6 夏実
クリスマス。私は彼と出かける約束をしていた。彼はもう待ち合わせ場所に着いていて、私は彼に声をかけようとした。まさにその時だった。長い茶髪を綺麗に巻いた、おしゃれな女の子が現れた。
菜々子ちゃんだ。
彼女の顔を正面から見たのは初めてだ。けれど彼女だと、確信していた。
化粧がのってぱっちりした目も、服のセンスも、私から見たって魅力的だ。
距離にして二メートルくらいの場所で、私は二人を見ていた。
彼女は慣れた手つきで彼の腕に抱きつき、何事か囁く。
それを聞いた彼の顔にぱっと朱が散り、思わず、といった様子で「バカ」と叫ぶ。菜々子ちゃんは、ふ、といたずらっぽく笑い、「ほらあ、カノジョさん見てるよ。で?どうすんの?私を捨てて行くんでしょ?カノジョさんとデート」「お、おう。だからもう離れろ。もういいから」彼はちらりと私を窺う。
どうして。どうしてそこで私を見るの?
菜々子ちゃんも、硬直した私をじっと見つめてくる。
「いいなあ、史也君とデート。ねえ、私に史也君、貸してくれない?今日だけ。ね?」
おねがい、と上目遣いで可愛らしく首をかしげる。
私は何か、言わなければならなかった。
「え、と…ふ」
史也君が、いいなら。
そう言おうとした。
ずるい答えだ。嫌な女になりたくない。でも、彼が行かないと言うのを期待している。
笑え。
さあ、笑え。
驚くほどすらすらと、その台詞は流れ出た。くゆる線香の煙のようだった。
「いいよ。菜々子ちゃん、だよね。史也君から、よく聞いてたけど、ほんとに、すごく綺麗。楽しんでね。…じゃあ史也君、また。来年、学校で」
「でも…」
「いいから、気にしないで。私は大丈夫だから」
私は笑い、来た道を引き返した。
私は誰もいない家に帰り、ぱたりと部屋のドアを閉めた。
電気も付けないまま、眠くもないのにベッドに倒れ込む。
ねえ、私に史也君、貸してくれない?
彼女はそう言った。
私の中を見透かして貫いてしまうような、強い目をしていた。
私は、どうしたら良かったのだろう?
私は思う。
ねえ、どうしたら良かった?
教えてよ。
そもそも史也君は物じゃないでしょ。
どうして私に聞くのよ。
カノジョだから?
カノジョだったら、カレシが誰かと一緒にいるのが嫌、なんてそんな理不尽な論理で引き留める権利があるの?
違う。違わないけど、でも一番は。
私は、圧倒されたんだ。
彼女の強い目に。
これが好き。あれが欲しい。
まっすぐに求める彼女と、
手を伸ばすことに臆病な自分。
敵わないって思った。
いつか、大事なものが、指先をすり抜けていってしまうような気がした。
震える手で、その何かを捕まえようとする。
足に力が入らなくて、追いかけたいのにできなくて。
がくがくと揺れる腕を必死に伸ばす。
けれど伸ばした先には、もう何もなくて、ただ黒い闇が広がっている。
そんな夢を見ていた。
何時間、眠っていただろう。携帯を見ると二十三時五十七分と表示されていた。
0時になるのを待って、私は賭けをした。
プルルルル、プルルルル…
呼び出し音が止んで、おかけになった番号は…と続く声をピッとぶった切った。
あーあ。負けちゃった。人生、そう都合よくはいかないみたいだ。
けれどしばらくすると私の携帯が鳴りだした。
3コールで出ると瞬一だった。私だと勘づいて折り返してくれたのだろう。時刻は0時03分だった。