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雨だれのような僕らは  作者: K・ケイ
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2 瞬一

夏実とは中学で知り合った。たまたま校区の境目だったらしく、小学校は違うのに案外家が近いこともあってよく話すようになった。僕の部屋に夏実が来ることもあったし、僕が夏実の家にお邪魔することもあった。夏実の家族は共働きで留守がちだったから、学校帰りに制服のまま上がり込んでダラダラとたわいもない話を続けていた。何を話していたかなんて覚えていない。それくらい、どうでもいい内容だったんだろう。でも、心地よい時間だった。会話のリズムとか、話す時の空気とか、うまく言えないけれど。シューズが床をこする音とボールをつく音、ワックスと汗の匂いが染みついた体育館の窓から流れる風のような、そんな居心地の良さがあった。

結構気安い関係だったんじゃないかと、僕は思っている。夏実もそうだと思うんだけど。多分。

だが夏実は誰からも好かれていた。綺麗なのに飾らない性格で、凛としたかっこよさがあった。夏実を嫌いな奴なんていなかっただろう。

僕が知らないだけで、もっと親密な、特別な誰かがいても何もおかしくなかった。僕はただ夏実と共有している時間が長かっただけで、ドキドキとかキラキラとか、そういう類の擬音語擬態語が似合う関係ではない。僕らは、澄んだ青い空や灼熱の太陽よりはむしろ、気まぐれで、けれどどうしようもなく日常的な雨だれのようだった。

夏実との関係は、ずっとずっと変わらずに続くような気がしていた。少なくとも僕は、それを疑うという概念すら思いつかない程、アホみたいに信じ切っていた。僕らの学力はそう変わらなかったし(正確に言えば夏実の方が多少成績は良かった)、家は近かった。同じ高校に行くんじゃないかと僕は思っていたし、たとえ高校が違っても時間さえ合えば気軽に会えることは担保されていた。はずだった。

だが夏実は僕の生活圏内からあっけなく消えてしまった。父親の転勤だかなんだかで、都内の高校に進学した。僕は直前まで夏実がこの街を去ることを知らなかった。今思えば、「この高校に行く」とはっきり言われたことはなかった。うまくごまかされていたのだ。

なぜ気づかなかったのか。自分は夏実に一番近いと思い込んでいた。そう、文字通り思い込んでいたのだ。脳の奥で、意識にも上らないような、見えない芯のような場所で。いっそ哀れだった。

それでも僕は諦めていなかった。自分でも滑稽だと思う。一度はぼんやりと、ああ、終わったんだなと分かったような顔をしながら、4ヶ月ぶりに夏実と顔を合わせると、まだ間に合うんじゃないかと思った。また、元に戻れるんじゃないかと。根拠もなくそう信じた。ユキに細かいことは話していない。けれどユキが事情を知れば、また肩をすくめ、呆れた顔をするだろう。「まったく、性懲りもない奴だな」と。

僕はただ、夏実と、あの居心地の良い空気の中に浸っていたかった。そのためならば、多少荒業でも、使うことに躊躇はなかった。僕は夏実への気持ちに、強引に名前を付けた。例えるなら、透明。僕の夏実への気持ちは特に何色に染まっているとも言い難かった。シャボン玉のように、透き通りかつ、様々な色を秘めていた。僕はそれを、一色に塗りつぶした。

僕には恐らく、余裕がなかったのだ。未熟で、もっといろんな可能性があったであろうこの気持ちを、大事にできるような余裕が。何でもいい、理由が欲しかったのだ、夏実とどうでもいい話をできる理由が。ただ、理由もなく、夏実の声を聞ける立場が。

結局その願いは叶わなかった。だが告白しなかっただけましだ。まだ、僕が焦がれるように求めているあの空間は壊れていない。ベタベタしたもので汚したくなかった。何も言わなくても、港に船が帰ってくるような当然さで、また夏実と話したかった。

夏実に恋人がいて良かったのだ。告白なんかしなくて、本当に、良かったのだ。


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