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第二十三話


 魔導書の解読方法は、すなわち解毒かいどく

 単純な駄洒落だがゲーム的にありがちな謎解きではないのか、多くのプレイヤーは苦戦していたらしい。

 

 もちろん、八雲さんのように……あるいは、八雲さんに教えた人物のように、解毒薬をぶっかければ解読できることを思いついたプレイヤーもいるだろうが、どうもVRMMO界隈は情報を秘匿する風潮が強いらしい。

 プレイヤーランキングのような、他者と競合する要素があるVRMMOでは特にそれが顕著なようだ。


 DMOも例にもれず、情報の独占を意図して行っているプレイヤーが数多くいるのだろう。

 まあ、たまたまほとんどのプレイヤーが思いつかなかっただけの可能性もあるけども。


「今日の目標は二つ。逆ドームの建物にいる大樹型モンスターと、大百足の撃破。要するにこのダンジョンを今日か明日にはクリアすることだ」


 ナギサさんは眉をひそめて、懐疑的な顔をする。


「現実的ではないのでは……」


「作戦は立ててきたし、ここは現実じゃないから現実的に考える必要もない。それと、魔法がどんな感じか確認しておこう」


 実験体はもちろんマッドモンキー。

 ランク2のモンスターでそれなりに強力なモンスターらしいが、何時間もすでに相手しているのでもはや危険は感じない。


 ちょうどいい的になりそうなマッドモンキーを探し出し、こっそりと狙いをつける。

 ナギサさんが小声で声をかけてくる。

 

「詠唱する必要があるみたいですね……『墓標は黒い海、船底を食い散らかす害虫を恐れよ……呪蟻呼び』。……恥ずかしいな」


 マハリーツクの魔導書を左手に、ナギサさんが呪文を唱えだす。

 確かに、詩を朗読するみたいで気が引けるかもしれない。

 ゲームの中だから気にしなくてもいいと思うよ。


 ともかく、どんな魔法なのか。

 魔法名から判断するに、たぶん蟻を呼び出す魔法なんだろうが……。


「すごい光景だな」


「使う気が失せますね」


 地面にポツポツと、雨に打たれたような大量の黒いしみができる。

 そして黒いしみから、おびただしい数の蟻がゾロゾロ湧き出てきた。

 端的に言ってキモイ。


 しかも、一匹一匹の大きさがやけにでかい。

 十センチくらいはありそうだ。


「このゲームって一応15歳以上対象でしたねそういえば」


「だからグロテスクなモンスターが多いのか」


 戦闘要素を入れる以上、あんまり年齢が若いと精神衛生上よくないという配慮だろうか。

 それでも現に中学生のナギサさんがプレイしているので、あんまり関係なさそうだが。

 

 それとマッドモンキーだったり、百足だったり、このダンジョンが生理的嫌悪感を抱かせるモンスターがいるのはたまたまなのかもしれない。


「ん……蟻、私が動かせるみたいです」


「どうやって?」


「こう、あっちだよ、と念じれば」


 実際、呼び出した蟻たちは統率が取れており、集団で列をなしてマッドモンキーへと向かう。

 移動スピードがゴキブリ並みに早かった。


 なんかグロテスクな予感がするぞと思ったときには、その予感は当たっていた。

 大量のデカい蟻がマッドモンキーの体表にまとわりつき、かじりつき始める。

 当然マッドモンキーも抵抗するが、数秒も経つと動きが鈍くなりついには蟻の大群に呑まれて、シルエットだけになってしまった。

 さらに数秒後シルエットはどんどん小さくなり、マッドモンキーが消失したことを悟る。


 ……ふむ。

 演出は残酷だが……。


「使えそうだ」


「ノーリスクで敵を処理できるのは大きいですね。ただ、操るのは意識を集中しないといけないので、戦闘が始まった後で使用するのは困難そうですか」


「敵を襲っている間も意識向けてないとダメか?」


「えっと……もう少し実験してみても?」


 もちのろん。

 

 その後マッドモンキーを相手に検証を繰り返し、呪蟻呼びの効果を一緒に確かめた。


 この魔法のプロセスは大体、


①十秒ほど時間をかけて蟻を呼び出す。

②術者が念じれば群れの操作が可能。

③いったん敵を捕捉し攻撃が始まれば操作する必要なし、放っておいても近くの敵にかじりつく。

④攻撃中だとしても一分経過した時点で蟻の群れが消失する。

 

 という感じのようだ。

 応用の利く魔法であり、蟻に物を運ばせたりすることも可能で、その気になれば味方の俺を攻撃することもできた。

 MPの概念はないのか、リキャストタイムが1分とやや長めな以外に制限はない。

 

「……大樹の化け物の攻略もはかどりそうだ」


「どういうことですか?」


 対大樹型モンスターの作戦は魔法は使わない前提で立てていたものだったが、呪蟻呼びが予想以上に使える魔法だったのでより確実性が増すかもしれない。


「その前に、もう一個の魔法の効果だけど……」


「私……ぜっったいに嫌ですよ虫を食べるなんて」


 マハリーツクの魔導書のページには魔法の説明が記載されているが、使用できる魔法のもう一つはいろんな意味で使用をためらうものだった。



『蟲喰み』

外道に落ちた魔法使いは、蟲を食らうことで呪力を高め、生命力を増幅させる術を生み出した。

術者のスキルツリーの最大プロセス値よりも低位の虫型モンスターを食べることで、そのモンスターのスキルを一つランダムに得ることができる。

大罪の系統から派生した異端の術は多くが強力だが、使えば使うほど業が溜まっていく。使用するなら相応の覚悟が必要だ。



 ゲーム経験が不足しているせいでこのテキストを見ただけじゃ性能の良し悪しはいまいち判断がつかないが、少なくとも弱くはないだろう。

 魔法の発動条件が虫型モンスターを食べる、というのは本当に昆虫食しろということなのかはわからないが、そこさえ我慢すればこちらが強ければ強いほどスキルをガンガン獲得できることになるからな。

 だが、強さ以前の問題として最後のテキストが気になる。


「業が溜まる……もしかしてデメリットの言及してんのかこれ」


「それとこの、大罪の系統はやっぱり『暴食』のことですかね」


 二人して魔導書をのぞき込みながら考察しあう。

 こんなとき、葉月とか友樹がいれば適切な情報を教えてくれるんだろうけど。

 ないものねだりしても仕方ないか。


 魔法名から考えれば、ナギサさんの答えは正解だと思う。

 大罪の系統というのはスキル系統の一種……だろうか。

 武器のスキル系統以外にも、そういった概念があるのかもしれない。


「蟲喰みを使うリスクが予測できない以上、使うのは保留にしておいたほうがいいか」


「賛成です」


 一度使えば取り返しがつかないことになる、なんてことには流石にならないとは思うが。

 例えば、目が飛び出るほど魅力的なスキルを持っている虫型モンスターと出会ったときなど、どうしても使いたいときだけ使うのが吉だろう。


「それで……いつまでももったいぶらないで、とっとと作戦を教えてください」


「ああ、もちろん。ただし……作業をしながらだ」


「作業?」


 口で説明すると少々長い。

 単純作業は会話しながらのほうが楽しいしな。


 俺は作戦説明兼、作戦実行準備のためにナギサさんを連れて森に入った。



 … … … … …



 バン、バン、バン。

 ガサガサギギギ……ドシャーン。

 ゴロゴロゴロ。

 

 バシャア。

 ヒョイ、ポイ、ヒョイ、ポイ。


 俺とナギサさんの出す音は、以上の擬音で表すことができた。

 作業音にまぎれながら、俺たちは日中の森で作戦会議をする。


「……みたいな作戦なんだけど、どうだろう」


「いえ、あの。頭おかしいんですか?」


 手酷い評価を食らってしまった。

 まあ、実をいうと俺もそう思う。


 俺が提案したのは、第一階層の大樹の化け物、第二階層に潜む大百足、二体の攻略案だ。

 二体ともスケールのでかい怪物で明らかに一筋縄じゃ超えられない俺たちにとっての壁。

 一応の案は思いついたのでナギサさんと共有したのだが……、


「年下の、しかも女子を特攻・・させる……ああ、うん。理屈は分かるんです。分かるんですよ? 分かるんですけど……。マッキーさんって婦女暴行の趣味とかあったり……」


「しない。申し訳ないとはもちろん思ってる……けど、この作戦なら多分うまくいくと思う。ナギサさんが頼りだ」


 それでも、提案された作戦の内容の酷さ……ここでいう酷さとは、倫理的人道的な酷さを指すのだが、彼女はなかなか納得できないようだった。

 めちゃくちゃ渋い顔をして、回復薬の中身を捨てて、空いた瓶にニトロぼっくりを拾い集めている。

 

 俺はその姿を見て、仕方ない、とため息をついた。

 もちろん、失望のため息でも、妥協のため息でもない。

 腹をくくる……覚悟のため息だ。


 俺がしていた作業である丸太を転がす手を止め、俺は彼女に向き直り、言葉をかける。


「いいかい、ナギサさん」


「はい」


「このゲームを攻略するためには、俺も君も、外道に陥るのが一番の近道なんだ」


「……あの、重ね重ね申し訳ありません。頭大丈夫ですか?」


「まあ聞いてほしい。ソロ探索系アクションRPG『エルドラード・トラベラー』の攻略サイトで識者はこう言っていた。

 『常識ほどゲームの攻略を妨げるものはない。事実、上位プレイヤー程常識を捨て去った変人であることが多々あり、彼らはありとあらゆる固定観念を破壊することに長けた超人……いや、狂人ともいえる。

 つまり、早々に狂うことがゲーム上達への近道である』、とね」


「…………」


 ゲーム内世界では当然のことながら、現実世界では起こらないことが起こる。

 それはどんなにリアル指向を売りにしているゲームでも例外はない。

 むしろリアルさを売りにしているからこそ普通とは真逆の思考法がうまくいくことも多いらしい。


 俺もさすがに過言が過ぎるだろうとこのテキストを読んだとき思ったが、VR動画専門の投稿サイトで実際にプレイ実況を閲覧して、根本から考え方を覆された。

 

 

 その脳内革命は、一人の実況者『狂走ポン酢』によってもたらされたものだ。

 

 初めて会ったNPCはとりあえず殴る。

 崖があったらとりあえずNPCを突き落とす。

 壁があったらとりあえず向こう側に行けないか人目をはばからず突撃する。

 店に入ったらとりあえず放火する。


 効率を勝ち取るために得てして達人は外道へと堕ちるらしい。

 

 確かに、魔王を倒すために勇者一行が住居侵入、窃盗、公然わいせつを繰り広げることは漫画やアニメの中でコメディーとして風刺されているのをみたことがあるが、それがゲーム内で咎められることはない。

 現実であれば犯罪となる行為を高笑いしながら率先してやっていく彼らの姿はゲーム内であれば勇姿としてとらえられるのだ。


 罪悪感など抱くほうがおかしい。

 急がば回れ?

 そんな言葉は「時は金なり」ということわざを知らない義務教育敗北者の妄言だ。

 垢バン行為、チート以外なら使える物と者はなんでも使え。


 過激な思想はしかし、ゲームにそれほどなじみのない俺にとっても感銘を受けてしまうくらいには筋が通っていた。

 現実ではやっちゃダメなことは、ゲーム内ではやっていいのだ。

 目からうろこだった。


「狂走ポン酢の畜生道チャンネル。ナギサさんもぜひ登録してほしい」


「マッキーさん洗脳されてません?」


 失敬な。俺は正気だ。


 ちなみに、狂走ポン酢の名前は、料理系VR戦争ゲーム『ソース・オーダーメイド』の有名NPCの名前に由来するらしい。

 中濃ソース、ゴマダレ、ポン酢、塩、タルタルの5派に分かれて料理を作り、審査員であるNPCに食わせて高評価を獲得するのが勝利条件なゲーム。

 なんでも、NPCの味覚がぶっ壊れているためまともな料理勝負ができず、なぜかRPG的なステータスのパラメーターがキャラクターに設定されていることを理由に、いかに料理を用いて審査員と相手チームを殺害するかが肝になっているとのこと。

 狂走ポン酢は、バトルロワイヤル系のゲームでいうところの補給物資だとかなんとか。

 実況動画内で痛く視聴者にプレイをお勧めしていたが、反応は薄かったようだ。


 閑話休題。

 ともかく、ナギサさんを説得しないと。


「俺は、このゲームを攻略するために外道に堕ちることに決めた。ナギサさんはどうする?」


「い、意味が分かりません。別にそんなことしなくても攻略できるのでは……」


「ナギサさんはどうしてこのゲームを始めた? なんで、このゲームをやってる?」


「え?」


「俺はもともと妹をゲームの沼から引っ張り上げるために始めた。けど、ぶっちゃけ今は純粋にこのゲームを確かめたくなってる」


「確かめる……?」


「自分で言うのもなんだが、俺は人よりも勉強ができる。加えて新しいことを始めれば、だいたいそつなくこなせる。だけど、DMOは今のところ失敗だらけだ」


 ゲームなんてすぐ飽きるもの。

 俺は今までそう決めつけていた。

 だが、俺がやってきたゲームはすべてモニターの中のキャラクターをコントローラーを用いて動かすひと昔前のゲームだけ。

 

「DMOは、飽きない。直観だけど、俺にとって人生の退屈を潰せるゲームになるかもしれない」


 なにせ、自分が画面の中に入って戦い、考え、成長するゲームである。

 もう一つの現実(仮想現実)とはよく言ったものだ。

 

 DMOの世界は見るもの感じるものすべてが新鮮で、しかもアップデートが可能ときた。

 ワクワクしないはずがない。

 可能性を感じずには、いられない。

 

「ナギサさんも一緒に確かめないか。やるなら本気で、全力で楽しみに行こう」


「…………」


 しばらく呆気にとられるナギサさん。

 たかがゲームに何をそんな、と思っているのかもしれない。


 けど、俺にとってゲームだから何だからなんて関係ない。

 楽しければ全力で。

 負けたくなければ死に物狂いで。

 楽しいことは本気でやりこめばもっと楽しいのだから。


「……ですね。魔導書を解読できたのはマッキーさんのおかげですし、その借りを返しましょう」


「おお。分かってくれたか」


「共感できなくもないですから。でも、女子を特攻させるのはどうかと思いますよ?」


 呆れ笑顔だが、彼女は固かった表情を緩ませる。

 その点に関しては本当に申し訳ない。


 そして、彼女はちょっぴりと楽し気に言った。


「なってあげようじゃないですかーー爆殺少女に」



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