第十三話
ゲームを起動し、意識が暗転して。
気付くと、またあの何もない白い場所にいた。
『お帰りなさいませ、マッキー様』
空中に液晶が表示され、文字が映し出される。
そして、メニュー画面を開いた時のように様々なコマンドが表示された。
「えーっと……『協力プレイ』を選んで、『ルームを作る』……」
妹に言われた通り、液晶を操作する。
友人とプレイしたりするときはこの最初の白い空間で色々設定をするらしい。
「で、ルームのパスワードをメニューからメールで葉月に送る」
メニューと呟き、また別に表示された液晶画面を操作し、メールの項目をタッチする。
アカウント検索欄があったのであらかじめ教えられていた文字列を入力した。
「herb tea……これか」
何件か該当したが、『フレンド待ち-Mackey』の表示になっているものを見つけたのでそれをタッチする。
さらに選択肢を進めると、『招待に成功しました』との表示。
一分も経たないうちに、新しいプレイヤーが白い空間に現れた。
「よう、葉月」
「お待たせ」
現実と同じ童顔の少女が、俺の声に応える。
ただ、現実と同じじゃない点が一点。
「金髪、意外に似合うな」
「……きもいし」
髪の毛の色が、綺麗な金色になっていた。
染めたとかそういう次元ではなく、完全に地毛のように見える。
「容姿は変えられるのか?」
「ゲームを開始した時に、一番その人にとって最善な見た目に変わるらしいけど……多分、髪とか目とか、細かい部分しか変わらないと思う」
その人にとって最善な見た目、というのがよくわからないが。
俺の妹は髪を金に染めたかったということだろうか。
恐らく、骨格とかの部分は変わらないのだろう。
葉月も、髪色以外はほとんど現実と相違ないように見える。
まあ、服装はなんか変わった服装になってるが。
葉月は、レイピアのような細い剣の柄を背中から二つ覗かせ、騎士服のような服装に身を包んでいた。
現実で見たら「コスプレですか?」となるような格好だ。
「俺はちなみにどうなってる?」
「別に? そんなリアルと変わんないんじゃない? それよりも、早く兄貴の最初のダンジョン攻略するよ」
全く興味ない様子で言われ少し傷つくが、実際それほど重要なことでもないのでスルーする。
「メニューから、『ダンジョン』を選んで。そうすると今兄貴がいるダンジョンが表示されるはずだから」
「ほいほい……これでいいか?」
言われた通りに操作すると、『???の迷宮』という表示が出てきたので、葉月に見せる。
「うん。で、それをタッチして。攻略人数が二人までってなってるでしょ?」
「なってるな」
ランクが2。
攻略人数限界、二人。
現在階層、第二階層。
それらの情報が画面には列挙されていた。
「『ダンジョンに入る』を選択して、攻略に仲間を誘うコマンドがあるから……そう。それ押して」
不思議な効果音が鳴るのを耳にしながら操作を続ける。
進めると、確かにそれらしきコマンドがあった。
葉月が横からそのコマンドを指で示してきたので、タッチした。
しかし、
『このダンジョンはすでに攻略人数の限界に達しています』
ブー、という音とともに表示されたのはそんな注意書き。
思わず、俺と葉月は顔を見合わせる。
「はぁ? どういうこと?」
「この文言の通りなら、俺ともう一人すでにダンジョンを攻略しているってことなんじゃないか?」
「ありえないし。最初のダンジョンはフレンドとかを招待しない限り、攻略の人数は一人だもの。兄貴、誰か誘ったの?」
「いや、だとしたらこうして協力プレイの仕方教わらなくてもいいだろ」
「……じゃあ何で」
葉月が疑問を零すが、葉月が分からないならゲームに疎い俺が分かるはずもない。
原因を考えても仕方ないだろう。
「最初のダンジョンは俺一人で攻略するしかないってことだろ?」
「……何かのバグっていう可能性はあるかもしれないけど。それなら製作者側もすぐに気づくはずだし……」
ぶつぶつと独りごちる葉月を横にして、俺は一人で攻略する準備を整える。
「『攻略を開始』……ぽちっとな」
「あ、ちょっと待っ――……バカ兄貴」
葉月が言葉を言い切る前に、俺は白い空間から姿を消した。
… … … … …
樹海の海の地面は、湖に沈んでいた。
現実世界でも、熱帯地域のマングローブのように水域に樹海が広がるということはあり得る。
しかし、ここでは足首より少し上の部分まで高さしか水に浸かっていない。
今俺がいる場所の最大の特徴は、ウミホタルのような光を放つ湖の存在だ。
水面が樹木の発する淡い青白い光を反射し、俺が歩を進めるたびに湖が揺れ、俺を包んでいる光も揺らぐ。
まさしく、幻想という言葉が思い浮かぶ光景。
遺跡の下に広がっているにしては、いささか似合わない光景に改めて見とれてしまう。
「葉月には悪いが、一旦は俺一人でダンジョンを攻略しよう」
システム上協力ができないのであれば、一人でやるしかない。
遺跡の方では実際それで何とかなったし。
決意を新たにしたところで、現状を分析する。
青白い光を葉から発する高木で構成された樹海とその下に広がる湖。
湖の底は浅く、歩くにはそれほど支障はないが走りづらくはある。
水草が生い茂っている場所もチラホラあり、足を滑らす原因になっていた。
「敵みたいなのが出てくる気配はなさそうだが……」
湖には、流れがない。
だとすれば雨でも降らない限り水は蒸発し、地面が水を吸い、森林が水を吸って、すぐに湖はなくなるはずである。
雨に関してはここは遺跡の下――つまり地下だし、降るわけもない。
しかし、見渡す限り地面が水に浸かっている以上、水が簡単には消えない理由があるのだろう。
そもそも、地下で光合成ができるわけがないにも関わらず、こんな高木が育つ理由も謎だ。
こういった不可思議な光景も全部、ゲームだから、の一言で済むのかもしれないが。
「それに、樹海の上の方もやけに明るいと思ったら……」
かろうじて覗ける樹木の隙間。
そこからは、洞窟の天井に埋まるバカでかい宝石が見えた。
樹海と同じ蒼白の光を発し、洞窟内を一様に照らしている。
あれのおかげで、天井の様子まで伺うことができるのだろう。
「とりあえず、先に進むか」
樹海で方角も定まらないが、一点。
とある方角の樹海の奥だけ、霧か何かで先が白く染まっていた。
現実であればそんな視界が不明瞭になる場所などわざわざ目指したりはしないが、これはゲームで他に攻略の手がかりもない。
深く考えるよりも先に足を運んでみるのが正解のはずだ。
「…………」
足がすくむようなこともなく、ズンズンと先に進む。
霧が身体を包み始めるが、歩みは止めない。
霧があってもなくても、方角が分からないのは一緒だ。
ただし、なるべく真っすぐ進むことだけは意識した。
真っすぐ、真っすぐ。
終わりがあるのか、分からない不確かな道を歩き続ける。
しっとりとした霧の空気に目を細め、腰の銃は抜いておく。
恰好は、大樹の化け物に食われる前と何ら変わりない。
枝の槍がないのが心もとなかったが、高木の枝を折るには届かない。
水面下にある水草に足をとられないようにして、ある程度は慎重に進んでいると霧がより深くなる。
この状態でもし敵に襲われたらひとたまりもないだろう。
しかし、恐れていても仕方がない。
俺はバチャバチャと水しぶきを上げながら先を目指す。
「わぶっ!?」
突然、顔が何かにぶつかる。
手で感触を確かめると、どうやら植物の葉のようだった。
行き止まりかと一瞬思ったが、そこまで深い茂みではない。
恐る恐る茂みをかき分け、とにかく進む。
……そして、茂みを突き進み、急に視界が開けて。
俺は、出会ったのだ。
「……誰ですか?」
無表情の端正な顔を霧に包み、金色の瞳をこちらに向ける、美しい少女と――。