取り敢えず初日を過ごします
「!!!!」
まだまだ朝とは言えない暗闇の中マグリットはうなされながら目を覚ます。
「・・・あぁ、又やり直すのね。」
マグリットの瞳からハラハラと涙が溢れる。
しかしながらその表情は悲しいとかではなく、ただただ無表情で涙だけが流れ出ている様でなかなか止まる様子を見せなかった。
「「おはようございます。お嬢様。」」
ノックの後マグリットの専用侍女と従者が部屋へと入ってくる。
「おはよう。ソフィー、ノクト。」
早く起きてそのままニ度寝は出来なかった。
寝不足ではあるがそれを悟られる様な事はせず、椅子に座りながら本を読んでいた。
「今日から学園ですね!ご準備しますね。」
正直な所、コルセットをする訳でも無いのでマグリット一人で用意する事は可能なのだが侍女の仕事を奪ったりはしない。
と言うか、やり直しの過去で自分で全て準備したらソフィーのやる事が無くなり泣かれた事があるだけなのだが。
「・・・・・・」
従者であるノクトは黙って扉の所で立っているが、ノクトはこの国でも稀に見る強者である。
仮にも未来の国母の側にいるだけあって、従者兼護衛を兼ねているのである。
その為マグリットが昨日までとは何かが違う事に気付いているようで観察するかの様な目線でマグリットを見ている。
マグリットはチラリとノクトを見て小さく溜息を吐く。
(ノクトには隠し通せないでしょうね。今回はどうやって誤魔化そうかしら。)
やり直しの世界でマグリットは色々な事をしてきた。
その中の一つに冒険者になってみた事もある。
その為足音一つ取ってもやり直す前とは全然違う。
マグリットにとっては何年も前の事だが、それ以外の人には昨日の事である。
かと言って今更普通の令嬢の様に歩いてみる、というのも出来そうにない。
(・・・まぁ、このままでいいかしら。
何か言われた訳でも無いし。)
何か言われたら言われた時だと開き直る事にする。
「ノクト!何してるの!!
お嬢様の朝食の準備を。」
普段はお互いの仕事に口出しはしない二人だが、ソフィーにしてみればノクトがただ突っ立って何もせずに居る様にしか見えなかったのだろう。
「すみません。お嬢様。」
ノクトは従者としても優秀な為、そこからは特に不備もなく準備していく。
ただし観察する様な視線は常に途切れる事なく注がれているのが良くわかる。
観察されるのは構わない。見られる事には慣れてもいるし抵抗も無い。
ただ偽物だと思われなければ良いな、とは思う。
全ての準備が終わり学園に向かう為、屋敷の門の前に用意されている馬車の前に向かう。
ソフィーとは屋敷の扉の前で離れた。
ノクトは御者もやる為学園まで一緒である。
観察するのは終えたのか、いつも通りの態度でマグリットに接している。
「本日から学園が始まりますが、何か困った事があれば何でも仰って下さい。」
ノクトはエスコートしながら馬車に乗せてくれる。
「大丈夫よ。何もないわ。」
マグリットは無表情でノクトに顔も向けず馬車から外を見てそう呟く。
「・・・正直な所、お嬢様が一日で何故こうも別人の様になってしまったのかは私には皆目見当もつきません。」
近くに人が居たとしても殆ど聞こえない程の音量でノクトが小さな小さな声で言う。
「・・・・・・」
マグリットは返事を返さない。
しかしノクトは聞こえるという確信を持って話し続ける。
「それでも私は貴方様を信じ、忠誠を誓います。」
聞こえないフリをしている訳では無いが、それに対してマグリットは返事を返さないし、ノクトも返事があるとは思っていない。
それでも伝えた事にノクトは満足する。
学園に着いてからは特に変わった事も無く入学式も滞りなく終わる。
問題は次だ。
自身の教室となる場所へと足を踏み入れた途端、
「よく来たな!マグリット」
と、周りの迷惑も考えない大声でマグリットを呼ぶ。
相手に気付かれない様に溜息を吐く。
(今回はどうするか考えていませんのに。)
目の前で偉そうにしながらマグリットを見下す様に見ている人物こそが、金髪碧瞳で見目だけは容姿端麗のこの国の第ニ王子で王位継承第一位の男マクシミリアン・テンペスト=スタッフォード皇太子殿下。
マグリットの婚約者である。
「お久しぶりでごさいます。
帝国の若き太陽マクシミリアン皇太子殿下。」
目の前の人物の事が嫌いであっても、貴族令嬢として目の前の皇太子殿下には最上級の礼をする。
「これからは私の為に尽くすのだぞ!!」
「いきなり何を仰っているのか判りません。
私は貴方様の婚約者ではありますが、貴方様の奴隷ではごさいませんので、その様な事は致しません。」
親同士が決めた婚約者とはいえ子供の頃からの婚約でもう十年以上となるにも関わらず、贈り物一つしてこない相手に何故尽くせると言うのか。
二人でお茶さえした事さえも無いのに。
むしろ何故尽くされるなどと思っているのか、甚だ理解不能である。
何を言おうが何をしようがどうせこの目の前の皇太子殿下に殺されると言うのに、マグリットにはマクシミリアンと関わる事が時間の無駄としか思えなくなっていた。
怒りなのか恥ずかしさなのかわからないが顔を真っ赤にしながらマクシミリアンはマグリットを睨み付けるが、どこ吹く風と言わんばかりにマグリットは無視をする。
(やはり無視が一番ですわね。)
マグリットは席順を書いた黒板も見ずに自分の席に着いて本を読み出す。
無視をされたマクシミリアンは何やらマグリットに怒鳴り散らしているがマグリットの耳には全くと言っていいほど聞こえてはいなかった。
それもそうである。
誰にもバレずに自分の周りにだけ遮音の魔法を使っていたのだから。
目の前でウロウロとしているマクシミリアンが不快ではあるが、流石に視界まで遮る魔法まで使うと不便なのはマグリット自身なので我慢する。
(このままずっと無視出来れば良いのですが、流石に王族をずっと無視は許されませんし・・・やはり今回も学園に来る必要性が無いですわね。)
今度は目の前に居るマクシミリアンにもわかる様な大きな溜息が出る。
それに対しマクシミリアンは益々怒鳴り付けようとするが、皇太子殿下の側近候補であるエドワード・フォン=ダクラス公爵令息がこれ以上の暴言はマクシミリアンの方が不利になるとみて連れて離れていく。
(やっと静かになりましたわね。)
そして起動した時と同様、周りに気付かれずに遮音の魔法を解除する。
(本当矮小な男。
こんな男と結婚する未来がどうあっても無い事が救いだわ。
私が死んだ後、こんな男が国王になってるなんて考えたく無いわね。)