地の果てまで吹っ飛べ
簡易工房に併設している宿舎に戻ると彼女達はスヤスヤと一緒のベットで幸せそうに寝ていた。
ふむ、百合の間に挟まるのも一考だが……素材の解体でもするか、彼女達は相当期待していたみたいだし笑顔が見たい。
インベントリから土竜を少しずつ引きずり出し、数メートルごとに輪切りにしていく。
多種多様な金属が混ざり合い合金の様な性質を持っているな、解析していくと部位ごとに可動部が動きやすい性質だったり最硬度を持っている頭部の性質も面白かった。
モンスター類の動力結晶を心臓辺りで見つけると、杖のトップの装飾用に綺麗にカッティングして、最硬度の合金を杖にコーティングする。
紅い動力結晶を嵌め込んだ杖のトップに、合金の黒光りが怪しい雰囲気を醸し出す。――これを装備したら暗黒魔術士みたいだな。
うろこ状に生えている金属は部位ごとに分けて置く。肉はとても食えたものじゃなかったが一応保存しておこう、師匠が欲しがるかもしれないしな。
「ああ! しまったな。あのパーティのリーダーの剣が頭部に付いているじゃないか」
眼球を気密性の高い容器に移そうとしていると中ほどまで刺さってる剣にようやく気付いた。こっそり解析してみるが切れ味と耐久力の向上する刻印が施されているな。勉強になる。
ギルドに居るかもしれなので返しに行くか……。面倒臭いな。
探索者ギルドに行くと祭りのような賑わいが起きている、恐らく土竜の討伐の話が広まったのだろう。彼らパーティが中心に置かれている土竜を囲んで持て囃されている。
“撃退”であって、仕留めた事にはなっていないか。好都合だね。
≪隠密≫を使いリーダーの肩をつつくとビクゥと反応する、ゆるりと振り向くと私が居るのだが、こちらに気付いたパーティメンバーも硬直する。失礼だなあ。
「ほら、忘れ物――刺さったままだったからさ。持ってきたよ、良い剣みたいだったからさ」
背負っていた剣を降ろすと鞘に収まった状態で渡す。せっかくだし鱗を加工して拵えたものだ。
「それ、鞘は私特製の物だから好きに扱うといい。“アレ”を加工したものだから耐久性はお墨付きだよ? 防御に使えるし打撃にも向いてる」
「――ありがとう、もう戻ってこないと思っていたんだ。こんな立派な鞘まで……これは私の家宝でな、貴族としての名誉を取り戻すために使用していたんだ」
「ふーん、よかったじゃないか。土竜撃退の名誉は大きいものだ。――私は君達の武勇はとても素晴らしいものだと思っている。本当だよ?」
握っている剣の鞘にポトリと涙が零れた。
「リーダー……」
紅一点のノルンが潤んだ瞳でリーダーを見つめる。これ、フラグ立っているけど恋人関係なのかな?
「そういえばリーダー君の名前を聞いてなかったね? 教えて貰えるかい?」
目元を拭うとニカリと笑い、彼は自身の家名と名を告げる。
「改めて名乗らせてもらおう。私の名は――ギルクロイ・アーカイブ。妹以外の家族を失い、地に落ちた家名さ。長い間家を離れていたボンクラ、探索者に憧れるあまり何もかも失ってしまったのさ……マジョル……会いたいよ……」
ああ、だから指名手配ではなく捜索願いだったのか。家に帰らなかったボンクラではあるが意外と誠実そうな人間ではあるな……どうしたものか。
「――妹とは? 会っていないのか?」
「妹はここにいるノルン・アーカイブとマジョル・アーカイブだよ? マジョルが生きているとは思っていないが。死体の確認ができていなくてね。捜索願は最後の望みなんだ」
なんて不幸なんだマジョルは。彼らが兄妹が居れば……。
拳を握りしめると肘を後ろに引く。撃鉄セット。
「ギルクロイ。歯ぁ食いしばれ」
「! 何を!?」
「――いいから歯を食いしばれ。マジョルは長年虐待を両親に受けていた。貴様が居れば変わっていたはずだ。だから、一発殴らせろや糞愚兄ッ!!」
――死なない剛拳。
ボッ、と音を忘れ去りギルクロイの頬に拳が命中する。
ギルドのテーブルを数台巻き込み、木製の壁を破壊し、外に飛んでいった。
「――次ぃ。ノルンちゃんよお。覚悟できてんだろな」
「あ、ああ、マジョルの虐待が本当なら姉を名乗る資格なんてねぇよ、一発かまして――」
「――長い。飛んでけ」
――ボッ。
兄と同じく妹も壁の破片と共に飛んでいった。困惑している周囲だがあまりの拳の力に恐れているようだ。
「テーブルと壁の修理費込みで置いて行く。あのクソ兄妹が目を覚ましたら簡易工房に来いと伝えて置け」
残りの三人、アルベルト、ヒューリィ、ザックに伝える。
「あ、ああ、何か事情があったのはなんとなく分かる。気にしていた妹の事だ、駆け付けるだろう。――怪我の治療の件は本当に助かった。死ぬかと思ったぜ」
「そうか、拾った命を無駄にすんなよ? じゃあよろしく頼むな」
そう言うとギルド受付のねえちゃんに修理代を払って工房へ戻る。
マジョルの件、揉めそうだな。手配を取り下げさせるためにも顔は合わせた方がいいかもしれないからな。
簡易工房の扉を開くとマジョルが起きてきていた。私の感情の高まりを感知したのか?
「なにかあったの?」
私は何も言わず事の顛末をデータとして彼女へ渡した。しばらくすると顔の表情が険しくなっていく。
「――そう、だったんだ。兄も姉も家にずっといなかったから……」
彼女の柔らかい髪に手櫛を通す、引っ掛かりもなくスルリとした感触が気持ちがいい。
「私は……私はどうしたらいいの? 今更こんなことを知ってもッ!」
マジョルの慟哭は朝まで続いた。起きてきたピコルに慰めながら疲れ果て、眠りに付いた。
母親の様な優しい表情を浮かべマジョルを膝の上に乗せ撫でているピコル。
「マジョルちゃんもいっぱい悲しい事があったんですねぇ~。わたしもおかーさんがいなくなった時いっぱい泣いたんですよ。師匠に拾われて楽しい事ばかりで忘れていましたけど……」
そういえばピコルの両親については話を聞いたことが無いな。
「おかーさんだけでわたしが育てられてて。ある日、おかーさんの帰りを待っていても急に帰ってこなくなっちゃったんです、子供ながらに捨てられたんだって思って……わたしは悪い子だから良い子にして待っていよう、とずっとずっと家のイスに縋りついて座っていました。食べ物も無くなり、意識が朦朧として目が覚めたら師匠が目の前にいて……」
そうか……。
「あとから分かった事なんですけど。わたし……ほんとうに捨てられていたんですよ。生活もままならない状況に嫌気が差したおかーさんは別の街に男の人と一緒に……」
ぽたり、膝に居るマジョルの頬に涙が落ちる。
「だから家族がいなくなる気持ち、捨てられる恐怖感、マジョルちゃんの気持ちもなんとなく分かるんです。誰も味方がいないって辛いんです。――だかこれからもずっとわたしがマジョルちゃんの家族でいるんです。そばに居るよ? 何処にもいかないよ? って」
ピクリとマジョルが反応する、起きているな。まぁ、せっかくピコルが気持ちを吐露しているんだ、大人しく聞いておけ。
「だからマジョルちゃんがウチの工房に来た時、本当に嬉しかったんですよ~? 料理の手間が増えるたびに嬉しくなっちゃいます! 家族が増えたんだって実感がして。――だから、だから……ダンタリオン君もいなくなっちゃ嫌ですよぉ?」
目を伏せ、しばらく考えるとゆっくり頷く。
「――よかった。よかったぁ……」
さすがに頬に落ちて来る涙の量が増えてきたので、目をあけてピコルの目を見つめるマジョル。
ピコルの華奢な胴体にしがみ付き離そうとしない。
「――マジョル。お前の兄妹の顔面をあと二、三度崩壊させてもいいか?」
私のその言葉にゆっくりと笑顔で頷いた。




