鶏舎の裏の小袋
「コリトコ」
鶏舎の入り口から中を覗いてもコリトコとファルシの姿は無く、いったい何処に行ったのかと鶏舎の裏にまわった。
すると、ちょうど鶏舎の入り口と反対側の角で、ファルシとコリトコがしゃがみ込んでいるのを見つけ、声を掛ける。
「あっ、レスト様」
「そんな所で何をしてるんだ?」
僕の声に振り返って立ち上がったコリトコに問いかける。
「鶏舎の裏でファルシが何か嗅いだことが無い匂いがするって言ってたから見に来たんだ」
「嗅いだことが無い匂い?」
「うん。それでちょうど今ここに変なものが落ちてるのを見つけたからアグニ姉ちゃんを呼びに行こうと思ってたらレスト様が来たんだ」
僕はエストリアに少しの間だけ待っているように言ってからファルシが一生懸命匂いを嗅いでいる場所へ近寄る。
そしてコリトコが先ほどまでしゃがんでいた場所に代わりにしゃがみ込んでファルシが鼻を押しつけてるそれを目にした。
「これは……なんだ?」
ファルシの鼻先には小さな袋のようなものが転がっていた。
僕はそれをつまみ上げると匂いを嗅いでみる。
「特に変わった匂いはしないけどな」
警戒して僅かだけ匂いを嗅いでみた。
しかし変わった香りは感じない。
「あっちも嗅いでみていい?」
「ああ。でも何かあると行けないからちょっとだけだぞ」
嗅ぎやすいように僕はコリトコの鼻先に小袋をぶら下げるように差し出してやる。
「本当だ。少し草っぽい匂いがするけどそれだけだね」
「だろ?」
僕は目の前でその小袋をぶらぶらさせる。
「だけどこの袋がここに落ちていたとするなら誰が落としたんだろう」
『くーん』
「帰ってきた時は何も無かったってファルシは言ってるよ」
「じゃあ昨日から今日に掛けての間に、誰かが落とした……もしくは置いたってことか」
と言いつつ昨日帰ってきてからの皆の行動を思い出す。
昨日は帰ってきてすぐにアレクトールを鶏舎に帰すというアグニと共に、コーカ鳥と鶏舎を見せるのにちょうど良いとエストリアたちを僕は引き連れて鶏舎にやって来た。
だけどその時は誰も鶏舎の裏側には行かなかったはずだ。
そもそもエストリアやヴァンが持ち込んだとするなら、一日以上も行動を共にしていたファルシがその間に匂いには気が付くだろう。
となると夜か。
だけどコリトコたち以外は朝まで屋敷から出ていないはず。
「とりあえず皆に聞いてみるか。エストリア」
「はい?」
律儀に言いつけを守って僕を待っていたエストリアを振り返ると、僕は手にした小袋を彼女に差し出す。
「この小袋がここに落ちてたらしいんだけど、エストリアのじゃないよね?」
「えっと……そうですね、初めて見ました」
「ということはヴァンのでもないかな」
「ヴァンもそのようなものは持ってなかったと思います」
小さく首を振るエストリアは嘘をついているとは思えない。
そもそも僕は彼女がこの件に関与しているとも考えては居なかったが。
僕はその小袋をポケットの中にしまい込むとコリトコに「それじゃあこの小袋は僕が調べるよ」と一言掛けてからエストリアの元に戻りかけ。
「あ、そうだ。コリトコはもう仕事終わったのかい?」
と、ここに来た本来の目的を思い出し尋ねた。
「あっちの仕事はもう終わったよ」
『ワンッ』
「今から畑をもう少し広げようと思うんだけど手伝って貰えるかい? コリトコの村でいくつかこの島特産の野菜の苗を譲って貰ったからそれを植えようと思ってね」
ウデラウ村ではコーカ鳥の飼育以外に、小さいながらも畑を作って、育ちの早い野菜を作っていた。
レッサーエルフたちの食料調達は狩りと森の木の実を採取するのが基本なのでそれほど大規模に農業は行われていない。
だけどこれからこの島の人口を増やしていくためには安定した食料調達手段が必要だ。
いくらミスリルなどの希少金属が採掘出来て、それが王国では高く売れると言ってもここは孤島。
食料を輸入だけに頼っていると、何らかの理由で交易路が閉ざされればすぐにでも飢饉に陥ってしまう。
「出来ればこの島に住む人たちの食料はこの島で賄いたいんだ」
都合が良いことにこの島のある場所は気温も安定して高いし、周りにある山のおかげで水も豊富だ。
まだきっちりと周辺調査はしていないが、調査団の資料と星見の塔から周辺を確認した限りではそれほど遠くない位置に水量が豊富そうな川も見えた。
「あっちにはよくわからないけど、ここに人が一杯来るの?」
「何れは大陸から移住者を募ろうと思ってる」
僕のその言葉にコリトコの顔に不安の色が浮かぶ。
それはそうだろう。
彼らレッサーエルフはエルフ族から迫害されてこの島に逃げてきたのだ。
「安心してくれ。移住してくる人たちは僕たちがきちんと調べる心算だ」
「調べる?」
「ああ、実は村を出る前に聖獣様から良いものを貰ってね」
僕は心配そうなコリトコに笑顔で答えながら素材収納から一つの『素材』を取り出し――
「!!」
それを見た瞬間、コリトコは目を回して卒倒してしまったのであった。




