L・Side:暗躍する者たち
一方その頃
王都の貴族街。
中でも王城に近い場所に豪華な邸宅はあった。
貴族街に立ち並ぶ豪邸の中でも一、二を争うほどの豪邸に住まうのはダイン家。
建国時から王国を支える四大貴族家の一つである。
「例の件はどうなりました?」
その邸宅の一室。
豪華な応接家具が中央に鎮座し、壁や棚には素人目でも高価なものだとわかる美術品が美しく並べられた部屋で二人の人物が話をしていた。
といっても普通の庶民が一生働いて稼ぐ金額よりも高いソファーに座るのは妙齢の女一人。
もう一人の人物は女から少し離れた床に片膝を付いて頭を垂れ、立場の差を現していた。
「はっ。草からの報告によれば、最終経由地でかなりの資材を買い込んだ後に島に向かったそうです」
「無事に島に辿り着いた……ということかしら?」
「送り出した草たちからの連絡はそれ以降途絶えておりますが、おそらく――ぐッッ」
ガンッ!
部屋の中に響いたその音は、片膝を付いた男の額に投げつけられた扇が奏でたもの。
男は額に血をにじませ僅かに顔をしかめたが、それだけで女に刃向かうような態度は見せない。
男は知っているのだ。
この女に逆らえばどうなるかを。
「貴方は私に何と言いましたか?」
「……」
「あの程度の家臣を連れただけの貴族は、赴任地に辿り着く前に命を落とす――そう言いましたよね?」
「……はい。私の知る限りあれだけの少人数で、しかも大半が女子供の一団の貴族など格好の的でしかないはずでした」
彼が最初に女から依頼を受けた時、依頼内容のあまりの簡単さに前金で受け取った金額ですら多すぎると思ったほどだった。
組織に所属する者を使わなくても、辺境の孤島までの道中に現れる海賊程度でも十分だとすら。
だがその考えが甘かったことに気が付いたのは、始末する対象の旅が中頃まで『無事に』進んだ頃だった。
送り込んだ草――諜報員からの報告によると最終経由地の一つ手前の港に辿り着いた彼ら一行の船には何者にも襲われたような様子も一切なく、むしろ王都の港を出港した時よりも新しくなっているように見えたという。
それどころか以前の報告に比べて港に寄港するごとに船の装備が整っていくようだとのこと。
しかし、港で彼らがそのような船の『装備』や『備品』を購入している様子は一切なく、いったいどこからそんなものを調達しているのかすら判明せず。
かといって海の上では追跡することも出来ないため入手経路が不明とのこと。
慌てた彼は自らの組織と手駒を総動員し、密かに沖に出た所で沈むように細工を施したり、目標を町で賊に扮した暗殺者に襲わせる指示を出した。
だが、全てが空振りに終わった。
送り込んだ暗殺者は全て音信不通となり、今まで一度も失敗したことがない工作員による船への工作も失敗。
結果的に現状では彼は手に入れるはずの報酬とは釣り合わない損害を被っていた。
「まぁ良いわ。愚痴を言ってもはじまりませんしね。大切なのは失敗をどう挽回するか……ですわよ」
「はっ、我が組織の威信にかけまして最強の手札を切るつもりです」
「最強の?」
それまで失敗報告と、それに対する叱責で歪めていた表情を俯くことで隠していた男は、そう答えると顔を上げた。
顔面に浮かぶのは歪な笑い。
「はい。ちょうど先日任務を終え王都に戻ってきた者です」
「手札とやらによほど自信があるみたいですわね」
「100%です」
「何がかしら?」
「その者が今まで受けた依頼の達成率は100%だと言いました」
正直を言えば、その者は彼の組織の人間ではない。
だが、実力は闇の世界でも有名で、彼も何度か依頼を頼んだことがあった。
彼が今までその者に依頼した案件は全て高難易度なものばかりで、報酬も高額。
なので今回の『簡単な案件』で彼を雇うことになるとは考えても居なかった。
それに今回の報酬と今までの被害を考えると完全に赤字になってしまう。
だが、ことここに至ってはそんなことは言っていられない。
「その者を島に送り込み、使用人どもを含め事故に見せかけ始末いたします」
「一人くらいは生かしておかないと『事故報告』をしてもらわねばなりませんわよ」
「ではあの一番頭の回らなさそうな小娘一人を連絡役に残すよう伝えておきます」
男はそう答えると歪な笑みを更に歪め立ち上がる。
その男から女は目線をそらし、テーブルの上に置いてあった本を手に取ると誰に向けてでもないように口を開く。
「今日、私は誰の訪問も受けずに一人で読書にいそしんでいた。そうですわよね」
「……」
男は無言でもう一度深く頭を下げるときびすを返す。
彼が向かう先は部屋の出口ではない。
壁に並んだ飾り棚の一つの前まで歩みを進める。
そしてその飾り棚に飾ってあるトロフィーに手を伸ばすと何度かそれを持ち上げ下ろしを繰り返した。
すると、目の前の飾り棚から『カチリ』という小さな音が聞こえた。
男はそれを確認するとゆっくりと飾り棚に手を掛け横へ移動させる。
静かに、僅かな音しか立てずに開いた棚の隙間には地下へと続く通路があった。
これだけの貴族の屋敷になると、この手の脱出口がそこかしこに存在している。
この通路もその中の一つというわけだ。
「朗報をお待ちしてますわよ……と読むのかしらね、この文章は」
「……」
白々しい女の言葉に男は無言で答えるとその身を闇の中へ進ませた。
やがて開いた時と同じように棚が閉じられると部屋の中には今まで女以外に誰か居たという形跡は一切なくなる。
絨毯に本来なら付いていておかしくないはずの足跡すらないことが、男の非凡さを物語っていた。
だが女――レリーザ・ダインにとってそんなことはどうでも良いことである。
彼女が求めるのは結果だけ。
そして結果、彼女の愛する息子の障害が一つなくなれば良いとしか考えていなかった。
「紅茶も冷めてしまいましたわね」
今日は読書に集中するために、使用人には最初のお茶の準備以外この部屋には立ち入りを禁じていた。
なので冷めてしまった紅茶を新しいものに変えるには自分で動かなくてはならない。
「ちょうど本も読み終わりましたし、バーグスも学校から帰ってくる頃ですから迎えにいきましょうか」
女はわざとらしくそう呟くと手にした本を持ったままソファーから立ち上がる。
そして愛しの息子が帰ってくる玄関へ向かうため部屋を出て行く。
今日、この部屋で交わされた会話を知るのは当人たちを除いては冷め切った紅茶を湛えたティーカップと本だけであった。
次話からまたレスト視点にもどります。




