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第十一話


 白い何もない空間。

 チュートリアル時にも訪れた場所に俺はいた。


 どうやら、ゲームを中断するときはいったんこの空間を経由するようだ。


『ゲームを中断するための準備をしています。少々お待ちください』


 極薄のやや緑がかった液晶モニタがそんな表示を浮かび上がらせている。

 こういうところは普通のゲームっぽいな。


 だんだんと、眠気がやってくる。

 特に不安などは感じない、自然な眠気。

 このゲームは死亡するときなど、システムの至るところで睡眠のメカニズムを利用しているみたいだし、ゲームの中断の際もそうなのだろう。


 心地良いまどろみに何ら抵抗することなく、俺は目を閉じた。


 しばらくそうしていると、世界が変わったような感覚を覚える。

 目を開けると、今度は真っ暗な空間……というより視界。

 

 けれど、他の五感は機能する。

 匂いは、柔軟剤か何かの鼻をくすぐるような気持のいい香り。

 触感は、ベッドシーツのさらさらとした手触りと頭部の違和感。

 聴覚は、エアコンの駆動音と自分の息遣い。

 味覚は、口の渇き。


 現実の感覚だ。


「……よっと」


 体を起こし、ヘッドセットを外す。

 部屋の照明のまぶしさに顔をしかめるが、すぐに慣れた。


「ふぅ。なかなか楽しかったよ葉月」


「……あっそ」


 葉月は、自分の机に憮然とした表情で椅子に座っていた。

 スナック菓子を抱え、パリパリと食べている。


「しかし、凄いな。ここまでリアルだとは思ってなかった」


 本心から感想を告げる。

 臨死体験すら体感できる、VRの真髄を味わった気分だ。


 俺の絶賛にもしかし、葉月は納得していないような表情を保ち続ける。

 

「どうしたんだ?」


「兄貴……いつから兄貴は原始人になったし?」


「は?」


「銃で敵を殴るわ、爆薬で森一つ消し飛ばすわ、およそまともな人間のやることじゃないと思うんですけど」


 妹にそんなことを言われ、思わずきょとんとしてしまう。

 原始人は爆薬なんて便利なものは使わんぞ。


「普通じゃないのか?」


 妹が口に含んでいたドク〇ーペ〇パーを噴き出した。


「普通じゃないし! あんなプレイありえないから!」


「そう言われてもな……」


 普通を知らないのだから、仕方がない。

 確かにまあ、「本当にこれで合ってるのか?」っていう思いはプレイ中ずっとぬぐえなかった。

 そういうゲームなんだろうと勝手に結論を下してしまっていたが、妹の反応を見る限り、あれで合ってなかったっぽい。


「じゃあどうしろと」


「……兄貴のダンジョンは、多分ステルスゲーなの」


「すてるすげー?」


 拙い発音でリピートすると、葉月は呆れたようにため息を吐いた。


「……兄貴みたいなゴリ押しプレイができるのは一部のゲーム廃人どもだけ。最初はゴミみたいな武器しか持ってないから、ダンジョンによっては敵と戦うのを避けて攻略を進める必要があるの」


 噴き出した飲み物をティッシュで拭きながら葉月は言う。

 さりげなくゴリ押しプレイと称されてしまった。


「ん? だとすれば真正面から挑まなかったのは正解だったってことか」


「奇襲するのは間違い! マッドモンキーとか、初心者が叶う相手じゃないし」


「『まっどもんきー』とは何ぞ」


「兄貴が発狂しながら戦ってた猿のモンスター。倒せたのはたまたま兄貴の奇襲戦法がハマったからだし」


 あの猿そんな名前あったんか。

 あと、別に発狂はしてないぞ。


「結構な回数あんな感じの方法で倒してるし、結果オーライだろう」


「……あと1,2回あの方法続けてたら兄貴死んでたよ」


「何故わかる」


 葉月は、俺の疑問に自分のノートパソコンの画面をトントンと叩いて答える。


「こっちの画面で兄貴の体力とか見れるの。今の兄貴、ス〇ランカーなみの体力しかないよ?」


「なんだそのスぺ〇ンカーって」


「……はぁ」


 再度、ため息を吐かれた。

 なんだか哀れまれてる気さえする。

 そんなことも知らないのか、といった態度だ。


「あからさまな負けイベントには正々堂々、馬鹿正直に挑んでくし……ほんともう、あたしの兄貴ってこんなんだったっけ……?」


 頭を抱え、ぼそぼそと恨み節を連ねるように呟く妹。

 

「というか、スキルはなんで使わないの? インベントリも使おうとしてなかったし」


「スキル……どうやって使うんだ? それに『いんべんとり』とは?」


「——」


 俺の言葉を聞いて、葉月は絶句する。

 何拍か間があって、


「はあああああ!?」


 今日一番の叫びをあげた。


「し、信じられない……チュートリアル、本当に受けたの?」


「受けたぞ。変なウサギのコスプレした女性が色々教えてくれた」


「……ちゃんとその人の話聞いてた?」


「当然」


 即答すると、葉月は脱力して椅子の背もたれに体を預け、天を仰いだ。


「うそでしょ……」


「本当だ」


「……」


 しばらく無言が続く。

 なにやら葉月は考え事をしているようだ。


 それにしても、俺はそんな呆れられるようなことをしたのだろうか。

 大層なことはしてないはずだが……まあでも、森林一つを焼いてしまったのは大層なことか。

 与えられた条件で最善を尽くしたつもりだが、少なくとも一般的なプレイ方法ではなかったらしい。


「……兄貴」


「うん?」


「明日、土曜でしょ」


「そうだな」


「自分の買いなさい」


「は?」


「明日、お店に行って、VRセットとDMO買いなさい」


「はぁ? いきなりどうして……」


「あたしが教えてあげるっつってんの‼」


「——」


「兄貴のプレイ見てたら頭おかしくなりそうだから、あたしが直々にゲームの中で教えてあげるの! もともとそういう話だったでしょ!」


「お、おう……とりあえず落ち着けって」


「落ち着いてるし!」


 興奮して声を荒げるので、思わず後ずさってしまう。

 どうやら、自分用のゲーム機を購入しろと言っているようだ。

 もともとそういう話でもなかった気はするが、確かに教えを乞うことができるのならぜひご教授願いたい。


 しかし、わざわざ俺まで買う必要があるのだろうか。


「さっきゲームを中断するときにゲーム外から呼びかけてきただろ。あれで教えればいいんじゃないか?」


「ゲーム内の時間はこっちの四倍の速さで進んでるから、リアルタイムでそっちの映像を見ようとすると四倍速になっちゃうの。普通の速度で見ようとすると結構なラグがある状態で見ないといけないから、そんなんで教えられるわけないでしょ」


「なるほど」


 通りで、ヘッドセットを外して時計を見た時に思ったよりも時間が進んでなかった訳だ。

 体感では少なくとも2時間は経っていたと思ったんだが。

 現実では30分程しか経っていなかった。


「第一、兄貴がゲームしてる間あたしがゲームできなくなっちゃうでしょ」


「それもそうだな」


 ごもっともな妹の指摘に、俺は納得する。

 そもそも俺がゲームを今後もやり続けることが前提になっているが、それは置いておこう。

 まあ普通に面白かったし、もっと続きをプレイしてみたいという気持ちもあるしな。

 

 財布の事情が苦しいわけでもないし、俺は妹の提案に乗ることにした。


「データはあたしのやつから簡単に移せるから、心配しないで大丈夫」


「けど、ゲームとか買ったことないしイマイチ勝手が分からんぞ」


「……兄貴頭いいし、別に困ることないと思うけど。まぁ、一応あたしが付いてってあげる」


「助かる」


 妹の更生計画はどこへやら。

 俺まで道連れになってしまった。

 

 なんだかんだ言って妹との距離は縮められたし、結果的には作戦成功なのだが。

 何となく引っかかるものがある。

 まあ、最終的にゲームをやりつつも勉強をさせればいいか。


 ただ、俺までゲームをやるとなると母が心配するだろうから、そこらへんは後で事情を説明しておくことにしよう。


「ちなみに、一式そろえるのにいくらくらいかかるんだ?」


「10万」


「え?」


「10万円」


「…………」


「こんだけクオリティ高いゲームなんだから、むしろ安いし。それにどうせ兄貴休日とか勉強ばっかで全然お金使ってないでしょ」


 ……持ってるけれども。

 俺の知ってるゲームの値段とはちょっとかけ離れていたのでショックを受けてしまった。


 葉月の言う通り、どういう仕組みになっているのか想像もつかない高度な技術が使われている以上、それ相応の値段がかかるのは当然だろう。

 10万円であの世界を体験できるのであれば、それは確かに凄いことだ。


「じゃ、そういうことで。あたしはゲームやるから、兄貴は出てって」


「……了解」


 しっしっ、と追い払うような動作をする葉月に対し、素直に部屋を出る。


 暖房の利いていた部屋とは違って、廊下の空気はひんやりとしていて、床は足の指先が凍ってしまいそうなほど冷たかった。


「……手持ち、いくらあるか確認しとくか」


 体を震わせながら、俺は自分の部屋に戻ることにした。



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