第十八話
夕食の時間。
献立は白米、酢豚、シュウマイ、おひたし、大根の味噌汁。
ごく一般家庭の庶民的な品揃え。
横山家の土日の夜は、家族四人で食卓を囲むのが日常だ。
母と父、俺と葉月。
ただ、今日は父親は不在だった。
仕事の同僚と飲みに行っているらしい。
三人での食卓は、基本的に母が主導権を握っていた。
「でね、この前の保護者会で前田さんったら、『お宅の息子さんは勉強ができてうらやましい』なんて言っててね。母さんも鼻高々だったわぁ」
「前田さんって……凪のご両親の?」
「そう。凪君が時々前田さんのうちでまーくんのこと話してるらしいの」
「……なんて?」
「うふふ、秘密ー」
お茶目に笑いながら味噌汁をすする母。
会話は母が主に喋って、俺がそれに相槌をうったり返答したりで成り立っていた。
葉月はというと、黙々とおかずの酢豚と白米を交互にパクついている。
反抗期でも飯は文句言わず食うあたり、微笑ましい気持ちになってしまうな。
「あ、そうそう。父さんが今度の日曜日、家族でどこかに行こうって」
「来週の日曜? 旅行ってこと?」
「旅行って程じゃないけど、ドライブに連れてってくれるみたい」
「へえ。それは楽しみだね」
サービス精神旺盛な父親のことだ。
きっと今日食卓を一緒に囲めなかったことの埋め合わせのつもりなのだろう。
本当に、俺の親は両親とも良親すぎる。
「ねぇ、はーちゃんも……」
「ごちそうさま」
ガタン、と音を立てて葉月が立ち上がり、いつもは言わない「ごちそうさま」を言って食器をそのままに部屋を出ていった。
「……行かないのかしら」
「あの感じだと、そうかもね」
今日一緒にゲームショップに行ったり、ゲームのことについて話したり、ある程度は気を許してくれたかと思ったが。
中学生は何かと気難しい年ごろだからな。
母親のいる場だと、やはり素直にはなれないのかもしれない。
うちの両親は二人とも良い親だが、その分世話を焼きすぎる嫌いがある。
それもあって余計葉月は両親に反抗的なんだろう。
「葉月のことは心配しないで。俺が何とかするから」
「……ごめんね、まーくん。親としては情けないけど、お願いするわ」
母さんが申し訳なさそうな顔をするが、妹の面倒くらいは請け負わせてほしい。
ちょっとは親孝行しないと罰が当たりそうだし。
「じゃあ、ごちそうさま」
「お粗末様でぇす」
葉月の分の食器もあわせて片づける。
そのまま部屋を出ようとして、ふと思い出した。
「あ、あと母さん」
「ん、なぁに?」
「ちょっと葉月を懐柔するために俺もゲームをやるけど、あくまで葉月のためだから心配しないで」
「ははぁ、なるほど。虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってやつね。大丈夫よ。母さん、まーくんのやることなら口を出したりしないから」
「ありがとう」
その故事成語はちょっと違う気もするけど……あながち間違いでもないかもな。
現時点で、結構DMOに魅力を感じてしまっている部分もあるし。
それでも、葉月のことの方が大切なのは言わずもがなだ。
ゲームはついでだということを忘れてはいけない。
……まあ、母さんがそう言ってくれるなら、多少羽目を外しても問題はないだろうけどね。
寒い廊下へと出て、俺は自分の部屋に戻るため階段を上った。
… … … … …
「……で、なんでお前が俺の部屋にいる?」
「何? 文句あんの?」
自分の部屋に戻ると、葉月が床に転がりながらパソコンを弄っている光景が目に入る。
イマドキの女子らしく、多分にシールなどでデコったピンクのノートPCだ……本当にイマドキか?
ともかく、何も用がないのに妹が部屋に来るわけもない。
疑問に思いながらも部屋に入り、ベッドに腰かける。
しばらく葉月がキーボードを叩いているのを見守っていると、葉月が画面をこちらに向けてきた。
「ん」
「いや、『ん』って言われても」
まあ、画面を見ろということだろうから、大人しく画面を見てみると……
《DMO攻略サイト まとめwiki(初心者ページ)》
※攻略状況が初期ダンジョン~拠点までの方対象
※ゴーストから転生完了後の方針についても解説――
「ちょちょちょちょ!」
「きゃ!? 何!?」
文字列を途中まで認識して反射的に声をあげたせいで、葉月が何事かとびっくりする。
「ちょ、まじ、それだけはやめてくれ!」
「え、え? どういうこと? 何が?」
「ネタバレ厳禁! 攻略サイトとか、ネタバレの宝庫だろ!」
DMO以前にもゲーム自体には触れているので、攻略サイトがどういうものかくらいは想像がつく。
「だって、いちいちあたしが教えてたらキリがないでしょ。面倒すぎるし」
「情報量が違いすぎるだろ。ヒント見るどころか、答え見てどうする」
「はぁ……? 何それ、意味わかんない」
人に教えてもらう、という方法であれば、少なくとも教える側が知っている以上の情報が入ることはない。
俺は完全にゲーム初心者……特にVRゲームについては経験ゼロなので、流石に人から教わる程度の情報くらいはないと詰む可能性がある。
しかし、攻略サイトに頼るのは俺のプライドが許さなかった。
「攻略サイト見ないでDMOやってる人なんていないと思うし、そもそも攻略サイトちょっと覗いたくらいで本当に楽に攻略できるほどDMOはヌルゲーじゃないんだけど」
「……というと?」
「まず、初期ダンジョンに関しては完全にランダムだから、攻略方法は人によって違うの。だから攻略サイトだとそれぞれの武器種における戦い方とか、スキルの取り方のコツ……他にはDMOをプレイする上での基本的な用語のまとめページとか、初心者が必要な情報全般が載ってるんだけど……」
呆れた顔で髪を弄りながら、葉月は続けた。
「DMOはVRMMOの中でもいわゆる『死にゲー』っていうジャンルに属してるから、まとめサイトに載ってる情報ぐらいじゃ一筋縄じゃいかないし」
「死にゲー?」
「簡単に言うと、文字通り『死行錯誤』して攻略法を見つけてくゲームのこと。初見でボスを倒すのが基本的にすごく難しくて、何回も死にながらボスの行動パターンを把握してった上でやっと倒せる……みたいな」
あの巨大百足はまさにその典型といったところか。
確かに一回二回の挑戦で攻略するのは難しそうな敵だった。
「けど、そんなゲームがよく人気出るな」
不思議に思った点が口に出る。
今のところプレイしてみて結構面白そうだと俺は感じているが、余り難易度が高いゲームだと万人受けはしなさそうだ。
「そこが製作者側のうまいところでね、最初に転移するダンジョンは本人がギリギリクリアできるラインで選ばれてるみたい。ボス戦で簡単に死ぬとはいえ、すぐに再挑戦できるようなシステムになってるからストレスもそんなにかからないし。何より、少しずつステップを踏んで強くなって、やっと迷宮主を倒したときの達成感といったらもう……」
いきなり恍惚とした表情を浮かべて熱弁する妹には少し引くが、難易度が高くてもそれ以上に魅力が多いということなのだろう。
「それに、死にゲーの中では比較的理不尽じゃない難易度だし。ダンジョン攻略以外にも楽しめる要素はたくさんあるから。ダンジョン経営の要素……育成要素みたいなのもあるし、ダンジョンの外のモンスターだったらそんなに強くないのもあって、ダンジョン攻略せずに観光メインのプレイしてる人もいる」
「ああ……大分リアルなグラフィックだったからな」
本当にゲームなのかと疑わしくなるほど。
現実の世界で旅行に行くよりも手軽にあれほどの景色を堪能できるのなら、そういったプレイヤーもいてもおかしくない。
「とにかく、攻略サイトは絶対見た方がいいの! 大人しく言うことを聞け!」
頭ごなしに言われて、イラっとするというよりかは困ってしまう。
ゲームに関してはベテランの妹の言うことだから、指示通りにすれば恐らく効率良くゲームを進めることができるだろう。
だけどせめて、もっと本格的に事態が進行しなくなるまでは、自分でどうにかしてみたい。
「ゲームに効率求めるのもなんか疲れる気がするし、俺はのんびりやってくことにするよ」
「……」
「かといって疑問に思った点を全部自分で解消するのもそれはそれで面倒だから、ある程度はやっぱり葉月に聞くことになると思う。よろしく、はーちゃん(笑)」
「ふんっ!」
「うぉ、あぶねっ」
ニヤニヤしながら愛称を呼ぶと腹パンが飛んできたが、何とか避ける。
舌打ちをする妹の姿に、もちろん感謝の気持ちは忘れない。
上級者の葉月からすれば、俺のプレイを見てるともどかしい気持ちでいっぱいだろうからなきっと。
それでも、俺は俺でゲームを楽しみたいので、ちょっとわがままを通させてほしい。
「じゃあ、さっそくだけど聞きたいことがあるんだが――」
……何より、インターネットで情報を集めるだけだったら、こうして葉月と会話をして仲良くなることもできないしな。
土曜の夜、なんだかんだ言いつつも色々教えてくれる葉月を質問攻めにして過ごした。