まるで転生のバーゲンセールだ
『食わねーよー』
めちゃくちゃテンパって必死によじ登る僕の下方向からのんびりとした女性の声。
「その子が一人目なんだけど、やっぱ同じ水槽じゃダメだったかな」
その言葉に続くように鈴ちゃんがクスクスと笑っていた。
僕はそこでようやく我に返る事が出来た。
あぁ、狙っていたなこのクソガキめ。
少し可愛いからって許されることと許されないことがあるんだぞ!
『一人目? あ、あぁ転生した……? へ、ヘビ?』
情けないことに声が震えていた。
我に返ったとは言え、天敵を目の前にしているのだから許してほしい。
ちなみに水槽の一番上まで到達してました。僕凄い。
『はーいヘビでーす。元人間でーす』
はい、いつもの前言撤回。
ヘビ凄い。僕が頑張って一番安全なエリアまで逃げ込んだと思ったら体立てて平気で僕の所まで顔近づけてきた。
あらやだヘビ怖い。
「ビーちゃん、カエルさん怖がってるみたいだからあまり顔近づけないであげて」
鈴ちゃんは相変わらず僕の挙動が余程面白かったのかクスクスと笑い続けている。
ビーちゃんと呼ばれたそのヘビは眠たそうな瞳で僕を見ている。
「じゃあ、さっきのこともあるし、お母さんに水槽もう一つ用意してもらう必要もありそうだから、私ちょっと行ってくるね」
まさにヘビに睨まれたカエル状態の僕を後目に、鈴ちゃんは水槽から顔を離すと
立ち上がり、ヒラヒラと僕たちに手を振って部屋から出ていった。
『いやいやいや! ちょっと待って命の恩人さん!』
『取って食いやしないから安心しろー』
そう言われてもこれは本能的なモノだと思うのです。
確かに敵意とか殺意みたいなのは感じないけど、きっとカエルって体が本能であなたを見ると震えてしまうのです。
『あー、ちなみにウトウトしながらだけど話は聞いてたよー。あたしも元人間ー。ついでに元ニート』
やる気のない動きで体を下ろし、とぐろを巻きながら、ヘビが自己紹介をする。
……口調と声質的に恐らく女性なのだろう。少し失礼な事をしてしまった気がする。
…………元ニートって発言のお陰で罪悪感薄れたけど。
にしても、まさか地面だと思っていたのが天敵だったとは。これ野生なら一発アウトでサヨウナラだったよ。
『生きるのめんどくさくて自殺したらヘビになってたー』
ヘビは目覚めの運動のつもりなのか水槽内を這い回っている。
けどその動きにまで少しもやる気を感じさせない。
更には死んだ理由まで……すげぇよ。ニートの鏡だよ貴女。
『あーあとねー……いや、話すのめんどくさいなー。ナマケモノに転生したかったなぁ』
そして性格も前世のままと。
……いや、僕の性格も思えば人間だった頃と変わってないし、そう言うモノなのだろうか?
『え、えっと……僕、同じ境遇の方に会うのは初めてでして、その知ってることがあったら教えて欲しいなと……』
『そんな怯えんなよー食うのも面倒だし、そもそも食料は定期的にオオカミ娘ちゃんがくれるんだから不味そうなカエルなんて食わねーよー』
同胞があなたと同じ種族の方に食われまくってしまっているので、そこはお許し頂きたい。
いくらやる気を感じさせないとは言え、慣れるまで時間がかかる。
……にしてもオオカミ娘って呼び方どうなんだろう。
あの子の性格的にあまり気にしないような感じはするけど。
『すみません。ちょっとまだ落ち着かなくて……さっきまで野生にいたもんで』
『それも聞いてたよー。あのチビに捕まえられたんだろ?あたしも同じだからー』
あぁ、このヘビなら簡単に捕まるだろうな……
凄く容易に想像できる。絶対捕まってもダラーンってなるよこのヘビ。
そして、彼女ーーと、そうだ。やはりこのヘビは元々女性だったらしい。それも話の途中で聞く事が出来た。
その後、彼女が鈴ちゃんに飼われるようになった経緯も、おおよそは僕と同じようだった。
強いて違う部分は、最初から建君に飼われる予定だった所くらい。
……一歩間違えればザリガニじゃなくこのヘビのエサとして僕が捕まえられてたんだろうなぁ。
きっとその話を聞いていたとき僕は遠い目をしていたに違いない。
『じゃあビーさんも同じような生き物に出会ったのは鈴ちゃんが始めてと……』
『うんにゃー、前世の記憶持ちって人達、結構ヘビには多かったよー』
ええええぇ……
マイペースと言うか、なんと言うか
一番重要な所をさらっと言わなかったりする人だなこの人……。人じゃないけど。
『僕の仲間にはそんなカエル一匹も居なかったなぁ……なんだろうこの違い』
少し頭を抱えてみるが、僕程度の知識じゃそんなモノの答えが出る筈もなく……
『まぁ殆ど死んじゃったけどねー』
あっけらかんと元人間がその姿のまま死んでいく事をビーさんは話した。
確かに、人間の頃はそう言ったモノの死に深く考えたことはなかったけど、
こうやって前世人間でしたーって動物達が普通に死んでいったりする世界なのだろうか……。