表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨だれのような僕らは  作者: K・ケイ
6/52

6 夏実

クリスマス。私は彼と出かける約束をしていた。彼はもう待ち合わせ場所に着いていて、私は彼に声をかけようとした。まさにその時だった。長い茶髪を綺麗に巻いた、おしゃれな女の子が現れた。

菜々子ちゃんだ。

彼女の顔を正面から見たのは初めてだ。けれど彼女だと、確信していた。

化粧がのってぱっちりした目も、服のセンスも、私から見たって魅力的だ。

距離にして二メートルくらいの場所で、私は二人を見ていた。

彼女は慣れた手つきで彼の腕に抱きつき、何事か囁く。

それを聞いた彼の顔にぱっと朱が散り、思わず、といった様子で「バカ」と叫ぶ。菜々子ちゃんは、ふ、といたずらっぽく笑い、「ほらあ、カノジョさん見てるよ。で?どうすんの?私を捨てて行くんでしょ?カノジョさんとデート」「お、おう。だからもう離れろ。もういいから」彼はちらりと私を窺う。

どうして。どうしてそこで私を見るの?

菜々子ちゃんも、硬直した私をじっと見つめてくる。

「いいなあ、史也君とデート。ねえ、私に史也君、貸してくれない?今日だけ。ね?」

おねがい、と上目遣いで可愛らしく首をかしげる。

私は何か、言わなければならなかった。

「え、と…ふ」

史也君が、いいなら。

そう言おうとした。

ずるい答えだ。嫌な女になりたくない。でも、彼が行かないと言うのを期待している。

笑え。

さあ、笑え。

驚くほどすらすらと、その台詞は流れ出た。くゆる線香の煙のようだった。

「いいよ。菜々子ちゃん、だよね。史也君から、よく聞いてたけど、ほんとに、すごく綺麗。楽しんでね。…じゃあ史也君、また。来年、学校で」

「でも…」

「いいから、気にしないで。私は大丈夫だから」

私は笑い、来た道を引き返した。


私は誰もいない家に帰り、ぱたりと部屋のドアを閉めた。

電気も付けないまま、眠くもないのにベッドに倒れ込む。

ねえ、私に史也君、貸してくれない?

彼女はそう言った。

私の中を見透かして貫いてしまうような、強い目をしていた。

私は、どうしたら良かったのだろう?

私は思う。

ねえ、どうしたら良かった?

教えてよ。

そもそも史也君は物じゃないでしょ。

どうして私に聞くのよ。

カノジョだから?

カノジョだったら、カレシが誰かと一緒にいるのが嫌、なんてそんな理不尽な論理で引き留める権利があるの?


違う。違わないけど、でも一番は。

私は、圧倒されたんだ。

彼女の強い目に。

これが好き。あれが欲しい。

まっすぐに求める彼女と、

手を伸ばすことに臆病な自分。

敵わないって思った。


いつか、大事なものが、指先をすり抜けていってしまうような気がした。

震える手で、その何かを捕まえようとする。

足に力が入らなくて、追いかけたいのにできなくて。

がくがくと揺れる腕を必死に伸ばす。

けれど伸ばした先には、もう何もなくて、ただ黒い闇が広がっている。

そんな夢を見ていた。


何時間、眠っていただろう。携帯を見ると二十三時五十七分と表示されていた。

0時になるのを待って、私は賭けをした。

プルルルル、プルルルル…

呼び出し音が止んで、おかけになった番号は…と続く声をピッとぶった切った。

あーあ。負けちゃった。人生、そう都合よくはいかないみたいだ。

けれどしばらくすると私の携帯が鳴りだした。

3コールで出ると瞬一だった。私だと勘づいて折り返してくれたのだろう。時刻は0時03分だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ