第十六話
スキルツリーの花びらに触ると、スキルの名前と詳細がホログラム映像として浮かびあがる。
大山さんに言われるがままスキルを一通り確認し、指定されたスキルを二つ取った。
《スキル獲得:【ピストル】威力増強(中)……必要SP×4》
《スキル獲得:【ピストル】威力増強(強)……必要SP×5》
残りSP×1
『お兄さんが今所持してる木製の銃はスキル無し、改造なしだと確かにおっしゃる通り最弱級の武器です。でも、ちゃんと適切なスキル構成とカスタムがなされればレベル3くらいまでなら通用します』
スキルを獲得すると、薄赤だったクリスタルの薔薇の花びらが強く色づき、淡く輝いた。
これがスキル獲得のエフェクトなのだろう。
いちいち大げさな気もするが、普通に綺麗なのでもっと見てみたくなる。
『あの百足みたいなモンスターは初めて見ましたが、威力増強のスキルがあれば少しはダメージが入ると思います』
「チュートリアルではスキルは必殺技みたいなもの、って説明がなされたんだが……」
『必殺技みたいなのもありますけど、威力増強のようなパッシブスキルもありますよ。特に意識してなくても常時発動してくれるスキルです。プロセス0のスキルツリーだと、パッシブスキルの方が多いですね』
「プロセス0……?」
「スキルツリーにはいくつか段階があるんです。ただ、プロセスが進む……スキルツリーが成長するのは少なくとも初期ダンジョン攻略後なので今は置いておきましょう」
葉月にも信じられないような顔をされたが、やっぱりあのチュートリアルは説明不足だったようだ。
メルメルさんは俺が初心者だから情報過多になっても悪いだろうと気を遣ってくれたみたいだが、もうちょっと俺の情報処理能力を信頼してほしかったな。
それはさておき。
この威力増強のスキルがどれくらいの効果があるのか気になるな。
後で試し撃ちしておこう。
『あとは特殊射撃系のスキルをとれればいいんですが……』
「ポイントが足りないね」
銃【ピストル】のスキルは俺が今獲得したものも含めると全部で十個だ。
全部挙げると、
①威力増強(弱)
②威力増強(中)
③威力増強(強)
④照準補助(ドット)
⑤照準補助(スコープ)
⑥強射撃
⑦遠距離射撃
⑧反射射撃
⑨貫通射撃
⑩静音射撃
みたいな感じだ。
大山さんが言った特殊射撃系のスキルとは⑥~⑩のスキルを指す。
これらがきっとメルメルさんが言っていた必殺技のことなんだろう。
①~⑤のようなスキルは能力強化系スキルと呼ばれているらしい。
要求されるSPが一番多いのは⑤と⑩の10ポイント。
スコープの照準補助と、静音射撃だ。
「ちなみに特殊射撃系のスキルってどういう風に使うんだ?」
『使うのに「溜め」が必要なスキルですね。条件を満たした状態でスキルの名前を言うか、設定されているショートカットワードを唱えれば発動できます……が、初期の状態だとそもそもの銃の威力が弱くて特殊射撃系もあまり役に立ちません。だから最初は能力強化系スキルを選択していただきました』
「なるほど」
何にせよ、SPを貯めてスキルをどんどん獲得していくのが確実に強くなる方法らしい。
「どうすればSPは溜まるんだ?」
『モンスターを倒すとちょっとずつ溜まっていきます。一匹倒せば一ポイントというわけでもなくて、倒した相手の強さに応じて小数刻みで溜まっていくみたいです』
「今俺がいるこの遺跡みたいな場所で昨日山火事起こしたんだけど、巻き込まれた奴らの分も溜まってるんだろうか」
『山火事……? えっと、モンスターの死亡結果とプレイヤーの行動に因果関係が認められれば、SPは獲得できるみたいですね』
昨日の成果で獲得できたSPは10ポイント。
今9ポイント使ってしまったので残り1ポイント。
大山さんが今言った情報が確かならば、昨日奇襲しまくって倒した猿のモンスター……マッドモンキーたちと森を焼き払ったときに倒したであろうモンスターたちから得られたのが10ポイントなのだろう。
あるいはあの森に実はモンスターが生息していなかったとしたら、奇襲で倒したマッドモンキー六体分のSPが10ポイントということになる。
獲得するポイントが小数刻みであることに注意すると、ちょうど10ポイントではなく約10ポイントという感じか。
「思ったよりも道のりは遠そうだ」
巨大百足を倒すためには今の状態だとやはり厳しいだろう。
スキルを二つ取った程度で勝負になるとも思えないからな。
しかし、果たしてこの話をあの娘は知っているのか。
俺と同じゲーム初心者であることを考えると、知らなくてもおかしくはない。
後で会ったら確認しておこう。
『とりあえずはこのくらいですかね……偉そうに色々説明してすみません』
「とんでもない。滅茶苦茶助かったよ。ありがとう」
『あと最後に、さっきの女の子なのですが……』
「白銀さんか」
『彼女、お兄さんのお知り合いの方というわけではないんですよね?』
「ああ。初対面だ』
『はーちゃんとお兄さんのプレイを見学させていただいたんですけど、彼女とコミュニケーションをぜひとってみてください』
言われなくてもそうするつもりだったが……。
わざわざアドバイスしてくるのは何か理由があるからなんだろう。
黙って続きを促した。
『このダンジョン、最初の階層からレベル2モンスターのマッドモンキーがいたり、何故かあの娘とお兄さんが一緒に転送されたり……普通じゃないことが起きてるので。まずは当事者の方たちで相談するのがいいと思います』
「誰と話してるんですか?」
「おお!?」
「わっ……脅かさないでください」
こっちのセリフだ、と隣にいきなり現れた件の少女に表情で訴える。
「誰もいないところで一人ぶつぶつと……いったいどうしたんでしょう」
不審がる視線が強い。
大山さんの声は彼女には届いていなかったのだろうか。
そう思った瞬間、また頭に声が響いた。
『あ、じゃあチャット全員に聞こえるようにしますね』
「きゃっ!?」
脳内に響く大山さんの声に良いリアクションを披露してくれる彼女。
目をぱちくりとさせて驚いている。
「こうやってチャットするのは初めてか?」
「だ、誰の声!?」
「俺の妹の友達。先人の知恵を借りていたところだ」
『こんにちは白銀さん。聞こえますか?』
「は……はい」
途端にしおらしくなる白銀さんの様子に、違和感を覚える。
俺と初めて会ったときは警戒はしつつも普通の態度で接してきたのだが。
今は警戒心以上のものを抱いているように見える。
『白銀さん……? あの、大丈夫?』
大山さんも彼女の様子がおかしいことに気付いたのか、声音を和らげて問う。
しかし、白銀さんの体はこわばったままだ。
このままだと会話にならなそうだ。
どうすればいいか少し考えて、俺は結論を出す。
「大山さん、丁寧に教えてくれてありがとう。また何かあったら連絡する」
『あ、そんな。それほど大したことは教えていないので……えと、伝え忘れてたんですけど、指南書も読んでみてください』
「指南書?」
『先ほどインベントリのチェックをしている時に獲得したアイテムの一つです。銃のスキルのことについても書かれているので、目を通しておいて損はありません』
「了解。早めに見とく。ほんと、ありがとな」
『いえ……それじゃ、その、失礼します』
改めて礼を言って、通信が切れた。
「…………」
「一体どうしたんだ?」
異様に怯えた様子の白銀さんに声を掛ける。
彼女はうつむいた顔のまま、震えた声で答えた。
「……ご、ごめんなさい。何でも、ないんです」
「……」
大山さんと知り合いだった、なんてことはないと思う。
大山さんの方は白銀さんのことを明らかに知らないようだったし、仮に白銀さんの方が一方的に彼女を知っていたとして、ここまでの反応をする理由も想像がつかない。
とはいえ、初対面で間もないのにあまり踏み込んだ話もしにくいし、とりあえずは他の話題を振った方が良いだろう。
「結局、おとり役果たせなくてごめんな」
まずは自分の役割を完遂できなかったことについて謝罪することにした。
少々話題の転換が露骨かもしれないが、白銀さんも俺の意図を察してくれたのか応じてくれた。
「……お気になさらないでください。それに、収穫もありました」
「本当か?」
それは朗報だ、と思ったのもつかの間。
彼女が告げたのは、むしろ逆の知らせだった。
「二匹、いるみたいです」
「……え?」
「あの巨大百足、二匹いるみたいです」
「……」
確かに、情報としては収穫だ。
だが、絶望的とも言える事実に唖然とせざるを得ない。
「それ、見間違いとかではなく?」
「間違いない、と思います。一応、私一人でプレイしていたときも違和感はあったのですが……今回横山さんが片方の百足を誘導してくださったおかげで確信できました。沼地の方に近づくと、もう一匹、少しばかり小さめの百足が出てくるみたいです。それでも10mくらいはありそうでしたけど……」
言いづらそうに彼女は情報を共有する。
まあ、しかし。
先ほど大山さんに教えてもらったスキルのように、このゲームを攻略するための鍵は俺たちが知らないだけでまだたくさんあるのだろう。
そこまで悲観するような状況でもないか。
困難は一筋縄じゃない方が、乗り越え甲斐もあるしな。
ひとまずの優先事項は、このDMOというゲームのシステムの把握だろう。
スキルのこと、アイテムのこと、武器のこと……等々。
あの巨大百足に正面から立ち向かっても倒すのは無理なのは明らか。
なら、自分たちがとれる作戦をちゃんと確認しておこう。
ウンウン悩むのはそれからだ。
俺は、白銀さんとスキルのことも含め、相談することにした。