【クラフトスキル】で上陸しよう!
「本当にここで間違いないの?」
僕は目の前の断崖絶壁を見上げながら、船から荷物を降ろしている途中の執事、キエダに問いかけた。
彼は僕が十歳の頃まで父の右腕として働いていた敏腕の執事だが、今は僕の専属になってくれている。
なぜキエダが父から僕へ主を変えたのかはいつか話すとして、今は目の前のことを確かめるのが先だ。
「間違いありません。ここがレスト様がこれから治められる『領地』となる島でございますぞ」
「本当にこれが島……船から見た時も大きいと思ったけど、一体どれだけの大きさがあるんだ」
「その昔王国が調べた記録によると、最低でも10エバほどの広さがあるとのことでございますな」
エバというのはこの王国での面積の最大単位である。
1エバは王国が建国された当時の王都の大きさと定義されている。
ちなみに、当時に比べると王都エバンスは二倍ほどの大きさまで拡大しているが、1エバの大きさは当時から変更されてはいない。
「10エバか……想像も付かないな。それでそんな巨大な島が手付かずだったのはこれが理由かな?」
僕は目の前の断崖絶壁を見上げながらそう尋ねた。
その崖は王都で一番大きな建造物である王城よりも遙かに高く、見上げていると首が痛くなってくる。
「その通りでございます。この島は全周をこのような崖で囲まれておりまして、唯一船が接岸できるのは今のところ入り江とも呼べぬようなこの場所だけなのですぞ」
王都から僕が乗ってきた船がたどり着いたのは、とんでもなくぼろく古い桟橋だった。
いったいいつから使われていないのか、手入れすらされてない桟橋を見て、さすがにそのままでは荷物を降ろすことも出来なさそうだと思った僕たちは、持って来ていた資材を使って桟橋を改修することにしたのである。
その作業だが、本来なら人手も時間も必要な作業のはずだけど、僕の【ギフト】を使って簡単に完了した。
さて、ここで【ギフト】について説明しよう。
それは世界中の人々に稀に授けられる能力で、人々はそれを『神が授けた贈り物』だと信じ【ギフト】と呼ぶ。
ギフトを授かるタイミングは人それぞれで、生まれつきギフトを持つ者もいれば、僕のように後天的に何らかの理由で授かる者もいる。
そして僕は自らが授かったギフトをずっと隠して生きてきたため、今回この島に着いてきた家臣たち以外にその存在は知られていない……はずである。
「偶然だろうけど、このギフトが無ければ僕たちはこの島に上陸すら出来なかったな」
僕のギフトの名前は【クラフトスキル】と言う。
その名前は不思議なことに授かった瞬間に僕の頭の中に自然と浮かんできたものだ。
僕は単純に【クラフト】と呼ぶことにした。
クラフト能力。
それは材料があればそれで造れるものを想像することでどんなものでも造り出せるというギフトである。
なので僕はこの島にたどり着いて直ぐ、船に積んであった資材とボロボロになっていた桟橋を使って、新たな桟橋を【クラフト】したのである。
「しかし良くもまぁあの継母は僕をこんな所に追放したもんだね」
「全くでございますな」
「それにしても、キエダたちが僕を信じて付いてきてくれたことには本当に感謝してるよ」
僕は見上げていた顔を戻すと、一生懸命船から荷物を降ろしている数少ない臣下たちを見ながらそう口にした。
この島に着いてきてくれたのはダイン家に仕えていた者の中でもたった数名。
それも全員がキエダの部下だったものだけである。
「少数精鋭でございますぞ」
「そうだね」
僕は頷くと桟橋の上を歩いて島に上陸する。
その場所は大人が数人も居れば一杯になるような小さな小さな入り江で、見上げるとその正面の崖にはボロボロになった縄ばしごの残骸が上まで続いていた。
昔、この島に上陸した調査団は、この縄ばしごを荷物を背負って何度も往復したのだとか。
「こんな所を、国の命令だとしてもよく荷物を持って登ったり下りたりしたもんだ。でもさすがに僕たちじゃあ同じような真似は出来そうにないな」
なんといっても国が本格的に派遣した調査団に比べて僕たちは装備からして貧弱だ。
それに僕を含めてほとんどが崖登りの経験などない使用人たちである。
とてもじゃないが彼らと同じように縄ばしごを作りながら登るなんてことは出来そうもない。
「レスト様、このようにお願いできますかな」
崖の前まで近寄った僕の後ろから、キエダが一枚の紙を差し出してきた。
そこにはなにやら細かい数字とイラストが描かれていて。
「わかった」
僕はそう答えると、その紙をキエダに返す。
「それじゃあやりますか」
僕は大きく深呼吸をすると、両手を崖に押し当て、先ほど見た図形を頭に思い浮かべてから。
「いくぞ! 素材化!!」
気合いを込めて大きな声で叫ぶ。
本当はギフトの発動にそんな言葉は必要ないのだが、気分の問題である。
僕の言葉と同時。
ボコッ。
目の前の崖の一部が突然『消滅』した。
そして、次から次へボコボコボコとその連鎖が続いていくと、やがて僕の目の前に、馬車が通れるほどの大きさで、長さが十メルほどの緩やかな『トンネルが』出来上がったのである。
「こんな感じで良いかな?」
僕のクラフトギフトのもう一つの力。
それは、今やってみせたように『ものを素材化出来る力』である。
現に今、僕の頭の中に浮かぶ素材リストにはかなりの量の「岩」が追加されていた。
素材化出来る範囲は僕自身を中心にした半径十メルほどにある物体に限る。
そしてそれは何でもかんでも素材化出来るわけではない。
今まで隠れて様々なものの素材化を試してきた結果から言うと、生き物は素材化出来ない。
なので土を素材化すると、土の中にいた生き物たちはその場に残されてしまう。
ただ生き物というのがどの程度のものまでをいうのかはかなり曖昧で、全ては神の判断によるものだろうと僕は思っている。
「さて、この調子で上までの道を作るぞ!」
僕は腕まくりをすると、片手に持ったランタンで先を照らしながら、少しずつらせん状に上へ上へと続くトンネルを掘り始めたのだった。
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