第十二話
翌日の昼、俺と葉月は寒空の下、街を歩いていた。
昨日の葉月の提案通り、俺専用のVRゲーム機を買いに行くのだ。
「全く、なんでこんなクソ寒い中外出しないといけないし」
息を白くして、葉月が愚痴を零す。
「お前が言い出したんだろうに」
「もとはと言えば兄貴が変なお願いしてくるからだし」
「そりゃすまんかったな」
妹の不満の声に対して適当な感じで答える。
絶賛反抗期中の妹がそれに反応しないはずもない。
寒さで身を震わせながらにらみつけてくる。
「昔やってたみたいに手でもつなぐか?」
「はぁ!?」
からかうつもりで提案し手を差し出すと、案の定響くようにリアクションが返ってくる。
こういう素直なところは、相変わらず可愛らしいな。
「き、キモいし! 兄貴の汚い手なんか触るわけないでしょ!」
「手袋してるだろ」
「手袋も汚染されてるに決まってるし!」
「くく、そうか。じゃあやめよう」
「何がおかしいし!」
喚く妹の姿にほっこりしながら、足を進める。
街並みは土曜の昼間というのもあって、結構込み合っている。
二人でいると、邪魔にならないように歩くのも一苦労だ。
「あんまり葉月が変わってないようで安心したよ」
「はぁ? 突然何?」
思いのままに伝えると、葉月は眉をひそめながら答えた。
「昔もこうやってじゃれあいながら歩いてたことあったろ」
「……覚えてないし」
「その語尾に『し』をつける喋り方、多用しすぎるとアホだと思われるぞ――い゛っ!?」
脇腹に衝撃。
葉月が手刀を食い込ませていた。
手袋をしているとはいえ、季節は冬。
乾燥し、なまった体にこういう攻撃はよく効くのでやめてほしい。
「アホじゃないし‼」
「分かった分かった」
反抗期といってもそれほど深刻なものでもなさそうだし、八雲さんの協力を仰ぐまでもなかったな。
心配事が一つ消え、少し心が軽くなる。
女子と話すのは苦手というほどでもないが、得意というわけでもない。
どんなに勉強ができても、こればっかりは生来の気質だからな。
拳一つか二つ分くらいの距離を空けて俺と葉月は並んで歩く。
身長差が割とあるのと、葉月の見た目が幼めなのもあって、傍から見れば普通に兄妹に見えることだろう。
そのうち、目的のゲームショップに到着した。
それほど大きくない店で、ゲームの他にもトレカとかCD、DVDとかも売っている店だ。
店内に入ると、むわっとした熱気を頬に感じる。
「こっち」
「おう」
妹がVRセットを買ったときはこの店で買ったらしい。
何でも友人の一人がこの店でバイトしているらしく、入荷とか品切れの情報を一足先に教えてくれるそうだ。
流石に友人割引とかはされないようだが、十分な贔屓だろう。
「やっほーマナティー。VRのセットとDMOって在庫ある?」
「あ、やっほーはーちゃん。あるよー」
例の友人は今日もバイトのシフトの日だったようだ。
黒髪を三つ編みにして肩に垂らしている、真面目そうな女の子。
ゲームとかあまりやらなそうな優等生っぽい見た目の子だ。
狭いカウンターの向こうでなにやら作業をしている。
「あれ……そちらの方は……?」
「……あたしの兄貴」
「え‼ はーちゃんの!?」
「どうも、妹がいつもお世話になっております。兄の横山真希です」
「あ、こ、こちらこそお世話になっております……えっと、葉月ちゃんの友人をさせていただいております大山愛菜です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。すごく礼儀正しい友人じゃないか、葉月」
まともな友人関係を築いているようで、ホッとした。
「いえ、そんなことないです……」
「あたしの友達なんだから当たり前だし。それより、早く済ませたいんだけど」
「あ、ごめん。今在庫持ってくるね」
そう言って妹の友人はカウンターの奥の扉の向こうに消えていく。
一分ほど待っていると、彼女は大きい箱を抱えて再びカウンターに出てきた。
「えっとこちらになります。新品ですけど、中古の方がいいですか?」
「ううん。新品で大丈夫」
なぜか俺ではなく妹が答える。
まあ、どうせ俺はどっちがいいのかとかよくわからないし、構わないのだが。
「えーっと……お会計、9万9800円になります」
あらかじめ降ろしておいた金を払う。
一万円札十枚を数えている間、愛菜さんが話しかけてきた。
「お兄さんがプレイなされるんですか?」
「そうだね。昨日葉月に貸してもらってちょっとやったんだけど、面白かったから」
兄として愛想よく答える。
兄が変なやつだと、妹の方まで悪印象持たれるかもしれないからな。
年下の女子とどういう風に話せばいいのかは分からないが、深く考えずに普通に接すればいいだろう。
「はーちゃん、お兄さんと仲良さそうだね」
「はぁ? 別にそんなことないし」
「ふふ、はーちゃん、学校だとお兄さんのこと嫌いって言ってるんですけど……休日に二人で外出するくらい仲がいいんですね」
「ちょっ!? マナティー何言ってんの!?」
はにかみながら愛菜さんが言うと葉月が過敏に反応した。
「違うの?」
「違うし‼ さっさと会計済ませてよ‼」
「はいはい。じゃあ、まずはこちらメーカーの保証書になりますので、大切に保管してください。後は、お釣りの200円です。毎度ありがとうございましたー」
保証書と釣りを受け取り、ゲーム機とソフトが入ったデカい袋を持って店を出た。
「良い子だな、彼女」
「はぁ? きも」
褒めたつもりで言うと、一刀両断されてしまう。
余りつつくと藪蛇になるか。
「飯、食ってくか。おごるぞ」
「そんな金あんの?」
「お前の言ってた通り、今まで読書用の本とか参考書ぐらいしか使い道がなかったからな」
財布の中にはまだ一万円札が入っている。
懐事情を心配する必要はない。
「あの子もDMOやってるのか」
「……やってる。そういえば、マナティーも銃使ってたし戦い方教えてもらえば? ゲームショップの店員やってるだけあって、腕は確かだから。見た目通り、優等生だし知識も豊富だし」
「そうなのか」
「あとであたしとプレイするときに誘ってみる」
「頼む」
淡々と俺をゲームプレイヤーとして育成する準備が進んでいく。
ありがたい限りだな。
余りヘルプが入りすぎてもつまらないが、そこまで底の浅いゲームではなさそうだし、多少の助けはむしろゲームを楽しむのに必要だろう。
その後、俺と葉月は適当な場所で昼食を取り、帰宅。
ゲームをするための環境を色々整え、心置きなくゲームをできる準備が終わったころには夕方になっていた。
「手伝ってくれてありがとな、葉月」
「……別に」
そっけなく、返事が返ってくる。
葉月は俺のベッドに腰かけ、VR機器の最終設定を行ってくれていた。
窓から夕陽がわずかに差し込む。
冬は空気が澄んでるのもあって夕焼けがきれいだ。
窓の外の景色を見て待っていると、ポツリと葉月が零した。
「兄貴さ……去年のこと、覚えてる?」
「去年……? もしかして、ショッピングモールで出くわしたときのことか?」
俺と葉月の距離が離れてしまうきっかけになった出来事。
休日に外出していたら、たまたま葉月が友達と遊んでいる最中に遭遇した。
声をかけたら怒鳴られてしまったので、驚きつつも年頃の女子だしそんなこともあるかと思って黙って帰ったが。
去年のこと、といえばそれくらいしか思い当たらない。
あの日以降あまりしゃべらなくなったし。
なぜ今更掘り返したのかは、なんとなく想像はつくが。
「うん……あの時は、酷いこと言って……ごめんなさい」
顔はゲーム機の方向を向いていたが、手が止まっている。
最大限、彼女なりに謝罪をしようと努力してくれているのだろう。
俺としては特に遺恨も何もないので、全然構わない。
けれど、葉月にとっては心にしこりが残ってしまっていたのかもしれない。
でなければ、そんな昔のことなどわざわざ話さないだろう。
「気にするな。俺も余計なお節介焼こうとしたからな」
「……ありがと」
この、ほんのちょっとのやりとりで心のわだかまりがなくなるのなら、安いものだ。
兄としては、妹がちゃんと自分の非について謝罪をしてくれたことが一番嬉しい。
ある程度まともな情緒がないとできないことだからな。
「兄貴、終わっ……ひゃぁ!? 何するし!?」
「おう、お疲れ様」
「く、ちょっ、このっ、離れろクソ兄貴‼」
妹の頭を思わず撫でていたら、腹パンされてしまう。
攻撃力も、子供の頃より増したな。
興奮した妹をなだめ、俺はほっと息をつく。
後はもう、俺一人でも大丈夫らしい。
「さぁてと……」
第二ラウンド。
ゲーム開始だ。
活動報告にも記しましたが、次の投稿は12月1日(日)に行う予定です。