3.わたくしは、絶対に、不幸にはならないですわっ!
足早に歩くジークフリードを不思議に思って問いかけると、ピタリとその歩を止め、青色の澄んだ瞳に真っすぐに見つめられた。
「ルルーシャ。彼女には関わらない方が良い」
「はっ?」
「いいね、約束してくれないと、今すぐその唇を……」
「ひゃあ!!わかりました、神に誓って関わり合いませんわ!」
口付けされかけて思いっきり飛び退いたルルーシャを、残念そうに見つめながら、そっと髪を一房手に取って恭しく唇を落とした。
「っ!!!?」
「大好きだよ、ルルーシャ」
何回も、何回も言われ続けている言葉のはずなのに、真剣なその表情にルルーシャの胸はドキリと音を立てた。
──ふ、不覚ですわっ!!!
必死に芽生えかけた思いを押し込めて、いつもの無表情を取り繕った。
「そうですか。では、授業が始まりますので」
クルリと向きを変えて教室へと歩を進めた。『婚約者』は信用しない。恋はしない。夢は持たない。そう決めて長年過ごしてきたのだ。今更それを変えることは出来ない。
──わたくしは、絶対に、不幸にはならないですわっ!!!
言い聞かせるように心を落ち着けるのであった。
◆◆◆
「ルルーシャ様ぁ……っ!!!どうしたらいいのですか、私もう辛くって……」
「ナディル様、落ち着いてくださいませ」
ここ最近公爵令嬢であるルルーシャの元に女生徒たちが泣きながら駆け込んでくることが多くなった。それは──
「私の何がいけないのでしょう。婚約を解消したいだなんて……あんなに良好な関係を築いていたのにっ!!」
ある一人の女生徒に心を奪われ、婚約者が一方的に婚約を解消したいと申し出てくるのが後を絶たないのだ。シルベイツ王国の貴族は幼少期には既に婚約を結び家同士の結びつきを作るのが一般的である。自由恋愛が許される庶民とは異なりそれが貴族の義務とも言える。
その常識を搔き乱している女生徒と言うのが…編入してきたモモである。恋愛の自由を謳い、貴族令嬢には無い自由奔放さで次々と恋愛免疫のない貴族令息たちを虜にしているのである。
「やっと真実の愛に気付かされたんだ…運命の人はモモだ……」
熱に浮かされた様に愛を主張する男子生徒は一人二人ではない。この異常事態に、高位貴族であるルルーシャは頭を痛めていた。
──よりによって…宰相閣下の御子息や騎士団長の御子息、この国を担う貴族の御子息たちに限って堕とされてるのよね……。
下手に口出ししたら内紛の火種になり兼ねないのだ。それにジークフリードにはモモに関わるなとくぎを刺されている。しかし、婚約解消を迫られている女生徒たちの被害は拡大していく一方だ。
ここは、代表として一言モモに苦言と呈さなければいけないのではと面倒な匂いしかしない義務を感じる。
「先ずは…殿下に相談しようかしら……」
そう言えば最近ジークフリードが執拗に傍に居ることが少なくなったなと思っていた。まあ、側近達がことごとくモモに陥落されていれば忙しいかと思っていたのだが……。
「ジーク様っ!!」
恐れ多くもジークフリードの愛称を呼びながら、その腕に自らの手を絡め、甘えた様に寄り添うモモの姿を見て、ルルーシャは固まってしまった。
──…………は?
絶対零度まで周りの気温が下がっているような気がした。満更でも無さそうにモモを見つめるジークフリードにルルーシャの中の何かがブチ切れた気がした。