83-0-2 魔王島、ふたつの『再会』(回想)2
回想おわり。この分け方で結果的によかったようです^^
この島のあるじの名。それはフォルカ=アルム=クルーガー。
高天原の名家のひとつ、クルーガー家の祖に当たる人物だ。
あたる、というのは、彼本人は高天原には来ず、愛した土地で命を終えたためだ。
アルムさんは、ステラの貴族クルーガー家の末息子だった。
軍役中、偶然に公海上の小島を見つけ、そこを下賜された。
その島は軍事拠点を置くには不向きであり、ただステラの領海をほんのすこし広げるよすがとしての価値しか見いだされなかった。
そしてアルムさんも、貴族の末子、かつ、平凡な戦力しか有していなかった。
つまり彼に島が与えられたのは、実のところ『めんどうな離島の管理業務を押し付けられただけ』に過ぎなかったのだが――
彼はその島をこよなく愛した。
軍務の合間に、使用人たちを率いて島に渡り、こつこつと開拓を続けた。
やがて出来上がったのは、小さくも美しい避暑地。
理解者として手助けをしてくれた女性と結ばれ、一人娘フランを授かった。
彼の幸せに影が差したのは、最愛の妻が世を去ったときだった。
せめて娘は失いたくない。アルムさんはその一心でフランさんに過保護に接するようになった。
そのころ彼女は、使用人の一人、ティーゲルさんと恋をしていたが、その恋路にも反対した。
頑固親父となり果てたアルムさんは、使用人たちにもきつく当たるようになり、島は暗い雰囲気に包まれていった。
そのときに起きたのが『ステラのコンフェッション』。
『秘密主義』の弊害により傷つく民を見かね、ステラさまがそれまで伏せていた『秘密』を明らかにしたのだ。
ステラ国が戦っている相手は、悪しき魔獣ではなく、隣国の人間であること。
つまりは、そうと知らずに戦争をさせられていたこと。
それは人間を進化させるためと、ステラさまの母たる女神『グランドマザー』より命じられたミッション。
戦い、死して、転生して。それを繰り返して魂を磨き上げ、上位世界に転生するにふさわしい存在となれ、と。
このとき、曲折あってステラの民が月萌に移り住んでいる。
『秘密主義』を破られたことに不信を得た、などの理由で。
フランさんとティーゲルさんは、これを利用してステラ国を――恋路を妨げる厳父のもとを去った。
アルムさんにとって不運なことに、そのときのティーゲルさんの言葉はほかの者たちにも深く刺さった。
『我等平民はステラにいれば、いつまでたっても下っ端のままだ。しかし、月萌に行けば秘密主義を支えるものとして重用される。月の都の貴族として、今よりずっといい暮らしができるんだ。何も持たない俺たちに、それを選ばぬ理由なんかない』
不満がたまっていた使用人たちがこれに呼応。島は人を失い、管理は立ち行かなくなった。
アルムさんは世話しきれぬとわかった動物たちを本土に帰してやり、自らは蓄えた糧食で命をつなぎ、ひとり島での暮らしを続けていたが……
ほどなくして病に倒れ、『島の主』となった。
彼の悲しみと怒り、恨みにより島には瘴気があふれ、美しかった島は魔境と化してしまった。
そんな島に移り住むには? 島の主の悲しみ、恨みを払ってあげなければならない。
幸い、フランさん、ティーゲルさんにはひとひらの愛が残っていた――アルムさんにつながるよすがを残していたのだ。
それは、家名。
月萌に移り住み、結婚した二人は、アルムさんの『クルーガー』を姓として使ったのだ。
作戦では、早期にそれを告げ、バトルなしでの和解をめざす予定だった。
アルムさんの玄孫であるリンカさんと、トラオを連れていく。
ただし、サリイさんは今回連れてきてない。
なぜなら、トラオはティーゲルさんに似ている。娘を奪った男が、のうのうと別の女を連れてきた。そんな風に誤解されれば、通る話も通らない。
もしリンカさんがフランさんに似ていればまだ誤解が解けるだろうけれど、リンカさんはそんなにフランさんに似ていない。
そのため、大事をとってトラオはバディなしでの参加となったのだが……
『わからんと思うのか若造。
貴様の左薬指には指輪の跡がある。なぜ指輪がそこにない。
そしてなぜフランの薬指には、指輪の跡も指輪もない!!
別に女を作ったのだな。フランはそれを嘆き、わが手で貴様を屠らせようと!!
望むところだ。そこに直れ!!』
「うそだろおおお?!」
なんてこった。
トラオの薬指の指輪は、シャスタ様から賜った神器である。そして同時に、サリイさんとの婚約指輪でもあった。
だから、外してペンダントにし、服の中に隠してきたのであるが。
まさかのケースだ。おれも一瞬、天を仰いだ。
「待って、ちがうのよひいひいおじいさま、これは」
『下がっておれフラン!! でりゃああ!!』
「マジかよじいちゃん呼びスルー!!」
戦時の『平凡な軍人』というのは、平時の優秀な剣士に匹敵する力の持ち主であるらしい。
トラオは反射神経に優れ、剣の腕前はかなり優秀だ――必殺『ホワイト・ソニック』による的確な迎撃は、なまじな爆撃など寄せつけもしないし、そこからシームレスでかえす反撃は相手を一気に押し込める。
それでも、アルムさんはそれを巧みに流し、受け、攻め込んでくる。
そうしながら同時に自己強化を次々展開。トラオは決め手をつかめない。
それでも、彼は言った。
「支援はいらねえ!!
先祖に勝てねえ子孫なんざ、情けねえことこの上ねえだろ!!
そんな奴の言葉が響くわけねえ。俺は俺の腕でっ、ジジイに勝つッ!!」
トラオのギアが爆発的に上がる。
それまで押し込まれ気味だったのが、徐々に互角に。
同時にトラオのねこみみしっぽの白い毛並みも、ますます白く冴えわたる。
『なに……これは?!』
みているおれたちも気づいた。この輝きは、覚醒の兆しとなるものだ。
トラオは一気に押し込んだ。アルムさんの手から剣が飛ぶ!
いまのアルムさんは、この世のものではない。
その体も、身にまとったサーコートも、そしてもちろん手にした剣も、彼自身のイメージにより形作られた一塊の幽体だ。
本来ならば、その剣が意に反して落ちることなんて、ないのだが。
『…………負けたわ。
よくぞここまで戦った、若造……いや、わが子孫よ』
アルムさんのこころが、負けを認めた。それは、その証だ。
老いたる幽霊剣士は、そのままその場にどかりと座る。
『全く、見事な気迫と剣さばきだった。
すまなかったな、少年よ。
途中から気づいてはいたのだ。お前がティーゲルではなく、そちらの嬢やも、フランではないことを。
少年、お前の望みはなんだ? わしを消し、この島を手に入れることか?
それもまた、よかろう。
……もう、100年になろうか。
わしは呪い続けてきたのだ。自分自身を』
そしてその口から語られたのは、あまりに哀しい言葉だった。
『愛してくれたわが娘に、よく仕えてくれた使用人たちに。わしは理不尽に当たってしまった。そうして彼らに、家族や信仰を捨てさせた。
恨み、呪った。自らの弱さに負けた、自分自身を。
そうして病を得たとき、わしはうれしかった。ようやく、この怒りが形となった。このどうしようもない馬鹿者が、世から消え去るのだと。
けれど肉体が死したのちも、わしは存在し続けた。
呪いすぎた。恨みすぎた。
けれどもうわしには、自らを呪い殺そうとしつづけるほかに、思いつくこともなかった。
そのせいで、愛していたはずのこの島すら、このようなありさまとしてしまった……。
さあ、浄化してくれ。
嬢やは、神に仕える乙女だろう。
その清らかな力でどうか、この愚かなジジイを導いておくれ』
きれいな瞳に涙を浮かべ、リンカさんがうなずこうとした、そのときだ。
トラオがばっと飛び出した。
「待ってくれ! リンカも! じいさんも!
そんな、……そんな消え方あんまりだろうよ!
俺たちに悪いって思うならよ。もうちっとだけ付き合ってくれよ。
俺たちは近々この島に移住する。まあ、ちっとドンパチかますがよ、それでもそれが終わったら……いや、その前からだな。もう一度ここを、楽しい場所にするっ!
あんたの子孫の手で、この島がもう一度楽園になるのを見届けて。んでもって笑って往生するほうがいいに決まってる。
なあいいだろイツカ、カナタも。
じいさんの面倒は俺が見る! だから、しばらく時間をくれ!!」
もちろん、おれたちに否なんかなかった。
そして、アルムさんはここにいる。
さすがに、100年かけて魔境となった廃墟島を、元に戻すことなんかはできない。
それでも、100年培った魔力で、復興支援をすることならできる。
あんまりがんばったら島の整備が終わる前に召されてしまうので、休眠しつつときおり現れ、ほどほど支援してくれるということになっているのだ。
今日は昼過ぎからトラオが露天風呂を作り始める予定。そのときには姿を現してくれることだろう。
せっかくだから、ご挨拶してこよう。
すっかり清々しくなった風の中、お弁当を食べつつそう話すおれたちなのだった。
ついには幽霊ご先祖まで仲間に加わっちゃいました。
館探索でこれをやろうと考えてただろって? なんのことでしょう(滝汗)
次回、おじいちゃんむそうの予定です!
どうぞ、お楽しみに!




