女泣かせのエル
少し躊躇ってから僕はその言葉を口にした。
せっかく安住の地と友人を手に入れたのだ。
んと、性格はともあれ。
それをわざわざ壊してしまうような事は少し言いづらかった。
『理由?』
「何故前世の記憶持ちがいるか、みたいな感じかな?」
流石に元オオカミ、現人間の鈴ちゃんは察しがいい。
ビーさんは……うん、元人間って言ってもニートだったみたいだしその辺は最初から期待してない。
なのでここはビーさんのヤジは置いて、鈴ちゃんに絞り、会話を続けた。
『プラス、何故異種間での意志疎通がそのモノ達に限り出来るのか……だよね』
鈴ちゃんは僕の言葉に腕を組んで、考え込んでしまう。
『んー、なんか面倒な話だー』
ビーさんは相変わらず水槽内でとぐろをウネウネとさせている。
怒ったり、面倒だったり、そう言った感情表現なのだろう。
『面倒な話だけどさ……だって人間だった頃にこんな話聞いたことある? 鈴ちゃんにしてはオオカミだった頃でもいいけど』
と言うより鈴ちゃんは現在進行形でその人間側の立場だから
自分の力が特殊な事には気付いているだろう。
「私達に共通している所って、前世の記憶を持ったまま産まれてきてしまった事以外にあるのかな?」
鈴ちゃんが思い付いたように声を発した。
『それって前世の話しろってことー?面倒だし嫌だよぉー』
何回面倒って言葉を口にするんだ、このヘビは。
呆れながらも鈴ちゃんの発案は少し答えに近付くような気がした。
そもそも答えがあるのかどうかすら疑わしいけれど……
『面倒でも、僕達が置かれてる状況を把握するためには必要じゃないかな』
『あたしはパスー。もう寝るねー』
僕の言葉を遮るようにビーさんは気だるげなまま応えた。
ーー僕がヘビの立場だったら食ってやるのにこのニョロニョロ野郎!
そしてモゾモゾと布団に潜るかのように
とぐろの体勢を整えて、それからビーさんは本当に寝てしまったのか動かなくなってしまった。
ここ数時間の会話ですっかり天敵のペースにも慣れてしまった。
慣れって怖い。間違えて必殺カエルキックでもかまそうモノなら簡単に返り討ちに合うの目に見えているのに。
「ビーちゃん、前からこうだから」
鈴ちゃんもあまり過去の話はしたくないのか、少し哀しげな瞳を僕に向けて
小さく呟いた。
確かにデリケートな部分に踏み込んでしまったとは思う。
だけど少しでもヒントがあれば、自分達がどうしてそんな記憶を引き継いでしまったのかわかるような気がして……
『鈴ちゃんも嫌なら、無理にとは言わないよ。このまま過ごすのも多分慣れたら悪くない生活だろうし』
でも、ここには話し相手がいる。食料も天敵に襲われる心配もない。
二人がそれを嫌がるのなら、無理に僕の好奇心に付き合わせる必要も無いだろう。
「違うよ、エル君。違うの」
寂しげに鈴ちゃんが呟く。口調が子供っぽくなっている事に少し違和感を覚えたが
俯いた表情は、水槽の一番下から覗き込んでも伺う事は出来ない。
彼女が何を考え込んでいるのか、理解が出来ない。
「……ごめん。ちょっとお風呂の時間だから、今日はエル君も休んで」
表情を悟られないようになのか、俯いたまま背中を向け、そのまま部屋を去っていく。
『一日に女二人を不機嫌にさせた罪は重いよー』
ーービーさんの気だるげな声が妙に頭に残った。
とりあえず本当の序章はここまでー