第十九話
葉月から聞き出したことを実践・検証・その他もろもろするため、翌日の日曜日は朝からゲーム三昧デーにすることに決めた。
「ウェルカム兄貴、ゲーム廃人の世界へ」
などと葉月に茶化されたが、リアルとのメリハリはしっかりつけるつもりだ。
DMOのやりすぎで現実生活が無事に終了しないように気を付けたい。
さて、すでにログインは完了し、現在はダンジョンの中……荒廃した遺跡跡にいる。
「ええと、確か……『マップ』」
葉月から聞いた情報を試してみると……おお、すげ。
何回見ても見慣れない新鮮な光の粒子。
ファンタジーなエフェクトが集まって、手元に地図が出てきた。
ごわごわした手触りだが、むしろ味があっていいなこれ。
「最初のダンジョンは何故か地図がこうして親切にも用意されてるらしいけど……」
新しく攻略するダンジョンとか、未開拓フィールドとなるとそうもいかないらしい。
街に行けば自分がまだ行ったことのない場所の地図も買えるらしいが、最初のダンジョンが未攻略の状態だと街で行えることに制限がかかってしまうそうだ。
買い物もその一つで、買い物がダメとなると街の機能の大半が使えなくなるのでさっさと最初のダンジョンを攻略した方がいいとのことだった。
「チュートリアルでメルメルさんが言ってたことと齟齬が結構あるんだよなぁ」
街で装備を整えてから初期ダンジョンの攻略に乗り出してもいいと言っていたような気もするが……もう、チュートリアルで学んだことはほとんど役に立たないと思った方がいいかもな。
彼女がポンコツなAIだった可能性もあるし。
「SPからまずは稼ぎますか」
大山さんに言われて獲得したスキルの威力の検証もしたい。
威力増強(中)と威力増強(強)のスキルを取ったことで、本当にこの銃の威力が上がるのかどうか。
これで相変わらず豆鉄砲みたいな威力だったら、いよいよ肉弾戦を本格的に視野に入れ始めるつもりだ。
地図で大体の地形を把握して、そのまま地図を手放すとまた光の粒子になって消えた。
銃をホルダーから抜いて、素人なりに構えながら遺跡を歩き始める。
遺跡の景色は昨日一昨日と相変わらずで、太陽らしき恒星が遺跡の崩れた岩壁を照りつけ、やや強い風が遺跡を囲んでいる木々をざわめかせていた。
「モンスターがいなければ、外国の未踏地を歩いているような気分だ」
実際は悍ましい顔つきの猿型モンスターが闊歩しているので、ピクニック気分にはなれない。
岩壁を曲がった先にちょうどこちらを振り向こうとしているマッドモンキーを発見したので、踏みとどまって身を隠す。
戦闘スタイルは今回は割と正面から行ってみるつもりだ。
デスペナ……もほとんどないに等しいことが分かったし、葉月からさんざんどやされたからというのもある。
原始人みたいな戦い方はやめろと言われても、銃の威力が低すぎて使い物にならなかったのだから仕方ないだろうに。
壁から少しだけ顔を出して様子をうかがうと、マッドモンキーは壁に寄りかかって毛繕いらしき行動をしていた。
動物そっくりの挙動も、現代のAI技術は可能にしてくれるらしい。
見た目が愛らしいモンスターだったら、攻撃を躊躇してしまいそうだ。
マッドモンキーはただ嫌悪感しか湧かないような見た目だから、ためらわずに照準を合わせることができる。
周囲への注意もしながら、なるべく頭を狙って銃口を向ける。
風の音と、時折聞こえる動物の音。
引き金を引くと、火薬の弾ける音が遺跡に響き渡った。
うるさい、けれど今までとは違う銃身に伝わる確かな感触。
銃撃の反動が、銃身を握る手を麻痺させる程の威力に向上していた。
「しかも、一撃って」
正確に頭部を撃ち抜かれたマッドモンキーは悲鳴を上げることすらかなわずに地面に倒れ伏した。
毛繕いをしている最中に襲撃したので、少し無様な格好で倒れている。
「モンスターを倒して素材を得られるのは、初期ダンジョン攻略後って言ってたな……」
今の俺はストーリー上、『ゴースト』と呼ばれる魂だけの存在らしい。
『迷宮に迷い込んだ魂は、試練を経て新たな肉体を手に入れる』。
最初のダンジョンを攻略すると新しく人間に転生できる、ということだ。
実はこの遺跡も、地下の洞窟も、そして蔓延るモンスターたちも試練用に生み出された幻覚の類。
だからモンスターを倒しても素材は得られないようだ。
ただ、ダンジョン内で獲得したアイテムは一部インベントリに保存されるらしく、白銀さんが手に入れた魔導書もその一つなのだろう。
ゴーストという魂の姿で戦っても、SPもちゃんともらえるのが救いだ。
「……それよりも」
銃の威力は、予想以上に上がっていた。
マッドモンキーに対しては頭部一発で倒せるほどに。
しかし副作用として問題が一つ。
「……まあ、予想はしてたけどな」
威力が大きくなった代わりに、銃音もデカくなった。
遺跡内に響き渡った銃音は、モンスターたちもやはり反応するらしい。
周りにある木々の間から、遺跡の岩壁の陰から、崩れかけの天井の上から。
いろんなところから白い猿がこちらを覗き込んでいた。
大山さんに言われて仕方なく銃を鈍器として扱うのはやめにしたが、銃声の問題がある以上はやはりこれまで通り扱おうかな……。
「2……6…………12匹か」
どういうわけかマッドモンキーは仲間どうしで吠え合って、なかなか手を出してこない。
見たところ肉食でもおかしくなさそうなモンスターだし、誰が獲物に一番乗りで食らいつくか争ってるのだろうか。
何にせよ、どう行動しても絶体絶命なことには変わらないので。
先手をとらせてもらうことにしよう。
一番近くにいるマッドモンキーの頭に素早く一発。
今度は頭部ではなく当てやすい胴体に撃ち込む。
しかし、
「頭以外だとやっぱ耐えるか」
少しひるんだだけで、咆哮が返ってくる。
銃でボコスカ殴ってた時にある程度マッドモンキーの身体の硬さは分かっていた。
ワックスを塗りたくったかのようにべたべたした体毛に覆われた身体は、殴るたびに銃が弾かれて手から離れてしまいそうな殴り心地だった。
銃撃にも、それなりの耐性があるらしい。
この状況だったら頭部一発を狙いまくったほうがチャンスはあるか。
俺が発砲したのを皮切りに、いよいよ痺れを切らした個体が出始める。
さっき胴体に撃ち込んだやつを含め、三匹くらい一度に襲いかかってきた。
現実よりも身軽な体でうまくステップを踏み、飛びかかってきた猿から距離をとる。
まだ傍観している猿もいるので、そこまで焦ることもない。
引き金を一秒ほどの間隔で二回引く。
「狙いがやっぱ定まらないな……」
一応飛びかかってきた猿の内一匹に当たったが、残念ながら二発とも胴体。
やはり効き目は薄そうだ。
弾は無限にあるが、この数相手にリロードをする暇はない。
今マガジンに装填されてる弾が尽きれば、逃げの選択肢一択だ。
腹を括り、ひとまずは猿の数を一匹でも減らすことを目標に隙を伺う。
マッドモンキーの習性なのか、それとも侮られてるのか分からないが、十二匹一斉に遅いかかってくるということはなく、常に三匹前後の数で飛びかかってくる。
飛びかかる直前に予備動作があるので、非常に避けやすい。
ただ、次から次へと猿が前後左右の方向から襲撃してくるので、息をつく暇がなかった。
ジリ貧なんていう言葉がぴったりだな。
もちろん、追い詰められつつも策は講じている。
ゲームゆえに肉体的な疲労がない分、精神的な余裕はある。
猿たちだけでなく、視界に入る周囲の背景にも俺は気を配っていた。
「ほらほら……こっちだ……!」
猿の爪が掠め、顔を歪ませながらギリギリ前転で回避する。
映画でしか見たことのない回避方法だが、ゲームの中だとスムーズにできて気持ちがいい。
バク宙とかもできるか後で試してみよう。
さぁ、あともう少し。
猿たちと不格好なダンスを踊っている間に少しずつ移動……誘導したおかげで、周囲の情景に『絶景』が混じり始めた。
つまり、
「よし、カモン!」
――崖を背に、猿が飛びかかるのを待ち構える。
一匹、冷静さの欠片もないマッドモンキーが喚きながら迫ってきたので……
「そぉっ――れっ!」
猿に腕力で勝てるとは思わないので、取っ組み合いではなくそのまま闘牛士のように体を翻す。
試みはうまくいったようで、マッドモンキーは崖のゴツゴツした岩壁にぶつかりながら峡谷に落ちていった。
一歩間違えれば猿もろとも崖下に真っ逆さま。
ただ、俺は死んでも生き返るので、そこまでの恐怖はない。
猿たちに果たして恐怖の感情の感情があるのかどうかは分からないが……
「割とビビッてそうだな、おい」
さきほどまでの怒涛の勢いは一転、ただ汚い鳴き声をあげるだけで襲い掛かってこない。
今ちょうど一匹落として見せたのがいい見せしめになったのだろう。
これなら、作戦はうまくいきそうだ。
崖から落ちる恐怖に躊躇して威嚇行動を続けるマッドモンキーの頭を銃で撃ちぬく。
ここまでくれば後は単純な作業。
一匹、二匹と同胞が減るにつれ後に引けなくなったのか、がむしゃらに猿たちが突っ込んでくるときがあったが、そういう場合は焦らずに一旦崖から距離を取って回避し、また位置調整して崖を背後に猿たちを相手とる。
何回か繰り返すと、いつの間にかマッドモンキーの群れの撃退に成功していた。
「……ふぅ」
落ち着いたところで、スキルツリーを確認。
SPの数は……
「……残りSP、2か」
普通に苦労したつもりだったが、1SPしか稼げてない。
なかなか苦労しそうだ。