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第五話


「どうです? これが、敗北の味です!」


 視界が真っ暗になり、意識が落ちて、気づいたらまた白い空間にいた。

 ひんやりとした白い地面(床?)に、横たわっている状態だ。

 メルメルさんが、俺を見下ろしている。

 その横には、俺を打ちのめしたスケルトンが立っていた。


「——なかなか、リアルですね」


「でしょう? レム睡眠とノンレム睡眠の切り替わりのときの仕組みをうまく利用して、死んでしまった際の状態を演出しているのです。夢を見る時、「やばい、死ぬ!」っていうところでよく目が覚めますでしょう? その現象を応用して、脱力や意識の暗転を可能にしているのです」


「へえ……」


 さらっと説明しているが、相当に高度な技術であることは分かる。

 睡眠の原理を理解し、睡眠時の脳の動きや神経系の状態を把握したうえで、操作する――もはや一種の医療行為だろう。

 

「すげぇ」


 思わず、言葉に漏らしていた。

 

「……ふふ。さて、次で『戦闘』についてのチュートリアルは最後です。これが終われば、いきなりゲーム本番開始です」


「え、マジですか」


「マジです。本当は、もっとたくさんマッキー様には説明しないといけないことがありますが、一度にそんなに多くの情報を頭に入れるのも難しいでしょうし、それに何より――」


 そこで、一旦言葉を切り。

 彼女は視線を俺にぶつけて言った。


「早く、ゲームをプレイしたい。そうお顔に、書いてありますからね」


「……バレました?」


「ええ。今のマッキー様の表情、とっても素敵ですよっ!」


 褒められるが、恥ずかしい。

 心の内を見透かされているような――いや、実際、こちらが考えていることは筒抜けなのではないのだろうか。

 

 現実の体の感覚は全くなく、完全な仮想現実ヴァーチャルリアリティ

 脳に何かしらの作用を及ぼさなければ、絶対に不可能な演出。

 技術の詳細は計り知れないが、俺の記憶や思考の様子などを全部読み取られているというのはありえない話ではなさそうだ。


 本当に……凄い。

 今までにないくらい、俺は心を揺り動かされていた。

 

「最後のチュートリアルーー二つ目の攻撃手段である『武器』についてです。

 DMOの強さの指標となる、ひとつの大切な要素ですね。


 DMOの特徴として、『防具が存在しない』というものがあります。

 VRMMOの中では、非常に革新的なシステムですね。

 ただし、個性を出すために千差万別のファッションアイテムが存在しますので、雰囲気は楽しめるでしょう。

 戦士の鎧や、魔法使いのローブなども着用できますが、あくまでそれらはファッションです。

 戦闘には、何の影響も及ぼしません。


 したがって、おのれの肉体の他以外に戦闘の勝敗を決める鍵になるのは『武器』と『魔法』。

 『魔法』に関してはチュートリアルでは説明いたしませんが、武器の選択次第では説明いたします。


 では、あなたが最初に選ぶ武器——あなたの相棒を、選んでください」


 言い終わると、俺を取り巻くようにして、約十種類程度の武器のオブジェが浮かび上がる。

 それぞれのオブジェは淡く輝き、ふわふわとゆっくり上下に動いていた。


「お約束の武器である剣をはじめとして、槍、斧、槌、弓、杖はもちろん——変わりどころでは鞭、銃、扇、格闘具、ブーメラン……全部で11種類です。


 これらの武器種は分けようと思えばもっと細かく分けることができますが、そこらへんの仕組みもゲームが始まれば少しずつ理解できるでしょう。

 武器のオブジェの下に、その武器の説明が軽くなされていますのでご覧ください。


 それからとても重要なことなのですが、武器種を変えることはゲームが始まるとしばらくはできません。武器種の変更はゲームをある程度進めないと出来ないので、くれぐれも慎重にお選びください」


 説明を聞き、俺は11種類の武器一つ一つを吟味していく。

 武器の説明を一つ一つ見ていき、どの武器を選択するか考えながら。


「この、スキル系統というのは?」


「まず、スキルというのは……簡単に言えば必殺技みたいなものですかね。スキル系統は、例えば『剣』の武器種であれば、『大剣』、『ロングソード』、『ナイフ』、『刀』など、剣の中でもさらに具体的な武器それぞれについて設定されているものです。

 一つの武器を極めれば極めるほど、どんどんスキルを習得します。条件を満たせばより強力な武器スキル系統に派生する――なんてこともありますね。

 まあ、そこらへんはゲームを始めてからのお楽しみの一つです」


「……ふむ」


 なるほど、分からん。

 

 まあしかし。

 武器の得手不得手など、どれも一緒だろう。

 扇や杖などの使い方がよくわからないものは選択肢から外すとして……。


 俺は、直感に任せて宙に浮いている武器の一つに手を伸ばす。

 確か、グリップと呼ばれる部位だったか。

 そこを握ると、他の武器が消えた。


「『銃』——ですか。現代的な武器を選びますねぇ」


「誰にでも扱える、お手軽な武器ですからね」


 剣術も、武術も、棒術もいらない。

 ただ、引き金を引くだけ。

 ゲームであれば、銃撃の反動で肩が外れるなんてこともないだろう。


 ただ、もう一個選んだ理由がある。

 それはデザインだ。


 よく映画とかで見るような銃ではない。

 現実世界で扱われる銃は大抵プラスチックと金属などの部品からなるが、俺が今手に持っているのは鉄などではない、明らかに別の金属だ。

 

 白い銃身に、ごつごつとしたグリップ。

 銃の背には翼のようなものを模したブレードが付いており、銃そのものが武器になるような造りになっている。

 いたるところに不思議な紋章が刻まれ、芸術的な美しさも兼ね備えていた。

 銃、というよりは『銃剣』というのが適切な気がする。


 何よりの特徴は、銃を包む綺麗な虹色のヴェールだろう。

 天の川のようなヴェールの中の星々が、煌めいていた。

 現実の世界には絶対存在しないような、ファンタジーの武器……魔法の、武器だ。

 

「オーケーです。では、いよいよ最後のテストです! その銃——『シリウスの頬星ほおぼし』で、スケルトンを今度こそぶちのめしましょう!」


 洋風な見た目の割には、この銃の銘には和風のテイストも含まれているようだ。

 ちょっと厨二臭い気もするが、そこはゲームだし仕方ないだろう。


 ……あと、ないとは思うがこの銃はもらえるんだろうか。

 ぜひとも欲しいんだが。


「あ、ちなみにその銃は『銃』という武器種における、高位クラスの武器の一つです。純粋な威力の高さの他に、様々な特殊追加効果があるのですが……ゲーム内で手にすることができるのは、もっと後のことになりますでしょうし、詳しい説明は置いておきましょう」


「あ、やっぱりくれないんですか?」


 ゲーム内で手にすることができるのはもっと後。

 そんな言葉を聞いて、少しがっかりする。


「まさか。そんな武器序盤で持っていたら、ただの無双ゲーじゃないですか。チュートリアルが終わったらちゃんと回収させていただきます」


「……ですよね」


 むそうげー、とやらが何かは分からないが、まあ見るからに強力そうな武器だしな。

 最初の敵は弱いんだろうし、攻略の難易度が簡単になりすぎてもつまらないということなんだろう。


「再戦の前に一時的にマッキー様の体力を無限にして、スケルトンの強さをレベル(シックス)にさせていただきますね」


「え?」


「DMOの敵には、強さの指標であるレベルが存在しています。今のところ1から10までレベルがあってレベル6くらいの強さとなると……まあ、今実際にDMOをプレイなさっている日本中のプレイヤーの中でまともに勝負になるのは、上位10パーセント、と言ったところでしょうか」


「な、いきなりそんなのと戦うんですか?」


「まあまあご心配なさらず。マッキー様の体力を無限にするので攻撃されても死んでしまうことはないですし、スケルトン君がその武器と互角に戦えるようにするにはこのくらいの措置が必要なんですよ。それに、高レベルの戦闘がどのようなものになるか、経験しておくのも大事です」


「そう言われても……」


「習うより慣れよ、です! 難しいことは考えずに、戦闘を楽しんでください! 開始です!」


「いきなり!?」



――パァン!


 何が起こったのか、理解する前に。

 銃撃らしき音が、空気を震わせ、空間を震わせ、一筋の軌跡をたどり――スケルトンの頭蓋骨を貫く。

 

 メルメルさんの開始の合図とともに動き出したスケルトン。

 さっきはその速さに対応することができず、一瞬で急所を剣でえぐられた。

 

 だが、今度は。

 その凶悪な刃がこちらに届くよりもはるか前に。

 スケルトンの動きを目で捉え、純白の銃を構え、銃口の狙いを定め、引き金を引く。

 この一連の動作を、一瞬で行うことに成功した。

 

 意識的にではなく、無意識――つまり、反射的に。

 

 思った以上に、あっけない終わり。

 その訪れを悟った時にはもう。


 俺の体は吹き飛ばされていた。


「なぁっ!?」


 俺が元居た場所には、スケルトンが鬼の形相で立っていた。


「ガァアアアアア!!」


 身の毛のよだつような雄叫びを、頭蓋骨を弾丸で貫かれたはずのスケルトンが放つ。

 全身の毛が湧きたつような、この世が終わってしまうのではないかと思うような、そんな叫び。

 生まれて初めて、絶望の音を五感で感じ取る。


(や――っば!!)


 悪寒が、震えが止まらない。

 まさに直前に死が迫っているそんな感覚。


 川でよくやる水切りの石みたいに吹き飛ばされながら、さらにスケルトンが追撃を加えようと動き出すのが見えた。


 激しい戦闘の際の身のこなしなど、全く分からない。

 だが、豹変したとも言えるスケルトンの悍ましい気配に、俺は死に物狂いで反応した。


 転がる体を何とかして立て直し、若干無理な体勢ながらも銃を骨の体に向ける。

 ぱっと見で分かるくらいスケルトンの容貌は変身していた。


 頭蓋からは1メートルもの長さの角が生え、どす黒いというか、赤黒いというか……濁ったルビーのような色の蒸気を放っている。

 身にまとっていた鎧は完全に乾いた血の色となり、ところどころからボタボタと何か液体を垂らしていた。

 握る剣も一回り大きくなり、人面のようなものが浮かび上がっていた。


 一言で言うと、化け物。


 そんな相手が敵意をむき出しにしているのだから、死に物狂いにもなる。


「っらぁ!!」


 迫りくるスケルトンに対し、立て続けに引き金を引く。

 一発目――信じられないことに、剣で弾丸をはじく。

 二発目――また、あっけなくはじかれる。


 しかし三発目——一発目と二発目が防御されたのを見て、狙いを少しずらした。

 剣を振りにくいであろう、足の部位を狙ったのだ。


「ガッ!?」


 スケルトンはその超人的な剣術を発揮する前に、神速の弾丸に足を貫かれた。

 

 固いものが床に落ちた時のような音が鳴って、スケルトンが転倒する。

 その隙を、絶対に見逃さない。


――何度も、何度も、何度も!


 銃撃の反動が、身体中を駆け巡る。

 臓器が振動で揺れるのを感じ、腕から銃が零れ落ちそうになるのを必死にこらえ、とにかく引き金を引いた。


 狙いもかなりお粗末だっただろう。

 外した弾は少なくない。

 だが、数撃ちゃ当たるの当たった弾が、不思議なことにスケルトンの動きを鈍くしているように感じた。


 好機以外の何物でもない。

 

 わけもわからず、俺は撃つ。

 撃って、撃って、撃って――


 気づくと、スケルトンは微塵も動かなくなっていた。


「……はぁ、はぁ」


 スケルトンが動かなくなっても引き金を引き続けたが、カチカチという乾いた音が鳴るだけ。

 それがなぜか理解するのに時間がかかって、単純に『弾切れ』という銃ならば当たり前の現象であることに気付いた。


 バクバクと心臓が鳴りやまない。

 興奮で、顔が熱く感じる。

 

 ただ――これは恐怖とか、緊張とか、そういった悪いものではない。

 

(この気持ちは――何だ?)


 一番近いのは、多分高揚感だろうか。

 ただ、もうちょっと大げさなものな気がする。


 何というか、こう。


 ――自分が、求めていたものが見つかった。


 そんな、感覚だろうか。

 ほとんど一瞬の出来事だったから、自分でもよく分からなかった。

 

「お疲れ様です!! 見事な戦いっぷりでしたね!!」


「…………」


 戦闘の余韻に、言葉も出せず顔だけ声の方に向ける。


 メルメルさんが、微笑みを浮かべながら俺を見ていた。


 返事をしようと思ったが、喉が渇いてうまく発音できなかった。


「ふふ、このゲームはとってもリアルなんです。本当に殺される、そんな恐怖も感じ取れたと思います。でも、マッキー様なら大丈夫です」


 俺に目線を合わせて、彼女は続けた。


「本当は、このレベルの戦いなんてチュートリアルなんかではやらないんですけど」


「え?」


 かろうじて、声が出た。

 だが、どういうことかを聞く前にそのままチュートリアルは進行する。


「ふふ、でも、楽しんでいただけたのであれば幸いです。


 ……チュートリアルは、これで終わりです。

 しばらくは会えないでしょうから、DMOをプレイするうえで大切なことを教えます。

 よく、聞いてくださいね?」


 こくりと、声が出ないのでその分丁寧にうなずく。

 メルメルさんは微笑んで頷き返してくれた。

 

「一つ。このゲームは自由で、リアルです。そのおかげというべきか、そのせいで、というべきか……色々問題も生じることでしょう。けれど、『所詮はゲーム』。これを忘れないでください。


 それが一つ目。

 二つ目は、『魔法についての情報は、魔導書を探せ』。

 これは、ただのアドバイスですね。VRMMOでは魔法がお約束の要素になっていますが、このゲームにはプレイヤーのレベルという概念はありませんので、レベルが上がると魔法を覚えるとか、そういったことはないです。

 ただし、魔法は強くなるためにはとても重要な要素です。

 魔法を覚えるためのカギとなる、魔導書をぜひ探してみてください。



 そして、最後に三つ目ですが……」


 間をおいて、思いっきり。

 とびっきりの笑顔を浮かべて、彼女は言った。


「『みんなでゲームを楽しんで!』 以上です! Dungeon・Master・Online——DMOを、心行くまで楽しんでください!!」


 そこで初めて、自分の体が段々と光の粒子になって消えていくのに気づく。

 ゆっくりとだが、同時に視界も暗くなっていく。


 きっと、いよいよ始まるのだろう。

 最初に目が覚めるのは、ダンジョンとやらの中でだったか。

 

 ダンジョンの攻略と言っても、本当に何をすればいいのか分からない。

 だが、何をしても基本はいいのだろう。

 スタイルは自由に任せる、ということだ。


 まあ、手探り感覚でやるのもおもしろそうだ。


 そんなことを考えるのを最後に、完全に視界が暗闇に染まった。



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