目覚めの時⑨
「今日は大事な話があるんだ。」
翌日、ジンジャーは真剣な面持ちでペキにそう言った。
「何だよ、そんな真面目な顔して。」
ペキは拳を作り、笑いながらジンジャーの白衣を軽くパンチした。
「あのな、君はもうここには居られなくなるんだ。」
「…何言ってんだ?」
「君より重い患者が沢山いる。その人達の為にベッドを空けてあげないといけないんだ。」
ペキは慌ててジンジャーの袖を掴んだ。
「ち、ちょっと待ってくれ!そんな事急に言われても…。俺はここが気に入ってるし、何より…まだ何も思い出せてない…!」
ジンジャーはすまなさそうに眉を下げた。
「ここは病院だからね。君が気に入っても、過去を思い出せなくても、健康な身体である以上ここに居続けるのは無理なんだよ。」
「じゃあ、俺はどうすればいいんだ?ここを出たって、行くあても…。」
ペキはジンジャーを見上げながら不安げに言った。
「それで、だ。オモチと話し合ったんだが…。君、私達の家に来ないかい?」
思いもよらないその言葉に、ペキはジンジャーを凝視した。
「…私達の家って、あんたの家?」
「そうだ、ここよりは自分らしく快適に過ごせると思うけどなあ。君の新しい人生だ、どうだい?」
にこやかな口調のジンジャーとは裏腹に、ペキは戸惑いを隠せない。
「俺はどこの誰かも分からないんだぞ?」
「ああ、そうだな。」
「もしかしたら…。俺は犯罪者かもしれない。…それでもいいのか?」
「君を放っておく訳にはいかないだろ。それに、オモチも賛成してる。何より僕は…。君は絶対に悪い奴なんかじゃないと思ってる。」
ジンジャーは、ペキの目を真っ直ぐに見詰めてそう言った。
「そして、君が過去を思い出せた時は…。君を止めない。もし出て行きたかったら行くといい。君は自由だからね、それまでは君を喜んで受け入れるつもりだ。」
ペキはジンジャーの言葉に呆気に取られたが、その嘘偽りない眼差しに思わず笑ってしまった。
「あはは!あんた、本当にお節介だなぁ。そこまで言うんだったら行くしかないだろ。」
ペキは又拳を作り、ジンジャーの白衣を軽くパンチした。
「じゃあ決まりだな!ただし…。オモチが多少うるさいかもしれない。ま、そこは上手くやってくれ。」
「ああ、喜んで。」
「さて、退院は来週だ!皆に挨拶しておくんだぞ。」
ジンジャーはいつものにこやかな顔で部屋を出て行った。
ペキはジンジャーを見送ると、ジンジャーと同じ優しい微笑みを浮かべ、
「ありがとう。」
そうぽつりと呟いた。