【閑話】バーグスへの手紙 後編
後編の公開が大変遅れてしまったことをお詫びします m(_ _)m
驚きは無かった。
なぜなら最近ずっと母は僕の元を訪れる度に「貴方はもうすぐこの家の主になるのですよ」と口にしていたからだ。
母がダイン家のほぼ全てを掌握した今、それは容易だったに違いない。
僕は父との事務的な会話を終えると、父の執務室の前で控えていた護衛を引き連れ母の部屋に向かった。
途中すれ違う屋敷の者たちは全て母の手の者なのを僕は知っている。
いつの間にか上手くなっていた作り笑顔で僕は母と喜びを分かち合う……演技をした。
母は涙を流して僕を抱きしめて喜んでくれた。
それは決して演技ではなく、心から僕のために母が頑張ってくれたことを表している。
けれど僕は兄を蹴落としてまで当主になりたくは無かった。
「それで兄は……レスト兄さんはどうなるのですか?」
僕は母の機嫌が悪くなるのをわかっていながらも、そう尋ねずにはいられなかった。
兄は辺境の貧しい領地を与えられ、その地へ放逐されるという。
「貴方は心配する必要は無いのよ」
母のその笑顔の意味するところを僕は知らず「はい」と頷いて兄の話は終わった。
多忙な母との邂逅はそれほど長くは続かず、僕は部屋に戻る。
部屋の前で護衛と別れ扉の鍵を閉めたあと、僕は無駄に豪華な天蓋付きのベッドに顔から倒れ込む。
僕が部屋を出ている間に取り替えられたのか、シーツからは優しい春の香りがして。
そのまま僕はごろりと仰向けに転がった。
「え……」
ちょうど見上げるようになった天蓋の中央。そこに今朝目覚めた時には確かに無かったはずのこぶし大の袋がぶら下がっていた。
僕は慌ててベッドの上に立ち上がるとその袋を手に取った。
「兄さん……いつの間に」
前にも言ったように今の僕の部屋は僕が居るときも居ないときも常に監視が付いている。
しかも母がダイン家の力を使って集めた凄腕の傭兵や警備の専門家だ。
なのにその人たちの目をどうやって掻い潜ってこの部屋に入ったのだろうか。
やはり兄は謎の人である。
そんなことを思いながら、兄が残していったらしい袋の口を開く。
中に入っていたのは一枚の手紙と美しい模様が精巧に刻み込まれたペンダント。
僕はその二つを手にして机に移動し、そっと手紙を開いた。
『バーグスへ
お前がこの手紙を読んでいる頃、俺はもう屋敷にはいないだろう。
本当は直に会って話をすべきなのだろうけど、流石にそれは無理そうだ。
なので最後に手紙と俺がお前のために作ったペンダントを残す。
優しいお前のことだ、俺のことを心配してくれてるだろう。
だけど安心して欲しい。俺はこの日のためにすでに十分準備をしていた。
頼れる家臣たちもいるから何の心配も必要ない。
むしろ俺はお前のことが心配でたまらない。
お前は優秀で優しいが、その優しさのためにいつか苦しむこともあるだろう。
そのときは俺を頼れ。必ず俺はお前を助けに戻る。
貴族家の跡継ぎという重責をお前に押しつけてしまって本当にすまないと思っている。
でもお前ならきっと俺より立派な当主になれると信じているよ。
さようなら。
またいつか会おう。
』
手紙の内容は兄らしい簡素なものだった。
どうやら兄は事前に母のやることを見透かして準備していたらしい。
それならそれで、なぜ母の謀略を止めなかったのかはわからないけれど、それもまた兄らしいとも言える。
僕は先ほどまでの沈んだ気持ちを忘れ、兄の気楽そうな文字を見て少し笑った。
それから僕は兄が残してくれたペンダントを持ち上げてじっと見つめる。
たしか兄はおつきのメイドたちに髪飾りなどを作ってプレゼントしていたと聞いたことがある。
屋敷の人たちは貴族の子息としてあり得ない趣味だと、そのことを悪く言っていたが、兄が残したこのペンダントを見て僕はため息をついてしまう。
ダイン家の紋章をあしらったそれは一流の細工師もかくやという出来映えで。
趣味の領域を遙かに超えたそのペンダントを僕は自分の首に掛けて服の中に仕舞い込んだ。
「ありがとう兄さん。大切にするよ」
窓の外。
もうとっくにこの屋敷から出て今はどこに居るかわからない兄に向けて、僕はそう呟いたのだった。
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