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第四話


「グリードスフィアにおけるダンジョン攻略とは、迷宮主の撃破のことを意味します。

 有体に言えば、ボスの撃破ですね。


 そのためにここでお伝えするのは、具体的な戦い方、そして、DMOにおける重要なファクターの一つを占める武器についてです。

 まずは、迷宮に潜むモンスターとの戦い方を学びましょう!」


 ガッツポーズをして、メルメルさんはぴょんと跳ねる。

 対照的に、所在なさげに立っている泥の人形。

 泥、というよりかは粘土に近いか。

 のっぺらぼうの顔をこちらに向けていた。


「さあ、マッキー様!」


「はい」


「早速こちらの泥人形マッド・ゴーレムを、思いっきりぶん殴っちゃってください!」


 なんかいきなりバイオレンスなこと言いだしたぞこの子。


「ぶん殴るって……」


「DMOでの攻撃手段は三つです。一つは素手や足による攻撃。二つ目に、武器や道具による攻撃。三つ目に、魔法やスキルによる攻撃です。今は一つ目の攻撃手段しかないので、とりあえず殴りましょう!」


「物騒だな……」


 ゲームの進行のためには仕方のないことだろう。

 しかし、いくら人形とはいえ、無抵抗の相手を殴打するのは気が引ける。


「さぁ! さぁ! 思い切って! どうぞ!」


「……分かりましたよ」


 テンション高く促され、俺は腹をくくる。

 物とか人を殴ることなんてまずないから、正しい殴り方なんてものは分からない。

 けれど、要するにダメージを与える行為をすればいい話だ。

 誰にでもできる、簡単な作業。


 俺は、人形の顔面に狙いを定め、腕を振りかぶった。


 ——ドパン‼


 弾けるような音が、白い空間内に響き渡った。


「おお、容赦ないですねぇ‼」


 やかましい。

 お前がやれっつったんだろ。


 しかし、思った以上に威力が出たな。


 泥人形マッド・ゴーレムとやらは5メートル程吹っ飛び、転倒していた。

 大きさと質感から考えて2、30キロはありそうな図体だが……。

 現実の世界の方でこんなものを殴れば、逆にこちらの手が負傷するだろう。

 

 そういえば、今の俺の体は現実の世界のものと同じなのだろうか。


「ふふ、自分の拳の威力に驚いているご様子ですね」


「……そりゃあ、ボクシングとか空手とか何もやってないのにこんなパンチ出せたら誰でも困惑しますよ」


「流石ゲーム初心者、現実的な思考ですね」


「馬鹿にしてます?」


「いえいえまさか。DMOの世界ではむしろ、初心者の方特有の先入観のなさというのは非常に貴重になってきますから。そういった視点はぜひお大事になさってくださいね。


 さて、無事に殴れたことですし、次に行きましょう!」


 誤魔化された気もしなくもないが、これ以上突っ込むのはやめにしよう。


「VR初心者の方にありがちなのが、敵に対して攻撃をためらってしまう、ということです」


「そうなんですか?」


「はい。いくらゲームの世界と頭の中で理解していても、きちんと倫理観のある方であれば、仮にも生き物の形をしたモンスターを傷つけることには抵抗が生まれます。

 一応、流血表現を規制したり、殺人や窃盗などのプレイヤー同士の犯罪行為は規制していますので、モンスターに攻撃する際の躊躇だけ克服してもらえれば、安心してゲームを楽しむことができます」


「どうやって克服するんですか?」


「ぶん殴りましょう‼」


 サイコパスだろこいつ。


 俺がドン引きしてるのを察したのか、メルメルさんは慌てて弁解し始めた。


「い、いや、やっぱり慣れてもらうしかないんですよ! こういうのって!」


「まあ……それはそうですけど」


 だからと言って満面の笑みで「ぶん殴りましょう‼」とか言われるのは怖すぎる。


「こほんっ……えっと、なのでこれからマッキー様には泥人形マッド・ゴーレムと戦っていただきます。実際にゲーム内で行われる形式で、です」


 実戦を想定した模擬試合、ということだろう。

 少し、緊張する。


「当然ですが、痛みなどはありません。衝撃は感じますが、痛覚はほとんど刺激されないので大丈夫です」


 ある意味一番大事な部分だな。

 ゲーム内での痛みによるショック死とか、笑えない。


 吹っ飛ばされて転がっていた泥人形がむくりと起き上がり、再び俺に相対した。

 

「今度は泥人形マッド・ゴーレム側も反撃してくるので、注意してください」


 俺が頷くと、メルメルさんは俺と泥人形から距離を取る。


「殴っても、蹴っても、叩いても、頭突きをしても、何でもありです。泥人形が完全に動かなくなるまで、戦ってください。では――始め!」


 掛け声と同タイミングで、泥人形が俺に迫ってくる。

 速度はそんなでもない。

 関節が曖昧な両腕をこちらに伸ばして、近づいてくる。

 ゾンビのような動き、と言えばいいだろうか。


 正直、先ほどぶん殴ったのもあって、この人形に暴力をふるうことにはそこまで抵抗を感じない。

 ゲームと現実を混同して、現実世界でゲームと同じように人を殴ってしまうという事態にもならないだろう。

 そのくらいの理性は当たり前に持ち合わせている。


 だから、俺は深く息を吸った。

 これ以上息が吸えなくなるまで、吸う。


 そして肺が限界に達したところで、目前に迫っている泥人形に――蹴りを食らわせた。


 伸ばされている泥人形の両腕のちょうど真ん中を穿つように、前蹴り。

 当然、作用の力で人形は吹き飛び、反作用の力で俺は後ろに下がる。

 さっき殴った時と同じような光景だ。


 ところが、先ほどとは違って泥人形はすぐに起き上がり、またこちらに向かってくる。

 一度や二度では倒せないか。


「ぜひいろんな攻撃を試してみてくださいね!」


 メルメルさんがわきから声をあげる。


 いろんな攻撃か。

 殴る、蹴る以外の攻撃。

 効くかどうか一番微妙なのは関節技系統だろうか。

 

 とりま、言われた通り色々試してみますか。


 頭突き、体当たり、肘打ち、膝蹴り、ラリアット、掌底、首絞め、アイアンクロー、四の字固め、回し蹴り、目潰し、喉潰し、金的蹴り、踵落とし――までで、泥人形が事切れる。


 漫画やアニメで見た技を片っ端から試していったが。

 現実世界の体と違って今の体はかなり軽く柔軟で、ほとんどの技が実現できた。

 踵落としとかキマったときは、爽快感すら覚えたくらいだ。


 もしかして自分も実はサイコパスなのではと不安に思ったが、あくまでゲーム。

 深く考えないのが肝心だろう。


「お疲れ様です! 文字通り、嬲り殺しでしたね!」


「…………」


 頼むから、罪の意識を植え付けるような表現を使うのはやめてくれないだろうか。

 

「思ったよりも大丈夫そうですね。でしたら、次のステップです。

 今度は、もうちょっと強いモンスター君を召喚しちゃいます!

 出でよ、スケルトン!」


 あくまで今までのは俺が敵を躊躇なく攻撃するための訓練。

 泥人形も襲ってくる気配はあったが、動きがのろく、言っちゃ悪いがただのサンドバッグだった。


 だが、今メルメルさんが呼び出した新しい敵――スケルトンとやらは、明らかに雰囲気が違う。

 黄ばんだ骨の体に、錆びた鎧。

 骸骨の手には、鋭利な剣が握られている。


 不気味な赤い眼光が、俺をにらみつけていた。


「同じように、また実戦形式で戦っていただきますが、多分勝てないと思います。

 ゲーム本番では、体力が尽きて、命を落としてしまうとデスペナルティが発してしまいますが、今回はただの模擬戦なので発生しません」


「ですぺなるてぃ?」


「はい。ダンジョンで死んでしまった場合は、所持金の半分が失われ、ダンジョンの入り口に強制的に戻されてしまいます。一方で、ダンジョン外――フィールドにおいてであれば、ダンジョンの入り口ではなく、直近に寄った町や都市に送還されます。原則それ以上のペナルティーはございません」

 

「原則? 例外もあるんですか」


「んー。最初のうちはないのであまりお気になさらずで大丈夫です」


 果たして、今説明されたデスペナルティがどの程度の影響をその後に及ぼすのかは分からないが、言わずもがな死なないようなプレイを心掛けるべきだろう。

 二度とゲームをプレイできなくなる、というような内容のペナルティーではないのだからそこまで神経質にならなくてもよさそうだが。

 

「さあ、さっそくバトル開始です。スケルトン君は泥人形と違ってかなり強いですよ。心の準備はよろしいですか?」


「大丈夫です」


「——では、始めてください!」


「ガァッ!」


「うお!」


 三メートルは空いていた距離を、一瞬で詰められる。


 確かに、泥人形マッド・ゴーレムとは比べ物にならないスピードだ。

 スケルトンは俺に接近すると、持っていた剣をためらいなく振るう。


 初太刀は、何とかよける。

 しかしよけ方が問題だった。

 後ろに尻もちをつくという後のことを考えない最悪のよけ方だ。


 隙だらけ、格好の的。

 そんな言葉がスケルトンには浮かんだことだろう。

 

 ——喉に、錆びかけの赤黒い刃が刺さる。


「あが……っ!」


 痛みは、ない。

 だが、喉元に何か固いものが食い込み、押しこまれるような衝撃が走った。

 考えるまでもなく致命傷だろう。


 剣を引き抜かれ、骨の人形は俺を見下ろす。

 表情はないのに、どこか小ばかにするような笑みを浮かべている気がした。


 体から力が抜け、視界がしだいに暗転していく……。


 やがて、俺の意識は途絶えた。



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