第三話
ゲーム中毒患者の妹を更生しようとしたら、なぜか俺がゲームをやることになってしまった。
「よしっと。それで、右の方についてるスイッチ押して。あとは体を横にして目をつぶってリラックスすればいいだけ」
あれよあれよという間にヘッドセットを装着され、ゲーム起動のための講座が始まる。
パソコンとヘッドセットをつなぎ、葉月がなにやら操作して。
何かの洗脳装置のようなVRヘッドセットをかぶせられ。
そしていよいよゲーム開始、というときになって、妹はふざけたことを口にした。
「じゃあ、あたしはコンビニ行ってくるから」
「はい?」
「勝手に始めてていいよ」
「おい、始めた後はどうすれば――」
——ばたん。
ドアが、閉まった。
「……」
シンと静まり返る部屋。
俺一人しかいないのだから当然だ。
「……ふぅ」
思っていたのと大分違う方向に話が進んでしまったが。
突っぱねられなかっただけマシだろう。
ただ、何故俺にゲームをやらせたがるのか謎だ。
わざわざ自分がゲームをする時間を削ってまで。
『今日は疲れた』と言っていたがその割にはやけにウキウキした感じで部屋を出ていった。
……ともかく。
やると言ってしまった手前、やるしかない。
「実際のところ、興味はちょっとあったんだよな……」
友樹には興味ないときっぱり断ったが、俺も人間。
クラスメイトや自分の家族がこぞって夢中になっていると聞けば、好奇心が刺激される。
これも一つの経験と思って割り切ってしまうのがいいだろう。
「よし、やろう」
俺は、妹から教えられた通り、ゲーム機の電源を入れた。
… … … … …
視界が暗転――次に目に映ったのは、真っ白な世界だった。
果てしなく、果てしない。
どこまでも続く、白。
そんな場所で、意識が浮上する。
「どこだ? ここ」
空間に、俺の独り言の声が響いた。
「…………」
もうすでにゲームの中に俺はいるのだろうか。
ゲーム機のスイッチを入れ、横になって目をつむり、キーンと鋭い音が鳴った途端、意識は途切れ。
覚醒したら、ここにいた。
そんな感じだ。
「こんばんは!」
「うひょお!?」
急に、目の前に女性が現れ、挨拶してきた。
あまりにも唐突に出現したので、素っ頓狂な声を挙げてしまった。
「うふふ、ごめんなさい。驚かせてしまったようですね」
「い、いや。大丈夫です」
「わたくしは、Dungeon・Master・Online――DMOのチュートリアル担当NPC、メルメルと申します! 早速で申し訳ないのですが、あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「え、えっと……」
尋ねられ、どもってしまう。
急すぎて理解が追いつかない。
「むむ、なにやらあたふたなされてますね。もしかして、VRのゲームをプレイするのは初めてですか?」
「は、はい」
めるめる……さんとやらに図星を突かれ、正直に返事をする。
というか、ちゅーとりある……とは何ぞや。
「なるほど、そうなんですね。大丈夫です! 初めての方でもこのDMOを満喫していただけるよう、わたくしが僭越ながらご指導させていただきますので!」
「はあ……」
この女性は、人間なんだろうか…。
頭からウサギの耳が生え、腰のあたりからウサギの尻尾のようなものが生えてるように見えるが。
しかし、ゲームのキャラにしては人間味が過ぎる。
表情も現実の人間とほとんど変わらない。
しかも、俺の反応から俺の気持ちを推測し、行動している。
(これが最先端技術というやつか……?)
人工知能、すなわちAI。
自信満々な表情で胸を叩いているこの女性がゲーム内のキャラだとしたら、化け物じみた技術だ。
この時点で俺はすでに、人類の叡智の結晶の一端を目にして感動を覚えていた。
「では、最初に『ゲーム内での』お名前を教えてください!」
「ゲーム内での?」
「はい! 今これからあなたがプレイされるDMOはオンラインゲーム、つまり、インターネットを通じて他プレイヤーと交流する要素を含むゲームです。多くの方は、現実世界での素性を隠すため本名ではなく偽名を用いています」
「なるほど……」
ゆっくり、丁寧に。
メルメルさんが説明してくれる。
ゲーム内での、偽名。
本名だと個人の特定につながったり、トラブルの可能性が生じるのだろう。
納得し、俺はDMOで用いる名前を口にした。
「マッキーでお願いします」
「マッキー……くすす、なんだか文房具みたいな名前してますね。かしこまりました。マッキー様でアカウント、ユーザー名を登録いたします」
偽名とはいえ人の名前を笑うとは失礼な。
それにしても、本当にゲーム内のキャラクターとは思えないんだが。
直接聞いてみればいいか。
「メルメルさんは、人間ですか?」
「わたくしですか? プレイヤーなのかどうか、という質問でしたら……わたくしはNPC、ノンプレイヤーキャラクター。つまり、人間ではないですね。チュートリアル……あ、ゲームの導入の説明をさせていただきますキャラクターになります」
「その割には、大分受け答えが人間っぽいですが」
「そうですか? ふふ、ありがとうございます! このゲームの製作者様が、とっても優秀なAIプログラムをお造りになられた成果です! わたくしも含め、DMO内におけるNPC以上に優秀なAIキャラクターはいないと言っても過言ではありませんから」
自慢げに胸を張りながら言われる。
本当に、いったいどういう仕組みなのかサッパリだ。
まあ、実際は裏で人間が操ってるのかもしれないし、深く考えるのはやめとくか。
今はゲームを進行させよう。
「それで、名前を決めたらどうすればいいですか?」
「そうですね……VR初心者の方となりますと色々説明させていただきたいのですが……」
「……?」
途中で発言を切り、ジッとウサギ耳の女性に見つめられる。
いったいどうしたのだろう。
しばらくそうされて、急にウンウンと頷きだした。
「……なるほどなるほど」
「はい?」
「あなたは、好奇心、知識欲、それらが旺盛でいて……誰よりも負けず嫌いなんですね」
「——」
「ごめんなさい、ちょっと性格診断をさせていただきました。マッキー様が最大限ゲームを楽しむためのチュートリアルをするために」
「……それで?」
「ご安心ください。恐らく――いいえ、絶対に。マッキー様はこのゲーム……Dungeon・Master・Onlineをプレイすることで、ひとつの転機が訪れることになるでしょう」
「転機?」
「はい。ものごとが転じる機会。つまり、人が変わるチャンスです」
天真爛漫、元気はつらつな語り口調だったメルメルさんだが、今はやや真面目な雰囲気で話している。
内容は少しつかめないが、どこか引き込まれる話し方だ。
「うふふ。ではチュートリアルの続きです!」
パン、と手を叩いて、再び彼女は説明を始める。
結局何だったのだろう。
「召喚、泥人形」
「おお」
疑問に思考を割く暇もなく、今度は茶色い、どろどろした人型が白い地面から出てきた。
「今から、このゲームを楽しむための説明をします。一応マッキー様が理解できるまで何回でも説明させていただきますが、よく聞いてくださいね?」
もちろん、俺は頷く。
無駄に説明させるのも申し訳ないので、一度で全部理解するつもりで。
「DMOの主なテーマは、ダンジョン経営、そしてダンジョン攻略になります。
舞台は、世界各地にダンジョンーー迷宮が存在する『グリードスフィア』という世界。
ゲームが始まると、あなたはとあるダンジョンで目を覚まします。
そこはあなたのための、あなただけの、唯一のダンジョンです。
最初は、自分自身のダンジョンの攻略を目標としましょう。
仲間と協力しても構いません。
一度、ダンジョンから出て、街で装備を整えてから攻略に臨んでもいいでしょう。
まずは、最初のダンジョンにあなたの力を認めさせるのです。
そうすれば、ダンジョンはあなたの力の一部になり――この世界であなたが生きるための基盤となることでしょう。
ダンジョンの経営とはつまり、あなた自身のダンジョンを造り、管理し、成長させることです。
では、今からダンジョン攻略のための第一歩……『戦闘』についての説明をさせていただきます。
準備は、よろしいですか?」
いよいよ、本格的にゲームが始まる。
『戦闘』という非日常的な単語に、心を刺激されるのを感じながら。
俺は頷いた。