第一話
Dungeon・ Master・Online——通称、DMOというゲーム。
今どきの流行りであるらしいVRMMOの作品の一つであるそんなゲームが、俺の学校でも流行っていた。
「おい、マッキー」
「おん?」
「お前も、DMOやらないか」
あだ名で俺のことを呼ぶのは、クラスメイトの神崎友樹だ。
小学校からの付き合いで、いわゆる幼馴染。
根っからのゲームオタクで、新作とかが発売されるとこうやって俺を誘ってくることが多い。
「やらん」
「何故だ」
「俺は忙しい」
典型的な断り文句を言って友樹の誘いを断ると、深い溜息をつかれた。
「なあ、真希よ」
「おう」
「なぜ、お前はこのビッグウェーブに乗らないんだ?」
机で真面目に次の英語の授業の予習をしている俺を見下ろしながら、友樹は言う。
「クラスのマドンナの八雲美里さえ、プレイしてるんだぞ?」
「八雲さんも? 嘘だろ」
「嘘じゃない。あの清廉潔白、絶世独立の美少女でさえ、DMOにハマっているのだ。実際にこの前、彼女と一緒にダンジョンを攻略した」
友樹は、自慢げに鼻を鳴らす。
勝ち誇っているような笑みを浮かべていた。
端的に言って、うざい。
「ダンジョンを攻略?」
「ああ、彼女と俺は一晩の契りを結んだのさ」
「きも。とりあえず、きもいから黙ってくれ」
「……お前、頼むから少しは聞く耳を持ってくれよ」
言われ、そこで初めてペンを握る手を緩める。
ちょうど今日の範囲の予習が終わったし、他にすることもないので俺は友樹の話に聞く耳を持つことにした。
「マッキーの家ってVRできる環境だったよな」
「妹の力を借りればな」
今彼女は俺の二つ年下。
中学二年生ということもあってやや反抗期気味だ。
素直に力を貸してくれるかどうかは分からない。
というか、多分貸してもらえない気がする。
こないだも、間違って妹の愛用のマグカップでコーヒーを飲んだら腹に頭突きを食らってしまった。
話すことも最近はあまりないし、妹は友樹と同じくゲーム中毒者なので、もっぱら電脳の世界に入り浸っている。
母親の小言も無視して、ゲームばかりやっている状態だ。
兄としては少し心配である。
「葉月ちゃんもDMOやってるのか?」
「知らん。けどなんか最近新しいゲームを買ってはしゃいでたな」
「じゃあ、可能性はあるな。一つのソフトでデータ三つまで作れたはずだし、頼んでみろよ」
「だが断る。忙しいと言ったはずだ」
「頑固な奴だな……妹の葉月ちゃんがゲーム好きなんだから、お前にもその血が流れてるんじゃないのか?」
血筋の話をもってこられてもな。
俺はゲームは別に好きじゃない。
やったことは何回かあるが、すぐに飽きてしまった。
「お前VRのゲームやったことあるのかよ」
「ない。ついでに言えば、興味もない」
「つまんないやつだな……お前、人生生きてて楽しいのか?」
「……まあ、楽しくもないが苦しくもない」
「なんだよそれ。お前いつも仏頂面してるし……マジで大丈夫かよ」
友樹は呆れ顔をしていた。
なぜか心配をされているが、余計なお世話だ。
「勉強はできるし、大丈夫だろ」
「そういう話じゃないんだけどな……とにかく、一回でいいからやってみろって。人生180度変わるぞ」
「時間があればな」
友樹は納得しきれていない様子だったが、昼休み終了のチャイムが鳴ってしまったので自分の席へと戻っていった。
英語の時間、友樹は教師に当てられ、指された英文を訳すことができずに怒られていた。
あほか。
… … … … …
授業もすべて終わって、掃除の時間も終わり、俺は帰宅するために昇降口へ。
玄関の外は、雨がまあまあ降っていた。
常備している折り畳み傘を取り出そうとカバンを漁りながら下駄箱に向かう。
折り畳み傘を見つけ、カバンから視線を上げると、目の前にいた人と視線が合った。
「あ、横山君、お疲れ」
「お疲れ」
「雨凄いね……傘持ってきておいてよかった」
出くわしたのは、例のあの人。
八雲美里であった。
俺の名前を憶えてくれていたとは、少し意外だ。
「横山君って帰宅部?」
「ああ……八雲さんも?」
「うーんと……私は一応入ってるけど、今は休部中、かな」
少し困ったような笑みを浮かべながら答える。
触覚ヘアの黒髪が八雲さんの声に合わせて揺れていた。
八雲さんとは、クラスメイトとはいえ特に接点はない。
そもそも、女子との関わりがほとんどない。
女子に話しかけられるのは、よくテストの順位が張り出されたときに俺の名前も載っているので勉強を教えてほしいと頼まれる時ぐらいだろうか。
ただそれも、八雲さんの場合はあてはまらない。
八雲さんはマドンナと呼ばれるだけあって、アイドル並みの容姿を持っている。
成績も優秀。
人望も厚く、いつもクラスの中心で笑顔を花咲かせているような人物だ。
昼休みに友樹との話題に出て、ここで顔を合わせたのは何かの偶然だろうか。
「休部……」
「うん、弓道部に入ってるんだけど、最近ちょっと忙しくて」
「弓道か……」
なるほどな、と思った。
うちの高校の弓道部は結構強いと聞く。
部活に関しての情報は仕入れていないので、よくわからないが。
きっと、全国大会とかにも出れるくらいの成績は残しているのだろう。
それにしても、『忙しい』か。
やや引っかかるところもあったが、とりあえずスルーした。
俺も靴を履き終わったのでお互いに傘をさして、びちゃびちゃの地面に足を踏み入れる。
校門までは一緒の道のりだ。
「そういえば、八雲さんもゲームやったりするのか」
「え?」
「友樹が、この前一緒にゲームしたって自慢してたから」
「あ……そういえば神崎君、横山君と仲いいもんね」
「腐れ縁だけどな」
「あはは、そっか。まあ、ゲームの中でたまたま会ったから。神崎君色々詳しかったし、ちょっと教えてもらってたの」
特に面白いことを言ったわけでもないのに、八雲さんは笑う。
「畑山さんのグループで、一緒にゲームやろうっていう話になってね。私のお姉ちゃんがゲーム機持ってたから貸してもらってプレイしてみたんだけど……最近のゲームはすごいねぇ……」
畑山。
下の名前を思い出そうとして、諦めた。
顔は思い出せるのだが。
確か、クラスの中でも目立ってる方の生徒だ。
よく休み時間とかに八雲さんがつるんでるグループか。
女子のグループにどういう経緯で友樹が混ざることができたのは謎だが、あいつのゲームの知識が役に立ったのだろう。
「うん? 八雲さんもあまりゲームはやってなかったのか?」
「え? そうだね。あの、最近流行ってるやつあるでしょ? あれが初めてかな」
友樹が言うには、DMOとやらにハマっているらしいが。
日常的にゲームをしているというわけでもないらしい。
友樹の発言はやや誇張を含んでいる気がする。
「横山君はやっぱりゲームするの?」
「俺は全く。例のDMOってやつもやったことない」
「へえ……そうなんだ。男の子でやってないのは何だか珍しいね」
「そんなにみんなやってるのか?」
「私たちのクラスだったら、やってない人の方が少ないかも」
「マジか……」
その情報には流石に驚いた。
流行っているとは聞いていたが、まさかクラスの過半数がDMOの虜になっているとは。
友樹と違ってクラスの中心となっている八雲さんの言うことだし、間違いはないだろう。
「じゃあ、またね」
「ああ」
校門を出て俺は左で彼女は右。
別れの挨拶をしてすぐに俺たちはそれぞれの帰途に就いた。
… … … … …
家に到着して、二階にある自分の部屋に行く途中、妹の葉月が二階から降りてきた。
ちょうど、俺が葉月を見上げて、葉月が俺を見下ろす構図になる。
「邪魔。どいて」
辛辣に言われるが、いつものことだったので俺は上りかけの階段を逆戻りする。
下まで降りて、ドン、と肩をぶつけられ、葉月は俺の横を通り過ぎて行った。
……やはり、力は貸してくれそうにないな。
夕食後、自室で学校の宿題を終わらせた後、ベッドに寝っ転がりながら読書にふける。
友樹には俺の生き方に文句をつけられてしまったが、こうして読書をしている最中は生きてる喜びを感じられなくもない。
知識欲を満たすことは、俺の楽しみの一つ。
だからこそ学校の勉強も苦ではないし、知識の宝庫である本を読むことはかけがえのない行為だ。
うまい飯が食えて本を読むことができれば、それでいい。
――そんな風に、今日までは思っていた。
コンコン、と優しく自室のドアがノックされる。
「どうぞ」
「まーくん、ごめんね。ちょっといい?」
母が心なし申し訳なさそうにドアを開けて入ってきた。
「いいよ、何?」
「はーちゃんのことなんだけど……」
「葉月のこと? どうしたの?」
「はーちゃん、この頃ずっとゲームばっかりやってるじゃない? 私が言っても聞かないし、まーくんならどうにかできないかと思って……」
俺の母は、俺によく頼みごとをしてくる。
割といい子ちゃんを家では演じているので、両親には結構信頼されているのだ。
うちの母親は親バカで、高校生になっても俺のことを『まーくん』などと呼ぶのは正直勘弁してもらいたい。
まあ、総じて考えれば普通にいい母親で、息子として特に不満はないのであるが。
さて、今回の頼み事は葉月の件らしい。
母の言う通り、確かに今の妹の状態は目に余るものがある。
このままだと来年の高校受験も心配だし、ゲーム廃人の世界に片足を突っ込んでいる妹を放っておくのは忍びない。
だから、母の頼みを聞き入れるのはやぶさかではなかった。
「別にゲームをすること自体はいいのだけれど……勉強の方が大分疎かになってるみたいなのよ」
先日の三者面談で通知表を見て、母は度肝を抜かれたらしい。
何でも、内申が満点5で平均2。
五教科の最高は3。
体育だけ5。
話を聞いて、マジか、と思った。
体育だけ5って、俺の妹は脳筋だったのか。
あるいは体育の教師だけ成績の付け方が甘いのか。
とにかく、それは確かにヤバい。
このままだと俺の妹はろくな高校にも行けず、放蕩者として人生を送ることとなってしまうだろう。
「ほら、はーちゃん、まーくんにはよく懐いていたじゃない?」
「昔はそうだけど、今は微妙」
だいたい葉月が小学生のころまでだろうか。
葉月はいわゆるお兄ちゃんっこだったのだろう。
自分で言うのもなんだが、結構好かれていた気はする。
俺が外出すると葉月もそれに付いていき。
俺がベッドに入ると葉月もベッドに入り。
俺がつまみ食いすると葉月もつまみ食いする。
そんな感じで、いつも行動をともにしていた。
だが、葉月が中学生くらいになってからだんだんと距離が離れていき、今日ではすれ違い際にショルダータックルを食らわせてくるようになってしまった。
「そこをどうにか……」
「うーむ……」
手段はいくつか思い浮かぶ。
ゲーム禁止令を敷くだとか、ゲーム機をいっそメル〇リで売ってしまうだとか。
だが、そういった強引な手法だと、後々に響くだろう。
ゲームを取り上げられたショックで翌日には金髪ガングロの化け物JCと化してしまうかもしれない。
それはそれで面白いかもしれないが、母が卒倒してしまうだろう。
であれば、必然的に穏便な方法を取ることになる。
「オッケー。任せて母さん」
「本当!? ありがとう~助かるわぁ。明日の朝ご飯、まーくんの好きなオムレツ作ってあげるからね」
地味に嬉しい母のお礼に少しだけ頬を緩める。
俺がお願いを承諾して安心したのか、ホッとため息をついて母が部屋から出ていった。
「……ふむ」
それまで読んでいた本をベッドの枕脇に置き、さっそく妹更生作戦を実行するため、葉月の部屋へと向かった。
ゲームスタートは第三話からです。