見切られた家族は去れ――得てしてこういう事柄は時間が必要なのだ、ノルンは分かっている様だぞ? 女心の内は姉妹の姉に任せておけ、ギルクロイ」
針をゆっくりと引き戻すとギルクロイの肩をポンポンと叩く。
「今はマジョルの気持ちも荒れているだろう、なんせ長年の呪いみたいなものだ。もう少し長い目で見るといい。妹と会うなとも私は言わん、信頼とは積み重ねていくもの―――――もう少しどっしり構えろ、兄ならな」
動かずにいたギルクロイはハッとした顔をすると、表情を引き締めて頭を下げてきた。
ノルンは目元を覆っており、色々考えているな。
「名家惨殺自体行ったのは私だ。背中をズタズタに傷つけられていたマジョルを救出の際にちょっと殺した。まあ、貴様らから見れば肉親だが私からすると幼子を虐待するクズだ。死んで良かったとさえ思っている。復讐したいのならば待っているぞ?」
そういうなりこの世界に来た姿を顕現させる、押し潰されるようなプレッシャーがアーカイブ兄妹を襲っているだろう。
「マジョルと契約を交わした。――悪魔だからな。王国など私のさじ加減一つで生かされているだけなのだよ、この子達との生活が楽しくてな」
「あ、あ、ああ……」
「捜索願の取り下げと私の秘密――守れるな?」
「は、はい――グッ!」
苦しむギルクロイを見てこちらを睨みつけるノルン。
「なに、契約をしただけだ、守秘の義務のな。ただ破れば死ぬだけだ――ああ、これも悪魔との契約に該当するのか? 報告したら一家連座だな、フクククク」
「なんてことを……悪魔がッ!」
「ああ、悪魔だ。貴様は契約をしなくていいぞ? 報告もできる。ギルクロイを切って捨てれば、な。契約の履行でノルンを止めなければいけないからな、命を掛けて」
人間が全てを諦める瞬間はいつ見ても気持ちがいいな。
「まあ、元気に家を盛り立ててくれ。土竜の名誉も手に入れ妹の所在も判明、最高の結果だ。――ほら、今日は帰れ」
パンッと手を叩くと兄妹は席をゆらりと立ちドアに向かって行く。
ドアノブに手を掛けこちらに振り向くと決意したような眼差しでこちらを睨みつける。
「……――いつか、いつか取り戻しに来る。家族との関係を、な」
私から取り返すとは言わないのだな。インベントリから杖を取り出すと姉のノルンに投げつける。
「ほら、ギルクロイだけ鞘をプレゼントしたんだ。姉も持っていないと可哀想だろう? マジョルと同じ杖だ、大切に使え」
「――礼は言わねえぞ、悪魔」
「さっさと行けアバズレ。兄に懸想するから行き遅れるんだよ」
顔を真っ赤にするとそそくさと出て行ってしまう。
部屋にいる二人へ振り向くと彼女達は溜息を吐きグデングデンにテーブルに突っ伏してた。
「わたしひとことも喋ってないのに疲れたですぅ」
「めんどうくさかった。今は放置」
「“今”ね。面倒なことは後に回すといい。その時の自分が考える」
「それ、面倒の先送りですよ~?」
「大丈夫、将来の私が考えるので問題ない」
疲れた時にはティータイム。
そろそろこの街も出るとしよう。錬金アイテムも大分溜まってきているからな。
鉱山都市の外壁の門を潜ると街道へと出る、山を二つ程越え、泥炭湿地を過ぎれば辺境の入り口だ。
「泥炭湿地で収集する素材は覚えているか?」
「オヤコフロッグの鳴き袋とぬめぬめ茸です~、現地で錬金を行わないといけない貴重な素材ですぅ。湿度管理が大変なんですよ~」
ちゃんと覚えているようだな。リストに書かれている項目を確認していく。
「マジョル、汚泥防止のコーティング魔術使えるようになってるか?」
「とっくに。それと浮遊歩行を掛ければ快適に通過できる」
私は細かい事は気にせずに、ただ感覚で浮いているだけだからな。マジョルは私より魔術を扱えているんじゃないか?
抱えているピコルの指示で山の中へ時々降り採取を行う、素材への嗅覚がとても鋭い。泥炭湿地に到着するとシュババッとピコルが動き出す。
残像が見える動きにピコルの癖っ毛が台所にいる嫌われ者を想像させる。
マジョルが汚泥防止の魔術を掛けて採取の補助を行っている。もちろん回収した素材はインベントリに収納だ。
夕暮れまで続けていた採取もキリ良く終わらせ、ぬめぬめ茸の汁物を早速ピコルが調理している。味噌と醤油がここにきて大活躍だな。
ズズズ、ホゥ……。
三人の口からほんわりと湯気が吐き出される。泥炭湿地は湿度が高く夜間はとても冷える。なるべく野宿を避けていたが街道を外れているので近くに宿場は存在しない。
「良い味でてるな、ぬめぬめ茸余分に採取しないか?」
「むぅ~、そうですね、師匠にも食べさせてあげたいです~」
「――ずずずずずず」
マジョルも食いつきが凄まじい。鍋にある汁物が吸いつくされていく。
パチパチと火花が飛んでいる焚火に薪を追加すると食後のお菓子を用意する。
「待ってましたぁ!!」
「――ふんすふんす」
今日はドロリとしたホットチョコレートにクッキーを軽く浸して食べる。
本来はミルクなどを混ぜる飲み物だが、チーズフォンデュのように使用しても問題ないだろう。
そういえばピコラを抱える時の重さが増えている気がするのだが……。気のせいにしておこう。




