4 夏実
高校一年、春。
桜が散り、都会の生活を受け入れつつあった。諦めるように、私は慣れない生活に溶け込んでいった。
告白された。生まれて初めてだった。今まで人に嫌われるということはそうなくて、でも同時に、特に人に好かれるということもなかった。恋愛的な意味で、頬を染めて好きだと言われたことなんてない。
だから、どうすればいいのか分からなかった。好かれて悪い気はしない。するはずがない。嬉しかった。だがなぜ私が、と思わないでもなかった。けれど照れくさそうに目を逸らしている目の前の男子にそれを聞くのは悪い気がして、結局聞けなかった。
私は何も聞かずに彼の申し出を受け入れた。
新しくできた友達に、恋人がいると言うと羨ましがられた。誰かと聞かれるので別のクラスの男子だと坂下君の名前を挙げると、かっこいいじゃん、と騒がれた。同じ中学出身だという彼女は、その頃から密かに人気だったと教えてくれた。
私は、そうなんだ、と言ってぎこちなく笑った。彼女はそれを、私がはにかんだと思ったのだろう。私の頬に触れ、幸せそうな顔で「かわいいなあ」と言ってくれた。だけど私ははにかんだわけじゃなかった。私は彼の何を知っているのだろう、と思った。少なくとも3年、同じ学校という空間にいた彼女の方がよほど彼を分かっているだろうに。
梅雨が明け、制服が夏服に変わるころ。彼との会話のリズムを掴んできて、沈黙に悩むことも減った。話題さえあれば意外と喋る彼の隣が、私の中で少しずつ馴染んでいった。
「昨日、いや、一昨日か。練習試合があってさ」
「あ、そうなんだ。勝ったの?」
「いや、負けた。私立で結構強いんだ」
「ああ…そっか。お疲れ」
「うん。そんで向こうの学校から帰る時にさ、女の子とぶつかって飲み物こぼされちゃって」
え、と笑いながら相づちを打つ。
「しかもカフェオレ。甘いからベタベタになっちゃって」
「…それ絶対がっつり色つくよね。すごい災難」
そうなんだよ、と彼も笑いながら大きく頷く。
「話はここで終わらなくてさ。その子、テンパっちゃったのかな、ごめんごめんごめん、ってひとしきり謝った後、『私菜々子!お詫び、するから!今急いでて、あ、来週日曜とか空いてる?お昼ご飯でもおごるよ!オッケー?オッケーね。じゃあまた…あ、駅!ここの最寄りの駅集合で!』っつって、だーって走って行っちゃって」
「え、すごい、なんていうか、礼儀正しいのか正しくないのか分かんないね」
「うん。普通に非常識なんだけど。重度の天然なのかなって感じだった」
「でも約束しちゃったんだよね。行くの?来週日曜」
「いや行かないよ」
「…大丈夫?絶対来るでしょその子」
「…まずいかな?」
「じゃない?ずっと待たせることになるよね」
そうかあ、と彼は苦笑いで悩みこんでいる。お詫びと言いつつ面倒ごとを増やしていった彼女もなかなかの強者である。
「まあ会えなかったら即帰るってことで。仕方ないからとりあえず行ってみる」
「そうだね。それがいいよ」
俺被害者なんだけどなあ、と嘆く人のよさ。自然と彼の好感度は上がっていった。