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第二十一話


 VRゲームはゲームの世界への没入感を売りにした現代の主要な娯楽だ。

 広いスペースを用意して体を振り回し、視覚と聴覚だけトリップしていた時代は既に遠い過去となり、今では五感全てを現実世界から切り離す技術が確立されている。


 具体的には、五年前。

 「Another Ficiton」というジャンルで言えば王道RPGに属するフルダイブ型のVRゲームの発売が発端となり、初期は一人用のRPGやアクションを中心に、技術がさらに発展するにつれてVRMMOのような大規模サーバーを必要とするソフトも世に出回り始めた。


 初期のころはゲーム内での動きと五感とのリンクが個人個人によって差異があったり、そのせいで3D酔いや体調不良を訴える者が続出したり、健康上の問題点が多かったらしい。

 他にも画質の粗さ、現実の自分の体と仮想体アバターの体格の違和感、脳内スキャンによって読み込まれた個人情報の漏洩……等々、批判の的になる要素を排除しきれない企業がほとんど。

 

 VRMMOモノの小説やアニメを観てその実現を心待ちにしていたユーザーたちの主たる反応としては「思っていたのと違う」だったようだ。

 

「で、最近ではそれも改善されてDMOを始めとしたアクションジャンルや『Seven Star』のような戦争ゲー、それから人気のアメコミをゲーム化した『Monster.Mr』、AFを大幅に改善リメイクした「Another Fiction Drive」等の大作が人気で、DMOはその中でも異世界らしいファンタジーな世界を特に実現できていることが大いにユーザーの心を掴んだものだと思われる……か」


 放課後、家に帰る前に寄った本屋で月刊『Virtual/Fusion』なるゲーム雑誌を立ち読み情報を仕入れていた。

 現状、他プレイヤーに比べて情報量で圧倒的に劣っていて、かつDMOの攻略サイトを見ないことにした俺だが、それでも情報を仕入れる手段はある。


 ゲームに不慣れな俺が最優先で入手すべき情報は、DMOに限らずゲームに共通する概念やシステム、用語等の基礎的な知識だろう。

 攻略を進める際のセオリーとかは、同じジャンルであればそれなりに共通するはずだろうし、DMOのネタバレを喰らわないように注意しながら他ゲームの情報をつまみ食いすることにしたわけである。


 中でも最新の情報は本屋で入手するのが一番だと思い、とりあえずVRゲームの雑誌を手に取っていたところだった。

 新作情報だったり広告だったり、後は製作者のインタビューだったり、攻略には余り関係ない事柄がほとんどだったが新鮮で普通に面白い。


「しばらくはタブレットで他ゲームの攻略サイトで情報収集するか……」


 やっぱり文明の利器が一番早いかな。

 DMOの攻略サイト以外であればセーフにしておこう。

 

 ゲームをやる上で自らに制限を課すことを「縛り」というらしいが、縛りプレイが目的なのではなくてDMO関連のネタバレさえしなければ後は割と自由に攻略方法を考えるつもりだ。

 じゃないとマジで埒が明かなそうだし。


「勉強と同じ要領でやればなんとかなるだろ」


 勉強はゲームとかいう格言があった気がするが、勉強の方に今まで重きをおいてきた俺にとってはゲームも勉強だ。

 先人の知恵に学びつつ、新しきを開拓す。

 これ世の理なり。


 そろそろ家に帰るかと、立ち読み用の試読タブレットを元の場所に戻しパッケージのカードを手に取る。

 紙の本は万引きの被害にあったり、人が立ち読みするうちに損傷したりするから今では商品棚には置かれていない。

 古本屋でもない限り、どこの本屋でもタブレットで試し読みして気に入った本があればレジで購入する形になった。

 つい何年か前と随分と光景が変わってしまったものだ。


 まだ十代であるにも関わらず時代の移り変わりに哀愁を感じていると、ツンツンと肩を叩かれる。


 振り向くと、ぶにっ、と柔らかく細い指先が俺の頬に突き刺さった。


「……何してんの、八雲さん」

「あ、ご、ごめん。ちょっとやってみたくて……」


 俺の背後にいたのは八雲美里さんだった。

 女子の間では外出中に知り合いを見つけたら背後に回って指を相手の頬にぶっ刺すのが普通なのだろうか。

 

 面白い習慣だなと特に気にせず、八雲さんの様子を伺う。

 お互い学校帰りだから、当然制服だ。


「横山君、奇遇だね」

「八雲さんこそ。こんにちは」

「うん、こんにちは」


 純真な笑顔で挨拶されると自然とこちらも笑顔になる。

 清楚さすら感じさせる、黒く真っすぐな瞳が俺の手元に向けられていた。


「その雑誌……」

「ん? ちょっとした情報収集の一環で」


 三分の一ほど立ち読みしたVitual/Futureだが、後半の記事にDMOの特集があったので購入することにした。

 目次を見た感じ製作者インタビューとゲームのレビューが主っぽいから買って家で読もうとした次第である。


「横山君も始めたんだってね。DMO」

「昼休みの会話、聞いてたのか」

「ごめんね。たまたま聞こえちゃって。横山君もゲームに手を出しちゃったんだなぁって」


 昼休み中にこちらを見ていたのは、俺と友樹の話の内容が耳に入ってしまったからだったようだ。

 先週の金曜日に下駄箱のところで彼女と会って、俺がゲーム未経験者であると話した矢先に友樹との会話が聞こえてきて気になってしまったのだろう。


「やっぱり苦戦してるみたい?」

「まあ、まだプレイして二日三日ってとこだし。それにむしろ……」

「むしろ?」

「簡単じゃないほうが、面白い」


 チュートリアルでメルメルさんが気になることを言っていた。

 DMOをプレイすることは俺にとって一つの転機となると。


 その予兆というべきか、俺はDMOにハマリ始めている気がする。

 昨日に至っては徹夜までする始末だ。

 ここまで一生懸命になるつもりもなかったのだが、負けず嫌いな性分ゆえか、気づけばあの巨大な百足を倒す方法を考えてしまっている。


「世間様が熱中する理由が分かったよ」

「えへへ、そうだよね。私も、なんでみんな揃って夢中になってるんだろうって気になってたんだけど、自分もやってみて納得しちゃったもん。あ、これは確かにウケルなって」

「……俺にとっても、意外だったんだよな。八雲さんもDMOやってるのが」

「え? どうして?」

「クラスのマドンナって言われてる存在が虜になってるゲームなんて、あまり想像もつかなかったから」

「あはは……お恥ずかしい。そんな大した存在じゃないんだけどな。

 ……それに、横山君こそ。学年一位の人がDMO始めたって早くも噂になってるよ。クラスグループの中で」

「は?」


 何だそれ。

 てか早すぎないか情報出回るの。


「昼休みの神崎君との会話、私以外の子も聞いてたみたい。

 『銀杏高校の天才、ついにDMOデビューか!?』ってチャットのグループの話題にあがってた」

「勘弁してほしいんだけど……」

「女子の中で横山君結構人気あるんだよ、知らなかった?」

「……初耳。どういうこと?」

「チェッキー曰く、頭脳戦デスゲームの強キャラ感があるとかで、ファンが多いらしい」

「マジか……」


 よく分からない例えだ。

 あとチェッキーって誰だよ。


「……だから、私もちょっと気になってたんです」

「はい?」

「……あの、よかったらなんだけど。横山君私のキャラバンに入らない?」


 一瞬、何の話だと思考が巡って、葉月から教わったDMOにおける重要単語の一つが思い当たる。


 キャラバンとは、他ゲームで言うところのギルドやクランにあたる概念で、つまるところ親しい仲間同士で作ったパーティーシステムのことを言う。

 

 キャラバンの規模は大小さまざまで、基本的に二人から設立可能。

 大規模なキャラバンになると百名を超えるキャラバンも存在するらしい。

 同じキャラバンに入っていれば共有ダンジョンが利用可能になったり、メンバーであれば特別価格でアイテムを取引できたり、あとは協力プレイがしやすくなったりなど、恩恵が多々あるようだ。


「どうして俺を?」

「今、人員募集してて……」

「八雲さん以外にも誰かメンバーいるのか?」

「えっと……まだ私だけ」


 まだ設立すらできていないキャラバンに俺を誘う理由とは一体何なのでしょうか。

 八雲さんが初期メンバーに俺を選ぼうとする理由が分からない。

 もしくは他にも何人か誘っているのか。


 キャラバンに入ること自体に大きなデメリットは特にないらしい。

 らしいが、ゲームの中でまで人間関係に気を遣うのも面倒な気がしなくもないのでとりあえず断っておこう。


「申し訳ないけど、やめておく。初心者が足引っ張るのも悪いし」

「わ、私も初心者だから。気にしなくても……」


 ……?

 やけに必死だな。

 

「というか、お姉さんがいるんじゃなかったっけ? 他にも八雲さんならわざわざ一から作らなくてもクラスの仲いい友達をメンバーに誘えばいいのでは……」


 と、そこまで言ったところで八雲さんが俺を睨んでいることに気付いた。

 俺の方が身長が高く、上目遣いの睨みになっているため怖くはないが。

 顔が赤いのが気になる。


「横山君って、意外とデリカシーない?」

「いや、デリカシーって……」


 女子にそういうことを言われると結構傷つく……。

 しかし、意図が不明な提案を受け入れるのも何だかなぁ。


「同じ初心者同士、仲良くやりませんかっていうことなんですけど」

「あ、なるほど……なのか?」


 それにしてもなぜに俺?

 氷解しない疑問は相変わらずで、それゆえに俺は提案の是非を判断しかねてしまう。

 

「もし、私のキャラバンに入ってくれたら魔導書の解読方法教えてあげるよ」

「は?」


 つい、間抜けな声が出てしまう。

 俺の反応が面白かったのか八雲さんはイタズラな笑みを浮かべている。


「神崎君に聞いてたよね。魔導書の解読方法。攻略サイトにも載ってないらしいけど、私、知ってるよ」

「どうしてそんな情報八雲さんが持ってるのさ……」

「どうする? 横山君」


 嘘はついていないだろう。

 すぐにばれる嘘だ。

 キャラバンは抜けようと思えばすぐに抜けられるそうだから、そんな刹那的な嘘はつかない。


 だとすれば、一番知りたい情報の一つが今ここで知れる状況にあるわけだが……。


「いや、別にいいわ。気持ちだけ受け取っておくよ」

「うえ……い、いいの? お姉ちゃんも言ってたけど、ほとんどのプレイヤーは知らないらしいよ?」


 情報の出処は姉だろうか。

 それとも八雲さん自身が発見したのか。

 まあ、どっちでもいい。

 

「思いついた解法を試さずに、答えを見たくないし」


 唖然としている八雲さんには申し訳ないけど、解読できている人間がいるということ自体が既にヒントだ。

 しかも、わざわざ交渉材料として持ち出すくらいなのだから、俺でも実現できる方法だろう。

 なら、試すべき案はある。


「それじゃあ、俺そろそろ夕飯の時間だから。またね」

「あ、うん……時間取らせてごめんね」


 とりま、怪しい話をうまく断れたので喜んでおくことにしよう。

 

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