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第二話


 妹の部屋をノックすると返答はなかった。

 恐らく、今もゲームをしているのだろう。


 ドアを開けようとすると、すんなり開く。

 鍵を閉めてるかと思ったが、そうでもないようだ。

 

 女の子らしい、ちゃんと整理整頓された綺麗な部屋だ。

 部屋のレイアウトは俺の部屋とほとんど同じで、棚とかの家具の位置が少し異なるくらいの差。

 ベッドには、何かのキャラクターのぬいぐるみに埋まっている妹の姿があった。

 頭には黒いヘッドセットが装着されていた。

 VR用の機器だろう。


「起こしても大丈夫なのか、これ?」


 無断で部屋に侵入している罪と、ゲーム妨害の罪。

 反抗期の妹にとっては重罪だろう。

 

「まあ、出直すのも面倒だしな」


 そういうわけで、俺はベッドで毛布にくるまってゲームをしている葉月の体に触れる。


 毛布の上から手を置き、ゆさゆさとゆすってみる。

 返事がない。ただの屍のようだ。


 次に、頭。

 ヘッドセットには触れないように、黒いツインテールの髪の根っこの部分をつかみ、グラグラと頭を揺らす。

 効果はいまひとつのようだ。


「これ、防犯の観点からみたら結構危なくないか?」


 仮に家に一人で留守番をしていて、泥棒とかが入ってきたら。

 この状態ではとても対処できまい。


 と、思ったら。


「んん……なにぃ?」


 体をもぞもぞと動かして、妹が起きる。

 ヘッドセットを取り外し、まだ幼げな顔を晒して。

 

 俺と目が合った。


「え?」


「よう」


――――バチン‼


「キャアアアアア‼」


 悲鳴とともに乾いた音が鳴る。


 なんで俺ビンタされてしまうん……?


「痛ぇよ」


「きゃ、きゃああ……」


 めちゃくちゃ動揺されすぎて、俺もどうしたらいいかわからない。

 とりあえず、もう一度攻撃を加えられないように距離を取って彼女が落ち着くのを待つことにする。


「落ち着いたか?」


「な、なんで兄貴がいるのよ‼」


「いきなり起こしてごめんな。ちょっと葉月の力を貸してほしくて」


「は、はあ!?」


 目が飛び出そうなくらい驚かれている。

 俺もいきなり暴力を振るわれて驚いてるよ。

 ほっぺ腫れてないよなこれ?


「力を貸してって、何よ!?」


「まあ、そう怒るなって。言葉の通りだ。俺の話を聞いてほしい。時間をくれないか?」


 なるべく刺激しないように丁寧な姿勢をこころがけ、俺は頼む。

 効果があったのか息を荒げていた妹も段々落ち着いてきたようだ。


「……怒ってないし。あと、兄貴のことなんか知らないし。あたし、忙しいから」


 ゲームで忙しい、という意味だろう。

 まあ、そのくらいの拒絶は予想していた。


 だからこそ、俺はあらかじめ考えていた話を展開する。


「俺の友人にさ、八雲さんっていう人がいるんだけど」


「はあ? いきなり何、兄貴の彼女? 恋愛相談なんて、絶対ヤダし」


「残念ながら、そうじゃない。DMOってゲーム知ってるか?」


「……! 知ってたら、何?」

 

 葉月の顔色が変わる。

 間違いなく、知っているような口ぶりだ。

 というかやはり、葉月がいまやっているゲームはDMOなのだろう。

 予想以上に簡単に話が進みそうだ。


「よかった。知ってるのなら話が早い。八雲さんもDMOにハマっているらしいんだが初心者みたいでな。ちょっと色々困ってるみたいなんだ。今日たまたまそんな話を聞いて、俺の妹がゲームに詳しいって言ったらぜひ紹介してほしいって頼まれたんだよ」


「え!?」


 何勝手に自分のことを話してるんだ、と怒られるかと思ったがそんなこともなかった。

 

「そんなわけで、頼まれてくれないか?」


「そ、そんな急に言われても……あたし、その人知らないし」


「ああ。だから、直接会ってくれなくてもいい。後でお前のチャットアプリのアカウント八雲さんに教えるから、そこで八雲さんの相談に乗ってくれないか?」


 疎遠気味になっている兄に突然こんなことを頼まれれば、そりゃあ困惑するだろう。

 妹は決めかねている様子だった。


「無論、ただとは言わないさ。何でも一個、葉月の願いを聞いてやる」


「な、何でも?」


「ああ。それに、八雲さんは千年に一人の善人だ。すごく優しい人だから、きっと話したら楽しいぞ」


 反抗期の子供が話を聞く相手、というのは限られている。

 まず、両親の言うことには絶対に耳を貸さない。

 次に無視されるのは兄弟姉妹の言葉。

 で、次に学校の先生。

 例外はもちろんあるが、大抵はこれらの関係性の人間の言うことには耳を傾けないだろう。


 逆に、これ以外の――つまり、『他人』という存在であれば、反抗期の中学生でも比較的抵抗なく話を聞いてくれることが多い。

 そして、その話の内容が、葉月の好きなゲームについてであれば、なおさら食いつく。

 自分自身の好きで得意なものを他人に教える、という行いを嫌がるのは余程の省エネ主義者くらいだろう。

 今の葉月の状態を変えさせるきっかけになるのにふさわしい『他人』——それが、八雲さんだ。


 年の離れた、高校生。

 話したことなど一度もない。

 だが、『俺の知り合いの女子』という条件が加われば、これ以上ない適切な距離感が構築される。

 

 葉月は、別に孤独を望んでいるわけではない。

 たまに家に友達を連れてきていることもある。

 だが、普段の友人とつるんでるだけでは変化は訪れない。


 完全な第三者であるが、完全な赤の他人というわけでもない人間。

 八雲さんには申し訳ないが、利用させてもらうことにする。


 いきなり顔を合わせさせてお見合い状態になってもらっても困るので、まずはメッセージのやり取りだけで仲良くなってもらおう。


「………………分かった」


「本当か!? ありがとう!」


「うひゃあ! やめろぉ!」


「うおっ、危ねぇ!」


「調子に乗るな、バカ兄貴!」


 演技でオーバーに喜ぶふりをして葉月に近づくと、手元にあったぬいぐるみを振り回された。

 うけけ、やっぱ葉月は葉月だな。

 妹の反抗期なんて可愛らしいものだ。

 

 と、まあ。

 こんなもんだろ。

 

 俺は妹更生作戦の第一段階の成功を確信する。

 俺の作戦を簡単にまとめれば、八雲さんという第三者の力を利用して俺と妹の間の距離を縮め、それからうまい具合に妹を説得する、というものだ。

 どういう風に説得するかはまだ考えていないが、ひとまず疎遠になっていた兄妹関係を直すことが先決だ。

 

「じゃあ、承諾してくれたって八雲さんに伝えとく。多分、そのうち連絡がいくと思うから」


 今回の作戦で一番不安なところだ。

 当たり前だが八雲さんには何の話も通してない。

 事後承諾のような形だ。

 だが、彼女の人当たりの良さや、普段の教室内での振る舞いを見る限り、俺の頼みを聞いてくれる可能性は低くはないだろう。

 もし断られたときのプランも一応は考えてあるが、その場合葉月からの好感度が下がってしまうだろうからなるべくうまく事を運ばなければならない。


「ほんと、ありがとな。あと、お願いの内容は決まったらでいいから教えてくれ。それじゃ、俺は自分の部屋に戻るから」


 中学二年生のお願いなどたかが知れてる。

 流石に高級すぎる装飾品とか、実在しないものは要求されたりはしないだろう。

 

 最初から深く踏み込みすぎるのも、逆効果だ。

 十分すぎるほどの成果は上げられたし、俺は今日は休むことにする。


 ……しかし、


「待って」


「ん?」


 葉月に背を向け、ドアに手を掛けたところで葉月が声をあげる。


「さっき、何でもお願い一つ聞くって言ったよね」


「ああ。言ったな」


 振りむいて、返答する。

 葉月はぬいぐるみを抱きかかえながら、俺に視線を向けていた。

 まさか、もうお願いの内容が決まったのだろうか。


「……」


 やや、間が空いて。


 俺の予想通り、次の瞬間葉月はお願いを口にした。

 


 ……ただ、その内容は思いもよらぬものだった。



「兄貴、これ貸してあげるから、自分でやってみてよ?」


「は?」


 葉月は先ほどまで彼女自身が装着していたVR用のヘッドセット機器を差し出す。


「やっぱり、あたしが教えるのだるいし。今日はあたしもう疲れたから……兄貴、自分でプレイしてその八雲さんって人に教えればいいじゃん」


 視線は合わさず、ぶっきらぼうにそんなことを言う葉月。

 なんだか、変な方向に話が進みそうになっている。

 

「いや、俺はそういうゲームやったことないし、無理だろ」


「じゃあ、知らない。あたし、そんな知らない女の人に教える気なんて全然ないし」


「ええ……」


 契約を結んだ直後に、契約の不履行を宣言されて俺は思わず困惑してしまう。


「あと10秒以内に決めて。あと、断るなら早くあたしの部屋から出てって」


 そう言って淡々と時間を数え始める妹。

 

 こうなるのは予想外だった。


「はち、きゅう……じゅ」


「わかった! やる。やるよ」


「遅いし。でも、ま、許してあげる」


 そうして、葉月の思惑を理解することができぬまま。

 俺は葉月のお願いを聞くことになってしまった。



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