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雨だれのような僕らは  作者: K・ケイ
3/52

3 夏実

黄昏時の海、金色に光る砂浜と、仄暗い陰影と。

瞬一がいた。

後ろ姿。少し髪が伸びたシルエット。

それでも、確信があった。

足音をたてないように、靴を脱ぐ。直に砂の感触を受けながら、どくどくと鳴る音を殺して、ゆっくりと進む。風に身を任せ、だらっと座り込んだ瞬一の真後ろまで。

瞬一の目を手で塞ぐ。


突然、目の前が暗くなった。指の隙間から、赤暗い光が漏れている。ひんやりした、懐かしい感触。

「だーれだ」

「…夏実」

沈黙があった。だが間違っているとは思わなかった。

ぱっと手が離れ、軽く振り返ると、夏実の笑顔があった。

「久しぶり」

「…久しぶり」

答えながら僕は、違う言葉を浮かべていた。

やっと来たか。やっと…、

やっと、帰ってきたか。




瞬一に会った。4ヶ月ぶりだった。

4ヶ月という期間が長いのか短いのか、私には分からない。たったの4ヶ月なのに、1年以上瞬一に会っていないような気がしていた。いや、会えないような気がしていた、という方が正しいかもしれない。夏休みに海で会えたのは、全くの偶然だった。約束も、そもそも会話すらしていなかった。

瞬一の家は民宿をやっていた。海が近い、いい宿だ。だが私は違うホテルに宿をとった。わざわざ、海の遠い宿から、時間をかけてひたすら歩いた。それだけで見慣れたはずの街はどこか知らない土地のようだった。この街に、私は来たのだ。帰ったのではなく。そう思った。

けれど、見慣れた海で瞬一に会うと、どうしても「ただいま」と言いたくなった。「久しぶり」とごまかした心は、蓋を間違えてうまく閉まらないペットボトルのようにねじれた。それでも私は笑っていた。笑うしかなかった。




「相沢さん」

まだ、数えられる程しか耳にしていないその声に、私はぱっと顔を上げる。

放課後の教室にはもう、数人しか残っていなかった。私と、前のほうに男子が三人。

帰ろう、と、広げていたテキストを片付け、背の高い彼の隣に並ぶ。

「部活帰り?」

「うん」

「…ごめん、何部だっけ」

「サッカー」

「そっか」

「うん」

沈黙が重かった。何を話せばいいのだろう。何から聞いていいのだろう。

別段口下手でもないが、話し上手でもない。ズシリとのしかかるような一秒一秒に、私は耐えるばかりだった。

「…坂下君、でいいんだよね」

「うん」

「…下の名前、なんていうか聞いていい?」

「史也。坂下史也っていう」

「そうなんだ。…あ、私の名前も知らないよね」

「知ってる」

「え」

「知ってる」

「…そっか」

「うん」

不自然に目を逸らして、少しきまり悪そうに、彼は微笑んでいた。

初めて見る、視線の優しさに、心臓が騒ぎ始める。


どうして、そんな顔するの。


どうして私の名前を知ってるか、聞いていい?

それは喉まで出かかった。

聞けば良かっただろうか。「え、なんで知ってるの?」と、笑って、軽く。

だがなぜか聞けなかった。聞いても許してくれるだろう。はにかんで答えてくれるんだろう。きっと。

踏み込んではいけない気がした。

気負いなく、彼の中に入っていくには、私はあまりにも、彼のことを知らなさすぎた。

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