ナバーナの森
エルが王都に向けて旅立って二十日ほど経った。
その間に僕たちは拠点を広げて町にするために周辺調査を進めていた。
調査団による周辺調査の記録を元にして、危険の無い範囲内で進めていったのだが、その時に非常に役に立ったのがコーカ鳥である。
コリトコが言うには、本来コーカ鳥というのは人を背に乗せることはなかったらしい。
だが、アレクトールがアグニを乗せ始めたせいで、他のコーカ鳥たちも僕らを乗せたいと言い出したのである。
一番最初にそれを言い出したのはクロアシと名付けられたコーカ鳥で、クロアシはアグニを見て興味津々だったエストリアが背に乗ると柵を跳び越え嬉しそうに拠点中を走り回るほどだった。
そしてそれを見た他の二羽もそれぞれヴァンやフェイルを背に乗せるようになるとあとは早かった。
おかげで僕たちは舗装もされてない島の中をかなりの速度で動き回ることが出来るようになったのである。
しかもコーカ鳥はこの島の西端にある拠点周辺では敵う魔獣がいないため、魔獣や獣に襲われる心配が無いのもありがたい。
調査中に物陰から襲いかかられでもすれば、僕のような非戦闘員では命の危険があるからだ。
そうして僕らの調査は予想以上の早さで進み、おかげで調査団の報告書には無かったり、当時と変わっていたりする発見をいくつかする事が出来た。
今日はその内の一つにコリトコとファルシ、そして僕とエストリアとヴァンという組み合わせで訪れたのだが。
「領主様ぁ、投げるよー」
「よしこい!」
僕は目の前に生えた木の上を見上げながら身構える。
木の天辺付近にはコリトコがよじ登っていて僕を見下ろして、その手に掴んだあるものを慎重に真下に居る僕に向けて落とす。
「わわっ」
ずばん!
僕はコリトコが落としたものは、人の頭ほどある塊で、十数本ほどの長細く青い棒状の物体が集まって出来たものだった。
その物体の名前はナバーナ。
この島特有のナバーナの木の頂上付近に成る栄養豊かで甘い果物で、調査団の報告書には載っていない。
多分だが、森の中の木の天辺付近にしか生えないナバーナの存在に、彼らは気が付くことが出来なかったのだろう。
「領主様ぁー、大丈夫ぅ?」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと受け取った」
僕は胸に抱えたナバーナの塊をコリトコに見えるように頭上に持ち上げた。
「おぅレスト、お前はまだ1個目か?」
コリトコが昇っている木から少し離れた場所にも同じようにナバーナの木がそびえ立っている。
そしてその声はその木の方から聞こえてきた。
僕が目線をそちらに向けると、するするするっと気持ち悪いくらいなめらかな動きで一人の男が木の上から降りてきて地面に着地する。
その男は獣人族のヴァンだ。
「俺なんて、ほら。こんなに沢山採ってきたぞ」
ヴァンは背負っていたリュックサックから数束のナバーナの塊を取り出すと地面に並べ自慢げに胸を反らす。
「ヴァン、貴方コリトコに言われたことわすれたのですか?」
そんな彼に冷や水をぶっかけるような冷たい声が掛かる。
彼の姉のエストリアである。
「えっ、あっ……忘れてた」
「ナバーナの実は一つの木から一度に二塊以上は採らないのが決まり事だという話をあれほどされてましたのに」
ナバーナの木には不思議な特性がある。
というのも木の天辺に生える実の塊は大体の場合四つ程度らしいのだが、それを全部採ってしまうと次に実がなるまでに何年もかかるらしい。
だが最低でも一つ残しておけば一月もしないうちに他の実が復活するように生えてくるのだとか。
不思議な特性だが、ウデラウ村の村人たちはいつしかその特性を見つけて貴重なナバーナの実を定期的に手に入れる手段を得たという。
そう本来はナバーナというのはこの島でも貴重な果物なのだ……だが。
「全部は採ってねぇから大丈夫だろ。それにこの辺りにはまだ何十本もナバーナの木が生えてるんだからよ。一本や二本くらい暫く実が成らなくても問題ないんじゃねぇか?」
ヴァンの言う通り、ウデラウ村の近くには数本しか見つかってないらしいナバーナの木が、この群生地には最低でも二十本以上生えていたのである。
最初コリトコがアグニたちとこの場所を見つけた時、かなり興奮しながら僕の所に報告に来たのを覚えている。
「そういう考え方がいけないのです。自分だけなら大丈夫と皆が考えてしまえば貴重な資源は一気に無くなってしまうと学びませんでしたか?」
「俺、勉強嫌いだったし、どうせ帝国を継ぐわけでもねぇからって学校サボってたから」
「それでは明日からでもレスト様に家を一軒借りてそこを学び舎として勉強会を始めましょう。そうしましょう」
「姉ちゃん……勘弁してくれよぉ」
僕がコリトコから二つ目の塊を受け取っている間にも姉の説教は続いていた。
しかし学び舎か……領民が増えてくればいつかは必要になるし、レッサーエルフたちを領民にすると決めた以上は彼らにも王国の決まり事とかも覚えてもらわないといけないわけで。
そのために学校は早めに作って置いた方が良いかもしれない。
ただ問題は教師だ。
一応当てはあるのだが――
「あの人を連れてくるのは怖くもあるんだよなぁ。でも知り合いで他に教師なんて居ないし……」
僕は器用に木の上から降りてくるコリトコをファルシと共に見上げながら一人の人物の顔を頭に浮かべていた。




