聖獣様にお願い
「ふむ。つまりあやつらの為にもこの島に他の種族の住民を受け入れて増やすことは必要だというのだな?」
「そういうことです」
長老の話を聞いた後、僕はその場にいた年長者たちに頼まれたのだ。
レッサーエルフの血を絶やさぬ為にはこの地に新たな住民が必要だと。
コリトコや聖獣様を連れて来たと言っても、突然現れた僕を彼らが領主として認め、領民になると答えた理由はそこにあった。
『それで我に頼みというのはその話と関係があることか』
「はい、是非その『角の力』を使って、この島へやってくる人を『選別』してほしいのです」
『選別……か。つまりお主が連れてくる人々がレッサーエルフたちに害なす者かどうかを我に調べて欲しいと?』
「それもありますが、これからこの島を開発していくためには島の外との交易が必要になってくるはずです。ですのでその時にその相手が安全かどうかを島の出入り口に作る予定の出入国在留管理局で行いたいのです」
僕はこれから拠点に戻り、拠点とその周りをある程度開拓した後に新たな領民を受け入れ始めようと思っている。
そして人が増えれば物資が必要になる。
もちろん島の中で自給自足出来れば良いのだが、それで全てが賄えるわけは無い。
だから近いうちに交易のために商人や、他にも様々な人々がこの島にやってくるだろう。
だが、誰も彼もを簡単にこの島に入れてしまうのは危険だ。
レッサーエルフやエストリアたちの問題だけではなく、僕を島流しにしただけでは安心出来ないらしい継母であるレリーナという明確な敵が居る。
この島に辿り着くまでにも何度か彼女の手の者に襲撃を受けたことからも、彼女が最終的に僕の命を狙っているのは明らかだからだ。
『ふむ。つまりお主やレッサーエルフたちに敵意や害意がある者を出入国在留管理局とやらで判別し、大丈夫な者だけを島の中へ通すということか』
「今のところはそれしか方法が無いかと」
『しかしお主もわかっておるだろうが、それを成すためには我がその出入国在留管理局とやらに居る必要がある。だが、それは無理なことだ』
聖獣様はブルルッと鼻息を漏らすと続ける。
『今、我はこの地を離れるわけには行かぬ。今のレッサーエルフたちは外敵に対してあまりに脆い』
「外敵というと魔獣ですか?」
『うむ。最近では滅多なことでは奴らは山を下りてこないが、我がこの地からいなくなればこれ幸いと襲ってくるはずだ』
聖獣様はそう答えると、左右にそびえ立つ島の外周を取り囲む高くそびえる山々ではなく、ウデラウ村の向こう側に顔を向ける。
僕らの拠点から見てウデラウ村から更に先。
そこには左右の山々よりは半分ほどの高さの山脈が見えた。
島の奥――つまり東側と拠点やウデラウ村のある島の中央から西を分断するように存在するその山脈。
島の上空は盆地のような状況のためかうっすらとした靄が掛かっている場所も多く遠くは見通しが悪い。
なので星見の塔からその全容ははっきりとは見えなかったが、どうやらその山脈は完全に島を分断しているわけでは無く、北側は突然なにかに削り取られたように北壁ともいえる外周の山脈のかなり手前で途切れている。
逆に南側はそのまま外周の山脈まで繋がっており、もしその山脈の東側に行こうとするなら山越えをするより北側から回り込むのが一番だろう。
そしてその山から聖獣様は魔獣が下りてくると言うのだ。
彼がそこまで言うからには、今のレッサーエルフたちでは勝てない。
もしくは多大な被害が出るほどの魔獣があの山脈には住み着いているということなのだろう。
この先、この島を開拓していくのなら、いつかは戦わなくてはならない相手でもある。
「と言うことは必要な時だけ……ということも難しいですね」
僕は聖獣様の話を聞いて、思いついていた計画の修正が必要だと考えを巡らせる。
聖獣様がこの近辺から離れられない以上、聖獣様の力による上陸審査は難しい。
だとすると、元からの予定通り僕たちでできるだけ怪しい人物を入れないような体制を作るべきだろう。
聖獣様の能力を知って、つい彼に頼ろうとしてしまったが、本来それは自分たちでやるべきことなのだ。
『ふむ……お主の考えはわかった。確かにこの先のことを考えればお主が今言ったことは必要だと我も思う』
聖獣様は山脈から僕の方に視線を戻すと、その頭を僕に向けて下げた。
いや、正確には頭に生えた角を僕の眼前に突きつけたのである。
「せ、聖獣様。何を?」
僕はその突きつけられた角の先端で突き刺されるのでは無いかという恐怖で一歩下がった。
『何を恐れている』
「角で突き刺されるのかと思って」
『何故我がそのようなことをせねばならぬのだ』
聖獣様の声音に明らかな疑問の色が混じる。
どうやら彼は僕を害そうとは思っていないのは確かなようで。
だとすると何故僕に向けて角の先を向けたのだろうか。
『お主の話を聞いてレッサーエルフたちの為にはこの島に新たな人々を招く必要があることはわかった。そしてそれには危険が伴うこともだ』
「……」
『そしてその危険は我の力が有ればある程度は予防できる。そうだな?』
「ええ……しかし聖獣様はここを離れられないのでしょう?」
『そうだ。我はここを離れるわけにはいかない。……我はな』
聖獣様はそこまで口にすると突然体を震えさせ始めた。
どうやら何かをしようとしている様子で。
「聖獣様、こんな所で粗相をされては村の人が困りますよ」
『違うわ馬鹿者! いいから黙ってみておれ。ふんっ!!』
聖獣様の気合いが入った声と共に、彼の体から飛びだしたもの。
それは――
◇ ◇ ◇ ◇
「本当にレスト様が無理矢理に聖獣様から奪ったわけじゃ無いんだね?」
まだ半信半疑の表情で、ベッドから身を起こしたコリトコが尋ねる。
「当たり前だろ。そもそも僕の力でも簡単に聖獣様の角が奪える訳無いじゃないか」
あの日、聖獣様の気合いと共に僕の目の前にゴトリと落ちたのは、彼の頭にあったはずの『聖獣ユリコーンの角』だった。
一瞬何が起こったかわからなくて唖然とし、暫くしてからそれが角だと気が付いた僕は軽くパニックに陥った。
「でも村を出る時、聖獣様の頭には角はあったよ」
「本人が言うには、ちょうど生え替わりの時期だったらしくてね。抜け落ちて暫くしたら新しい角がにょきにょきと――ちょっと気持ち悪かったけど」
僕はあの日の光景を思い出して僅かに顔をしかめる。
生えかけの角の妙な生々しさは忘れられない。
「それで聖獣様の角のことはわかったけど、どうして聖獣様はそれをレスト様に?」
「それなんだけど、実際に見て貰った方が早いかな」
「?」
僕はそう口にすると片手で角を握って持ち上げる。
そしてその先端をコリトコに向け、魔力を角に向けて流し込んだ。




