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雨だれのような僕らは  作者: K・ケイ
1/52

1 瞬一

まぶたの裏を、何かがよぎる。脳裏を群青色に染めていく。

あの日の海が。

夕暮れ時の穏やかな波が。


お前さ。

ん、何?

不意に訪れた沈黙で、ざあ、ざあという音ばかりがやけに大きく響いて聞こえる。寄せては返す波の音だけが、僕らの間を介在し、確かな『今』という時間の共有を証明していた。

そして僕の声は、多分少し緊張して、いつもよりも幾分硬く、変に高音が混じっていた。ざらりとした砂のような違和感に、彼女が気づかないことを願いながら、もう一度息を吸う。

お前、…恋人とか、いるの?

彼女が驚いたようにこちらを向く。

一度はこぼれそうな程に見開いた目を伏せ、そしてまた僕を見る。

うん、いるよ。

明るい声で、ほころんでいた蕾が今まさに開いたような笑顔で。

僕の淡い恋心に、彼女はとどめを刺した。

そう、なんだ。

ノーという都合のいい答えを勝手に期待して、喉まで出かかっていた言葉をぐっと飲み込む。

俺、結構前から、お前のこと好きなんだけど。

口の中で転がしていた、でかい、そりゃもう僕にとっては爆弾級のでっかい飴玉を、死にそうになりながら嚥下した。



頭にゴン、と軽い衝撃が走った。うう、もう飴は食わねえ、飴玉で窒息死なんて夏実に笑われる…。

「おい」

またもゴン、と音がする。さっきよりもリアルに、ごつっとした骨の感触を感じて、薄く目を開ける。

「いつまで寝てんだ。もうホームルーム終わったぞ」

目の前に呆れた顔の友人が立っていた。僕の頭を小突いていた犯人だ。行将と書いてゆきまさと読むのだが、まどろっこしいので僕はユキと呼んでいる。

「痛えなあ、もう。もうちょっと優しく起こしてくれよ」

「わざわざ起こしてやる時点で俺は十分優しい、贅沢言うな」

くああ、とあくびをしながらおざなりに奴の小言を聞く。まるで奴に返事をするかのような見事なタイミングで、僕の腹が鳴った。

「お前の体は忙しいな」

「そうなんだよ。俺は働き者だからな。休養とエネルギーを欲してるんだ」

「ほう。なるほど、要は恐ろしく燃費が悪いんだな」

ユキはガサゴソと学ランのポケットを探り、小さな菓子を取り出すと僕にひょいと投げてよこした。

「お、珍しく優しいじゃん。サンキュ」

何の菓子か確かめることもしないまま、封を破って丸いそれをぽんと口に放り込む。大きな甘い菓子をゴロゴロやりながら、帰り支度をする。といっても、ほとんど置き勉しているので鞄はスカスカだ。代わりに机の中はパンパン。たまにくしゃくしゃの紙が出てくるが、構わず奥に押し込む。あれ、明日数学あったっけ。宿題やってねえ。

「これは独り言なんだが」

「ん?」

まあいいか。こいつにノート借りよう。

「お前、夏実に会ったのか?」

「え?」

ゴクン。げほげほげほ。甘くて丸い物体が喉を封鎖する。

「やっぱりか。お前は本当、分かりやすいな」

ユキは無表情で僕の背をバンバン叩く。僕は前から、ユキは後ろからバンバンやってるうち、すとんとそれが喉を通って腹に落ちた。

「ああ、死ぬかと思った…」

「喉が太くて良かったじゃないか。お前の体は燃費が悪い分有能だな。夏実に笑われないで済むぞ」

鬼だ。こいつが優しいのは大抵何か企んでる時なんだ。

僕は腹立ちまぎれに飴玉の包みをゴミ箱へぶち込んだ。


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