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雨だれのような僕らは  作者: K・ケイ
7/52

7 瞬一&夏実

「…夏実?」

僕は恐る恐る、確認する。間違いないと思いつつ、理性はそんなはずはないと言っていた。夏実が今日この日に電話をかけてくるはずがなかった。

「うん」

「どうした?」

「誕生日、祝ってもらおうと思って」

「ああ…おめでとう」

「さては、忘れてた?」

「え?いや…そんなはずはないだろ」

僕はおどけた声を作って返す。

そうさ、忘れてたさ。今日の朝までは、忘れているつもりだったさ。

今夜は聖夜だろう。恋人たちの邪魔をしないようにと僕なりに考えていたさ。

それなのに、どうして声が震えてるんだよ。

「まあ、プレゼントも何もないけど」

「プレゼントか。…何もらおうかな」

「…誰もあげるなんて」

「え?」

「いやなんでもねえよ」

ふふ、と電話の向こう側で笑う声がした。ひゅっと喉が鳴ったようなノイズは気のせいだ。あるいは窓の外の風の音だ。

「初詣、一緒に行ってくれないかな」

そんなことでいいのかよ、という言葉を飲み込んで、僕は明るい声を出す。

「夏実、正月帰ってくるんだ?」

「うん。今決めた」

「…今?」

「うん。今」

「分かった。せっかくだから二年参りにしようか」

「うん。約束」

約束。



電話を切ってから、少し泣いた。

昔から、泣くときはいつだって一人だった。

両親があまり家にいなかったから。人に甘えるのが下手だから。

そんな風に理路整然と説明しないでほしいけれど、どちらも事実だった。

瞬一は、震える声に、気づかないふりをしてくれたのかな。

後から後から、頬を伝う涙を必死で拭いながら、私はなんで、と思う。

こんなに泣くなんて。

おかしい。おかしいよ。

人は、辛い時に泣くものだと思っていた。悲しい時に泣くものだと思っていた。

そういう涙は、よく知っていた。我慢することに慣れていた。

でも、こういうのは、堪えられない。

人は、辛い時、悲しい時、誰かの優しさが身に沁みて、泣くのだと思った。

そういう優しい涙もあるのだと、初めて知った。



駅に着くと、瞬一が待ってくれていた。黒いジャケットのポケットに両手を突っ込んで、寒そうに首をすくめている。

視線が合い、私はスーツケースを押しながら軽く手を振った。

瞬一はポケットから手を出さず、代わりに肩をゆすっている。相変わらず寒がりな奴だ。

「そんなに寒いならマフラーとか手袋すればいいのに」

「…あー…。忘れた」

「面倒だししばらくの間だからいいやってなったんじゃなくて?」

「…ばれた?」

「…やっぱり」

得意げに笑う。毎日のように顔を合わせていた頃みたいに。変わらないことに安心した。

「そういうお前も寒そうじゃん。手袋は?」

見れば、知らず知らずのうちに手を合わせていた。その指先に、瞬一がポケットから手を出して触れる。

思いがけず温かかった。

「ぬくいだろ」

「うん。なんで?寒がりのくせに」

「心があったかいから」

瞬一がにやりと笑って手を離す。その手にはカイロが乗っていた。

「あ、なんだカイロじゃん」

「欲しい?」

「欲しい!」

「あげません」

「えー…」

「ほら早く行こうぜ」

「あ、待って靴紐だけ結ばせて」

しゃがみ込む私を尻目に瞬一はさっさとスーツケースを引き取って歩き出してしまう。

「ちょっと待ってよ」

立ち上がり、追いつこうと駆け出すと、瞬一は立ち止まった。

こちらを振り返り、ほい、と白いものを投げてよこす。

反射的に手を伸ばして受け取ると、それはカイロだった。

「…いいの?」

「あげねえよ、貸すだけ」

「…ありがと」

素直じゃない。本当に素直じゃない。だがどこまでも優しかった。



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