聖獣様の悩みを聞こう!
何気ない一言が、聖獣様を傷つけた。
長く立派な角が地面につきそうなくらいうなだれている所を見ると、よっぽど自分の『聖獣イメージ』が守れなかったことを悔やんでいるのだろう。
「聖獣様?」
コリトコがそんなユリコーンに近づくと「いつもあっちたちを……村を守ってくれてありがとうって思ってました」と、うなだれ下がった首を優しく撫でながら話しかける。
確かに先ほどは突然早口でまくし立てられたせいで驚いたけれど、目の前にいるこのユリコーンはコリトコの村とその人たちを守り続けている聖獣様には違いないのだ。
僕たちには『ちょっとおかしな魔物』にしか見えなくても、コリトコや彼の村の者からすれば神にも匹敵する存在に違いない。
だとすればここは一つ、これから先この領地を治めるに当たって重要になるに違いない聖獣様の機嫌を取っておくべきだろう。
特にこれから僕たちが向かうコリトコの村人にとっては、聖獣様は特別な存在であるだろう。
その存在と話が出来るチャンスを無駄にしてはいけない。
「あー、大丈夫ですよ聖獣様。僕たちはただ単に聖獣様に話しかけられて少し驚いただけで……」
『本当か?』
コリトコにお礼を告げられ、僕の言葉を聞いたユリコーンがうなだれていた頭を僅かにあげながら上目遣いで問いかけて来た。
僕とキエダ、そして多分気配から後ろに居るテリーヌも大きく頷いて見せると、ユリコーンはその角をやっと天に向くまで頭を上げる。
『突然まくし立てるようにしてすまなかった。我も幾度となく反省はしておるのだが、語り出すと止められない性格でな。なので村人たちとはなるべく接触せぬようにしておったのだ。万が一接触してしまった時はわざと馬のような鳴き声を上げて誤魔化したりな。それというのも――』
「せ、聖獣様」
『ん? なんだ。まだ話の途中ぞ?』
「その話、長くなりそうですかね?」
『……すまぬ。また悪い癖が出てしまったようじゃ。なんせ他の者と会話をするなど随分と久しぶりだったのでな。どうして久しぶりなのかと言えば、昔はこの辺り一帯に我と同じような魔物が沢山居たのだが。彼らを見かける度に話しかけ続けていたらいつの間にか誰もこの近くに寄りつかなくなってな』
だめだこの聖獣。
まったく反省していない。
もしかするとこの辺りに危険な魔物が現れなくなったのは、この聖獣がウザ絡みをしまくっていたせいなのでは無かろうか。
『――もちろん我もかの村の乙女たちと話をしたいと思って、随分昔のことだが一度だけ声をかけたこともあるのだ。あの時は我が近寄っていくと乙女たちは一斉に駆け寄ってきてな』
「さすが聖獣様。昔から人気者だったんですね」
「そりゃあっちたちの大事な聖獣様だもん! 当たり前だよ!」
コリトコが憧れの表情で見上げるユリコーン。
だけど、今まで軽快に喋り続けていた聖獣様の言葉が突然途切れたのである。
「どうかした?」
『……思い……出したのじゃ……』
「何をです?」
『お主たちに……特にそこな乙女に聞きたいことがあるのじゃが良いか?』
何故だか不安げな表情を浮かべた聖獣様が、ファルシの背から降りたテリーヌに近寄りながらそう言った。
正直、この聖獣様をテリーヌに近寄らせるのは危険を感じなくも無いが、今は彼が何を聞きたいのかが気になって様子を見ることにする。
「私で良ければなんなりとお聞き下さい聖獣様」
『かたじけない。麗しき乙女にこんなことを聞くのは我も勇気が要ることなのだが、今を逃せばもう二度と機会は無いかもしれぬと思ってな』
聖獣様はそう言ってから一度天を仰ぎ見て目を閉じ、もう一度開いてからその言葉を放った。
『我の体、獣臭くないかのう?』
「えっ」
『じゃから、我の体臭は気にならないかと聞いておるのじゃ』
「体臭……ですか? えっと……」
テリーヌは少し目を閉じると鼻をピクピク動かして臭いを嗅ぎ始める。
その間、まるで神の審判でも待つかのように佇むユリコーンの姿は、悲壮感をにじませていて。
「……正直に申し上げてよろしいでしょうか?」
テリーヌが目を開きそう告げると、聖獣様は『お願いする』と答え目を閉じた。
「ではお答えします。聖獣様の体からは、お馬さんと似たような香りがします。ですが」
『ですが?』
「それに加えて少し……いえ、かなり強く不思議な香りがいたしました」
『その香りはお主からしてどうだ? 良い香りなのか? それとも……』
聖獣様の問いかけに、テリーヌは口ごもった後、そっと目を背ける。
その態度が答えとなった。
『やはり我は臭いのじゃな……。あの時、乙女たちに言われたのだ……聖獣様は綺麗な見かけなのに獣臭いと』
天を見上げたまま、聖獣様は昔を語りつつ目を閉じる。
涙は流していないが、僕には彼が泣いているように見え。
『あれから我はなるべく村の者たちに近寄らぬようにしてきた。そして、いつか彼女たちに近づいても獣臭いと言われないようにと、毎日水浴びをし、森の奥にある香草の群生地を転がり回って良い香りを身につけようとした……その全ては無駄だったと言うことか』
その呟きは優しい風と共に、聖獣様の複雑怪奇な体臭を乗せたまま森の奥へと流れていったのだった。
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コリとこの村にまだ付きませんでした・・・聖獣様を助けてあげてレストくん!!
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